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第240話 黄龍

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蜘蛛を倒した後、一本道を進んで行くと地下四階に下る階段を発見した。それほど長くない階段を下っている途中、フロアマスターと思われる反応を発見したので立ち止まる。なぜか反応は二つあって、少しもその場に留まろうとしていない。まるで戦闘でもしている様に。

「仲間割れか…?」

慎重に進んで行くうちに、一匹の巨大な蝙蝠とトカゲが格闘している様子が見えた。レベルもさっき倒した魔物と大差がないため、フロアマスターとみて間違いない。しかしなんで仲間割れしているんだと不思議に思って観察していると、地面が細かく揺れている事に気がついた。

「なんだ…?」

すると仲間割れしていた蝙蝠とトカゲは戦いを止め、先を争って出口に…つまり俺達が居る方に逃げ出して来た。攻撃しようか迷ったが、地面の揺れや魔物同士の仲間割れと言い、明らかに異常事態だったので退避を優先する事にした。クレアとレヴィアを抱き寄せると今降りてきたばかりの地下三階にまで転移する。しかし縦穴からはさっきの大蝙蝠が飛び出して来て、トカゲも壁を這いながら依然逃げ続けていた。

「変ですね」
「あれが逃げるほどの奴が近づいてるって事?」

レヴィアの言葉にハッとして再びマップスキルを展開すれば、蝙蝠やトカゲとは比較にならない大きさの赤い光点がこちらに迫っている事が確認できた。これはヤバい。何かは解らないが、とんでもない奴がこっちに向かっている。ズン!ズン!と何かを破壊する音が響き、赤い光点はますますその反応を強くする。もはや観察している余裕が無くなったので、一旦ダンジョンの外まで転移する事にした。

外に出たものの、地面の揺れは収まるどころかどんどん強くなる。まるで地震だ。マップに表示された赤い光点は現在地下二階を移動しているらしく、ダンジョンの入口に真っ直ぐ向かっていた。間違いなく俺達を標的にしているのだろう。この調子なら外に出て来るのは時間の問題だと思われた。

「二人とも、何が出て来るか解らないが、攻撃の準備だ!出口から出てきた瞬間全力でぶちかましてやれ!」
「わかりました!」
「わかったわ!」

直接見なくても今から出て来るのが強敵なのは直感で解る。俺はドラゴンブレスを放つべく意識を集中させ、クレアは強弓を、レヴィアは水竜を放つ準備に入った。

地面の揺れはしっかりと踏ん張らなければ耐えられない程大きくなり、敵の反応も入口に到達するのは目前だった。その時、入口の両脇にあった巨大な岩が粉砕され、それと同時に何か巨大なものが外に飛び出す。飛び出したものは宙を舞い、地響きと共に大地に落下した。濛々たる土煙のその向こうから、今落下して来たもの正体が次第に明らかになってくる。竜だ。ファフニルにのような西洋風のドラゴンではなく、レヴィアのようなサーペントに似た竜でもない。鰐に似た巨大な竜だ。その竜の背からは人間の上半身が生えているのが見える。その姿はネムルの言っていた伝承にある悪魔その物。俺達が最下層で倒すべき敵だった。わざわざ出てきてくれるとは有り難い。ここで仕留める!

「はーっはっはっは!久しぶりにわれが治める土地に不遜な人間が侵入して来たので、待ちきれずに出て来てしまったぞ!さあ人間達よ!我と戦え…」

登場と同時に名乗りを上げる鎌倉武士のような悪魔。話の途中で悪いが、全部喋るのを待ってやるほど俺はやさしくない。口上を述べるのを無視してドラゴンブレスを撃ち出すと、地竜の左前脚と後ろ足を貫いた。

「ぬおおっ!?」

途端にバランスを崩した悪魔に対して、クレアとレヴィアが用意していた攻撃を放つ。クレアの強弓は右前脚を、レヴィアの水竜は右後ろ脚をそれぞれ貫いた。突然の攻撃に全ての足を破壊された悪魔は完全に身動きを取れなくなっている。終いだ。俺はグラン・ソラスに魔力を流し、地竜の背中から生えている人間部分の背後に転移して一気に首を刎ねようとした。

「こっの卑怯者があああっっっ!!」

首を撥ね飛ばす正にその時、悪魔が絶叫すると人間部分から全方位に対して衝撃波が放たれる。咄嗟の事で防御する暇も無かった俺はまともに攻撃を喰らって吹き飛ばされた。数十メートルは飛ばされて地面をゴロゴロと転がる俺に、追撃を加えるつもりなのか地竜の口に僅かな明かりが灯る。あれはドラゴンブレス?地竜が吐き出すのは毒のブレスだけでは無かった!事前に得た情報とは違う攻撃に焦って回避しようとしたが、その時には既にブレスは放たれていた。盾の障壁は間に合わない。なんとか身を捻って直撃だけは避けようとしたが、地竜のブレスは避け損ねた俺の左足に直撃するとそのまま足を消滅させた。

「ぐあああっ!!」

あまりの激痛に気が遠くなる。体の一部が欠損したと言う事実に吐き気まで覚える。激痛に地面を転がるほど無様ではないが、頭の中が混乱して回復魔法を使う事すらおぼつかない。

「ご主人様!」

衝撃波で飛ばされたのは俺だけではない。全方位に放たれたのでクレアやレヴィアも多少なりともダメージを受けていた。だが至近距離にいた俺と違い素早く体勢を立て直せたようだ。弓を引き絞ったクレアが悪魔の人間部分を狙おうとするが、悪魔は無詠唱で火炎球や氷の槍を次々に生み出し、クレア目がけて連続で放つ。そのためにクレアは回避に専念するしかなく、俺の援護どころではなかった。

「兄様!」

人間部分を攻撃したレヴィアの水の鞭は、悪魔が手に持つ光り輝く槍によって一撃で霧散させられてしまった。それどころか、悪魔はお返しとばかりに槍を投擲して来たのだ。レヴィアは身を捻って槍を躱すが、どういう仕組みなのか一度手を離れた悪魔の槍は次の瞬間再び手の中に出現していた。

俺の攻撃は地竜が、クレアとレヴィアの相手は人間部分がそれぞれ行っている。まずい。ここまで強いとは思わなかった。この調子で攻撃され続けては全滅も免れない。何とか二人を回収して一旦離脱したいのだが、痛みのあまり意識が集中できないでいる。回復スキルのおかげで既に出血は止まっているが、完全回復にはもうしばらくかかりそうだ。

その時、攻撃を避けていたレヴィアが地面に足を取られ転倒してしまった。悪魔は少しの油断も無く、倒れたレヴィアに対して槍を投擲する。あの体勢からでは回避は無理だ。なす術もなく体を貫かれるレヴィアを想像して、俺に出来る事は叫ぶ事ぐらいだった。

「レヴィアー!!」

放たれた槍がレヴィアの体に触れる直前、彼女の体が強く輝くと飛んできた槍を跳ね返す。レヴィアの体はみるみる大きくなると同時に変化を始め、一匹の巨大な水竜の姿をとった。

「なんと!こんな所に海の支配者が現れるとは!!だが甘いぞ!海ならともかく、陸の上では本来の力を発揮できまい!」

その巨体を揺らして悪魔に襲い掛かったレヴィアは、大きな口を開けて地竜の体に食らいつく。地竜は絶叫を上げながらも反撃にレヴィアの長い胴体に噛みついた。お互いの身体から鮮血が溢れ出し、地面には一瞬にして血だまりが出来上がる。人間部分が槍を突き刺し、複数の魔法でレヴィアを攻撃すると、彼女の美しい体はあっと言う間に傷だらけになった。それでもレヴィアは攻撃を止めない。苦しそうな表情のまま、俺達を守るように必死に戦っている。

俺もクレアもその光景を指をくわえて見ていた訳では無い。クレアはすかさず強弓で人間部分を攻撃し魔法の発動を阻止すると、レヴィアが噛みついた地竜の傷口目がけて複数の矢を同時に放つ。

足こそ生えていないが我慢できる範囲に痛みが引いた俺は、グラン・ソラスに自分が使えるだけの属性魔法を重ね掛けする。そのおかげで今度は足とは違い、凄まじい頭痛が襲い掛かってきた。体中の毛細血管が破れ、至る所から出血するが、それを無視してひたすら魔法を籠め続ける。

「ぐううう!」

ついに悪魔の攻撃に耐え切れなくなったレヴィアが地響きと共に地面に倒れ込んだ。止めを刺そうと這い寄る地竜。阻止しようとするクレアの攻撃は受けるに任せて、悪魔は先にレヴィアを仕留めるつもりだ。だがその時、俺の持つグラン・ソラスは全ての魔法を吸収し尽くし、その刀身を真っ黒に変化させた。頭痛はそのままにレヴィアに迫る悪魔の頭上に転移すると、そのまま自由落下しながらグラン・ソラスを振り下ろした。

「き、貴様!なんだその力は…!」

突然現れた俺に驚く悪魔が炎や氷、そして光る槍で迎撃してくる。何本かは肩やわき腹を貫くが、歯を食いしばってそのままグラン・ソラスの黒い刀身を悪魔の体に突き刺した。次の瞬間、サイクロプス戦の焼き直しの様に悪魔の体はポンッと軽い音を立てると地竜の体ごと爆散し、四方に破片を飛び散らせる。

「ぐはっ」

受け身も取れずに地面に叩きつけられた事で一瞬息が出来なくなるが、次の瞬間頭痛や足の痛みが消え去り体力も完全に回復した。どうやらレベルアップしたらしい。

「レヴィア!」

俺達とは成長方法の違うレヴィアは、今の敵を倒したところで傷が全快する訳では無い。すぐに駆け寄って回復魔法をかけるが、彼女は竜の姿で倒れたまま身動き一つしなかった。まさかこのままレヴィアまで…最悪の想像で背筋が寒くなる。頼むから回復して目を覚ましてくれ!祈るような気持ちで魔法を使い続けると、レヴィアの体が発光し始めた。これは人間形体に戻る時の発光現象…と思ったが、どうも様子が違った。竜の体が肥大しているのだ。回復魔法をかける俺や、側で心配そうに見ているクレアを押しのけるほどの勢いで大きくなっている。呆気に取られる俺達を他所に次第に発光現象は収まって行き、そこには新たな力を得たレヴィアの姿があった。

「…あれ?兄様?お姉ちゃん?」
「レヴィア…その姿は…」
「レヴィアちゃん…」

思わずひれ伏したくなるような圧倒的な威容、その姿は東洋の伝承にある龍そのもの。口から生えた長いひげに鹿のような角、そして金色に光る鱗。頭から尻尾まで続く長いたてがみ、記憶をたどった俺は、ある一匹の龍に心当たりがあった。黄龍。四神の長とも権威の象徴とも呼ばれる伝説の龍。水竜の姿のレヴィアは蛇に近い姿だったが、これはまったくの別物だ。これは彼女の成長した証なのだろうか?

「キャー!何これ!なんで姿が変わってるの!?なんか色々派手になってるし!」

自分の姿を見たレヴィアは、あまりの事に一人で騒いでいた。良かった、中身は全然変わっていない。俺達の妹のままだ。ステータスを見てみると、レヴィアの名前欄にも若干の変化があった。

エスト:レベル90 『フロアマスター討伐×2』『不死殺し』『アルゴスの騎士』『巨人殺し』『悪魔殺し』
 HP 4350/4350
 MP 3890/3890
 筋力レベル:5(+8)
 知力レベル:5(+9)
 幸運レベル:2(+7)
 所持スキル
『経験値アップ:レベル3』
『剣術:レベル5』
『同時詠唱:レベル2』 
 ※隠蔽中のスキルがあります。

『新たなスキルを3つ獲得できます。次の中から選んでください』
『筋力アップ:上限突破』
『知力アップ:上限突破』
『電撃魔法:レベル4』
『火炎魔法:レベル4』
『状態異常回復:レベル3』

クレア:レベル89『フロアマスター討伐×2』『アルゴスの騎士』
 HP 2995/2995
 MP 2004/2004
 筋力:レベル5(+3)
 知力:レベル3(+3)
 幸運:レベル5(+3)
 所持スキル 
『弓術:レベル6』
『みかわし:レベル4』
『剣術スキル:レベル4』
『扇撃ち:レベル5』
『強弓:レベル6』
『降らし撃ち:レベル3』
『格闘術:レベル1』

レヴィア(黄龍):レベル不明
HP ****/****
MP ****/****
所持スキル
不明

驚くべき事に、クレアの弓術や強弓がスキルの限界値であるはずのレベル5を突破している。俺の方は筋力と知力に限界突破と言う新たなスキルが提示されていた。迷うことなくその二つと状態回復レベル3を獲得しておく。

かなりの激戦だったが、レヴィアの活躍のおかげでネムルの言っていた悪魔を討伐する事に成功した。これで賢者の石を貸してもらう事が出来るはずだ。待ってろよシャリー、すぐに助けてやるからな。
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