ReBirth 上位世界から下位世界へ

小林誉

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第254話 聖王国で

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方針は決まった。領地に住む人達のためにも、単身魔族領に乗り込む。翌日ファフニルの下に一人で訪れてそう告げると、彼女は満足そうに一つ頷いた。

「そうですか。これでこちらの勝ちも見えてきたと言いう物です。実際に魔族達の侵攻が始まった時は、ドランを通して真っ先にあなたに伝えましょう」
「お願いします」

ドランが知らせてくれるなら安心だ。例えダンジョンの中に籠っていようとすぐに転移で戻る事が出来るし、ギリギリまでパーティーの強化に時間を使えるだろう。

「それで、その間あなたはどうするつもりですか?」
「取り敢えずダンジョンに籠るまでにやっておかなければならない事が山ほどあります。各国への警告と協力要請に防衛拠点の構築など、出来る限り手を打っておきたい」
「そうですね…それぞれの国が危機感を持って動いてくれるといいのですが…」

なんか歯切れが悪いな。人類全体の危機なら一致団結して協力するべきだと思うんだが、違うのだろうか?疑問に思っている事が顔に出ていたのか、ファフニルは苦笑しながら説明してくれる。

「人間と言うのは、実際に危機が身近に迫るまで動かないものですよ。どんなにこちらが危機を説いても自分だけは大丈夫と思いたがるのです。古の勇者達もその点では随分と苦労していました。その結果、いくつの国が亡ぶことになったか…」

いくら何でもそこまで人間は馬鹿だと思いたくないが…実際のところはどうだろう。その点前世ではどうだったかと思い返してみて、ファフニルの言う通りだなと気分が暗くなる。侵略者に個別で対抗して全て滅ぼされるなど、歴史上いくらでも例があったじゃないか。若干ニュアンスは違うが、マルティン・ニーメラーの『彼等が最初共産主義者を攻撃したとき』と言う有名な詩の通りになりそうだなと思う。でも、だからと言って手をこまねいている訳にはいかない。国のお偉方を出来る限り説得してみるが、駄目なら更に強力に説得(物理)するまでだ。それによって俺の評判が地に落ちる事になっても知った事じゃない。死ぬよりマシだ。

「まぁ、出来るだけ穏便に説得をしてみます。俺なりの方法で」
「あなたのやってきた事を考えると、どうなるか大体予想できますが…期待してますよ」

苦笑いするファフニルに別れを告げた俺が次に目指したのはグリトニル聖王国の王城だ。この国の王都に来るのは随分久しぶりな感じがする。街並みを見回してみると、以前あった暗い雰囲気がどこにも無く、人々の顔には活気に満ち溢れていた。亜人間差別が撤廃された当時よりも獣人やエルフなどの数が明らかに増えているし、商店のやり取りを見れば売る方も買う方も特に嫌な顔などせずに取引している。それはどこにでもある一場面と同じだった。

「随分変わったな…」

それも良い方向に変わっている。この調子で行けばガルシア王国の王都に負けないぐらい人で賑わうようになるだろう。だがそのためにもこの国のお偉方を説得する必要があるのだが、幸いこの国の王子とは懇意にしているし説得はそれほど難しくないと思えた。一応名誉準男爵の地位を得ているので登城するには問題ないが、勝手の解らない城の中を当ても無く探し回るより人に探してもらった方が早いので、迷わず正門前に立つ歩哨に声をかける。

「受付ならそこの詰め所で…!あ、あなたは!本日はどう言ったご用件でしょうか!?」

どうやら俺の顔を覚えている人間が居てくれたようで、いちいち説明する手間が省けた。リムリック王子の所在を尋ねると、どうやら王子は城内の広間で剣の稽古をしているらしい。場所が解らないので案内役を頼んでみたら「はい、喜んで!」と言うまるでどっかの居酒屋みたいな返事と共に門番は城内に進み始めた。

すれ違う兵士や貴族たちに会釈を返し歩いて行くと、城内の一角に随分と広い空き地が見えた。リオグランドのような闘技場のような物でなく、砂利が剥き出しの本当にただの空き地だ。見るとそこには多くの騎士らしき人間が互いに剣をぶつけながら汗を流していた。雑草が生え放題になっているこの場所こそ、グリトニル聖王国が誇る騎士団達の練兵場のようだ。すると俺達の気配に気がついたのか、騎士達を監督するために背を向けていた人物がこちらを振り向く。彼こそが俺の探していたリムリック王子その人だった。王子は俺の顔を見るなり破顔し、こちらに急いで駆け寄ってきた。

「エストじゃないか!久しぶりだな。君の活躍ぶりは色々と聞いているよ。今日はどうしたんだい?」
「ご無沙汰しております。実は…折り入って王子にご相談したい事がありまして…」
「ふむ…?その表情から察するに、あまりいい話でもなさそうだな。すぐにでも話を聞きたいところだが、見ての通り今は兵達を鍛えてている最中だ。悪いがもう少し待ってくれ。…良かったら君も参加していくか?」
「いえいえ、そんな…」

魔族に対しての対抗手段を相談しに来ただけなのに、妙な流れになりそうだったので慌てて断ろうとしたものの、それは第三者の発言で中断させられた。口を挟んで来たのはさっきまで剣を振るっていた騎士達だ。彼等は王子と話をしている俺を目ざとく見つけると、芸能人に群がるオバちゃんのように遠巻きに取り囲み始める。

「あの!そちらにおられるのは、もしかして勇者エスト殿では!?」
「本当だ!勇者殿だ!」
「あれがあの…!破壊神エスト…!」

ちょっと待て。勇者はともかく破壊神てのはなんだ?いつからそんな風にばれる事になったんだよ。ワイワイと質問攻めにされている俺を面白そうに見ていたリムリック王子はポンと手を叩くと、妙案を思いついたとばかりに俺に向き直る。

「エスト、兵達もこう言っている事だし、皆に剣の手解きをしてもらえないだろうか?リオグランドの闘技会決勝まで進んだその腕前、必ずやこの者達の糧になるだろう。一つ頼まれてもらえないかな?」

口調こそ懇願しているが、断られるとは微塵も思っていない表情のリムリック王子。面倒な事は正直パスしたいのだが、頼みごとをする手前断るのも心苦しい。ここは乗せられておいた方が良いだろう。

「わかりました。俺で良ければお相手します」

やれやれ妙な事になったな。必死の形相で順番を決める騎士達を眺めながら、俺は一つため息をついた。
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