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第253話 決断
しおりを挟むファフニルの下から領地へと戻ったその夜、俺達領主館に住む面々は食堂に集まっていた。既に食事を終え、それぞれが思い思いに席に着きくつろいでいる。常に行動を共にしているクレア達は事情を把握しているが、ルシノア達は何の目的で集められたのか解っておらず、いつもと違う俺達の重苦しい雰囲気に戸惑っていた。
「みんな夜遅くにすまない。大事な話があったんでね。今から話す事は嘘でもなんでもなく事実なんで、心して聞いて欲しい」
緊張のあまり、誰かがゴクリと喉を鳴らすのが聞こえてくる。ルシノア達は俺の口から語られる内容を一語一句聞き漏らすまいと、呼吸すら遅くして耳を傾けていた。
「今から数年以内…早ければ一年ほどで、魔族達が人間世界に対して侵攻を開始する」
『!』
全員驚きのあまり声も出ないようだ。普段平和な村の中で生活している彼女達からすれば、魔族と言う存在は話に聞く事はあっても実際に目にする機会はほぼ無いと言っていい。そんな連中がいきなり自分達の世界に攻めてくると言われれば、俄かには信じられない話だろう。
「…エスト様、それは本当の事なんですか?」
「事実だ。光竜連峰の長であるファフニルもそう断言している。近いうちに必ず戦争は起きる」
代表して口を開いたルシノアだったが、恐ろしい現実に再び口を閉ざしてしまった。マリアはいつも通り余裕の態度かと思えば少し眉をひそめているし、シンシアとリーリエに至っては顔面蒼白になっている。脅すつもりは無かったんだが、随分と怖がらせてしまったようだ。
「そこでみんなに相談だ。知っての通りこのグリトニル聖王国は光竜連峰を挟むとバックス、リオグランドと同じく、魔族領に一番近い立地だ。いざ戦争が始まれば最も危険な国の一つでもあるので、非常時には疎開する事を進めたい」
「…どこか当てがあるんでしょうか?」
「ファータが一番安全だと思う。現在あの国に入ろうと思えば、リオグランドと繋がる僅かな海路か空を飛んで入るしかない。まだ復興途中とは言え、陸続きになっている国より随分マシだと思う」
「…それはこの領地を捨てると言う事でしょうか?」
ルシノアの声色は低い。俯いているために彼女の表情は読めないし、彼女が何を考えているのか俺には解らなかった。
「一時的に疎開するだけだよ。建物が壊されても生きてさえいればやり直す事は出来るだろ?命あっての物種なんだから…」
「お断りします!」
俺の話は強い調子で断言したルシノアによって遮られた。簡単に納得してくれると思っていなかったが、ここまでハッキリ拒絶されるとは思わなかった。呆気にとられる俺をよそに、ルシノアはその場で立ちあがると勢いそのままに言葉を続けた。
「エスト様、私はこの土地を離れる気はありません。例えこの国が魔族に蹂躙されようとも最後までここに残るつもりです」
ハッキリと断言するルシノア。その目に迷いはなく、嘘を言っているとは思えない。何が彼女をそこまで頑なにさせているのかは解らないが、戦争が始まってからここに留まるのは危険すぎるのも事実だ。俺は身内を失いたくないし、怪我もさせたくない。ルシノアだけがここに残るのを認める訳にはいかなかった。何とか説得しようと言葉を探していると、リーリエがおずおずと手を上げながら発言する。
「あ、あの…私も同じ気持ちです。私、今はここが故郷だと思ってますし、もう二度と故郷を捨てる事はしたくないんです。旦那様が私達の事を心配してくれているのも解りますが、それでもここを離れる事はしたくない…」
「私も~。この村の人達や冒険者学校の生徒さん達とは随分仲良くさせてもらっているし~、彼等を見捨てて自分達だけ安全な場所には行けないかな~?」
「あ、あのご主人様!私も同じです!私達にとって、今はここが、この村が守るべき場所なんです。どうか最後までここに居させてください!」
リーリエどころかマリアとシンシアにまで反対されるとは思わなかった。ほとんどこの土地に寄りつかない俺達と違って、日々苦労しながら一から村を開拓して来た彼女達の村に対する思い入れはまるで違うようだ。…正直俺には理解できない感覚だった。前世からずっとそうだったが、一人でブラブラ適当に生きてきた俺にとって、家とはそこまで固執する存在ではない。俺にとっての家とはあくまでも仮初の寝床、何かあればさっさと捨てて行ける程度の物なのだ。土地や家にこだわる彼女達はまるで戦国武将のように思えてしまうが、それが普通なのだろう。むしろ俺の方が変なのだ。
説得しても無駄…か。彼女達の意思は固い。いくら言葉を重ねても彼女達が心変わりするとは思えなかった。しかしどうする?このままでは本当に死ぬかもしれないのに…。どうしたものかと一つ大きく息を吐き頭を抱えている俺を、隣に座るクレアが不思議そうに眺めて首をかしげていた。
「ご主人様、何を悩んでいるのですか?そんなのご主人様らしくないです」
「…え?」
「冒険者になったばかりの頃を思い出してください。自分達より上のランクの人達と喧嘩になった時、ご主人様はどうしてましたか?今のご主人様と同じように困った顔のアミルさんに、ただ相手より強くなればいいって言ってたんですよ?今回も同じじゃないですか。例え敵がどれだけ押し寄せようと、私達がそれ以上に強くなればいいだけじゃないですか」
「そうだぞ主殿。ファフニル殿に言われたからでなく、守りたい者のために強くなればいい。我々ならそれが出来る」
「兄様なら何かとなるって。きっと今より何倍も強くなって、魔王なんか片手で倒せちゃうんじゃない?」
「シャリーもがんばって強くなるよ!」
「グワーッ!」
皆の言葉を聞いている内に、自然と笑いが込み上げてきた。なんだ、悩んでたのは俺だけだったのか。事は単純なのに難しく考えて、一人でドツボに嵌っていたらしい。そうだよな。怯えて逃げるなんて俺らしくない。敵が向かって来るなら堂々と迎え撃ってやればいいだけだ。そう結論を出した途端心が澄み渡り、何故か視界が広がったような気がした。みんながその気なら、やる事は一つだ。
「わかった!みんながそこまで言うなら俺も覚悟を決めよう。疎開は無しだ!その代り戦争が始まるまでにこの村を王都並の防衛拠点に変えて見せる。その間俺達パーティーはダンジョンの攻略を続けて力をつける。それが今後の方針だ!」
俺の決断にみんながワッと盛り上がった。一人一人の顔を見るが、誰も自分達が負けるなんて欠片も考えていないようだ。
「女は強いな…」
彼女達の強さが羨ましい。こればっかりはレベルを上げても到底手が届きそうにないものだ。覚悟は決めた。彼女達を守るためにも、出来る事は何でもやろう。素早く頭を切り替えた俺はどうやれば村を魔族の手から守れるのか、色々と知恵を絞るのだった。
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