ReBirth 上位世界から下位世界へ

小林誉

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第238話 悪魔のダンジョン

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「悪魔…ですか?」
「そう、悪魔だ」

ネムルはゆっくりと広間を歩き回りながら演説を続ける。正直悪魔と言われてもピンとこない。前世の知識では漫画やゲーム、小説などあらゆる分野に出てきた存在だが、散々魔物を見慣れた後ではどう違うのかが解らない。だが、わざわざ討伐しろと言うぐらいだからそれなりに強いんだろう。少なくとも軍隊ではどうにもならないレベルだと思われる。

「知っての通りこの国は大部分が砂漠で覆われているが、この国の南、大陸の南端には緑豊かで肥沃な大地が広がっているのだ。我らの祖先は何度となくその地を自分達の物にしようとしたが、ことごとく失敗に終わっている。なぜだと思うね?」
「それが…その悪魔の仕業ってわけですか?」

自分の希望通りの答えが返ってきた事が嬉しいのか、ネムルは更に上機嫌になりながら広間をグルグルと回っている。俺は内心呆れながらその様子を観察していた。バターでも作るつもりなのかこいつは?

「その通り!かの地には圧倒的な強さを誇る悪魔が居座っていて、我等にはそれに抗する術がない。そこで君の出番だエスト殿!」
「は、はあ…」

立ち止まってビシリと俺に指を突きつけると、今の独演会に満足したのかソファーに身を預けて酒をあおる。いちいち芝居がかってて鬱陶しいおっさんだなと思うが、そんな言葉は間違っても口に出せなかった。

「その悪魔の名はアスタロト、地竜の上に人間の体を生やした強力な魔物だ。そのドラゴンの巨体もさることながら、人間部分が厄介でな。ありとあらゆる属性の魔法を連発してくるのだ。知能も高いし人間の言葉も解するが、交渉には一切応じずにただ殺戮を楽しむ奴だ。あの土地を手に入れようと思ったら、奴を殺す以外に手が無い」

ドラゴンタイプの魔物か…ディアベルやシャリーが居ない今の俺達には厳しい相手だが、断ると言う選択肢はない。しかし相手が強いと言うなら、わざわざ正面から戦う必要はないだろう。奇襲するとか巣ごと潰すとかやり方はいろいろあるはずだ。そのためには相手の情報を少しでも手に入れておきたい。弱点などがあれば楽に戦えるしな。

「その魔物の戦い方とか弱点とか、何か情報があるなら教えて欲しいんですが」
「当然だな。おい、あれを持って来い」

ネムルが傍らに控えていた女の一人に指示を出すと、女は奥に引っ込んだ後、巻物を手にして再び広間まで戻って来た。俺達が注目する中それを手に取ったネムルは朗々と歌うように読み上げる。

「記録によると、かの悪魔は己の右手を巨大な毒蛇に変えると戦士を一飲みにし、左手に持つ光り輝く槍で近寄る者を串刺しにした!地竜の口からはダンジョンから溢れ出しそうな毒の息を吐きだすと、並みいる強者達を数々の魔法で蹂躙した!我等の祖先は何度倒れようと果敢に立ち向かったが、ついには力及ばず悪魔の前に骸を晒すに至る。以上!」

…なんだそりゃ。結局弱点は何にも解らないって事じゃないのか?何度も戦っているならそれぐらい調べておいてくれと文句の一つも言いたくなるが、ここで愚痴ってもしょうがない。今の話で解ったのは魔物の戦い方だ。奴の戦法は大まかに分けて3つ、右手の毒蛇で中、長距離に対応し、近距離では左手の槍で応戦する。敵が数で押してきた場合は竜の口から毒の息を吐きつつ、人間部分が魔法を放って近寄らせないのだろう。問題は地竜の部分と人間の部分、どっちが司令塔として機能しているのかだ。頭さえ潰せば大抵の魔物は戦えなくなるから、全体にダメージを蓄積させるよりそっちを狙いたい。

「…なんとなく理解しました。それで、奴の住処はどんな所なんですか?」
「うむ、奴が住処としているのは巨大なダンジョン奥深く。地下10階の最下層だ!今10階ぐらいなら楽勝だと思ったか?それは大きな間違いだぞ!かのダンジョンは一階層ごとに強力な魔物が立ちはだかり、我等の行く手を阻んだのだ!」

つまりフロアごとにフロアマスターが居るって事か?以前戦ったデュラハン程度なら問題ないが、サイクロプスクラスの魔物が出てきたとしたら正直厳しい。こればっかりは運頼りになるが、駄目そうなら一度撤退して何か別の手を考えよう。散々声を張り上げて疲れたのか、ネムルは再びソファーに腰かけると酒をあおって一息つく。

「道案内なら用意させるので心配はいらない。明日の朝には出発できる手はずを整えておこう。ついでに土産も持たせるので期待しておくといい」

ニヤリと笑うネムルに礼を言うと、明日の戦いに備えて早めに休ませてもらう事にした。

------

翌朝、まだ日が昇りきらない内に俺達パーティーは案内役の男に先導されながら、一路大陸南のダンジョンを目指す。出発前に渡されたネムルからの土産と言うのは、装備する事で毒に強い耐性を得る事の出来る指輪だった。毒の息や毒蛇の牙を警戒しなくてもよくなるのは大変助かる。正直期待していなかっただけに、望外の喜びだ。

何日かかけて砂漠を越え、緑の大地が広がり始めた頃、悪魔の住処とされるダンジョンの入口が見えてきた。ゴツゴツした岩肌の間にある洞穴程度でしかないのだが、あの奥には高レベルの魔物が手ぐすね引いて待ち構えているので、一瞬でも油断は出来ない。俺達が倒れる事はすなわちシャリーが治癒する機会も失われると言う事を意味している。何が何でも生きて帰らなければならない。

「では私はこれで失礼します。吉報をお待ちしています」
「ありがとう」

案内役を務めた男と入口で別れ、俺達三人はダンジョンの中に足を踏み入れる。今回はディアベルが不在のために俺が魔法で明かりを用意しなければならないので、いつもより光量が足りずに薄暗く感じる。マップスキルで確認してみたが、ダンジョン内には所謂雑魚の気配は皆無であり、反応するのはネズミなどの小動物のみだった。

内部もそれほど複雑な造りではなく、ほぼ一本道に等しい。これでは迷う方がどうかしていた。明かりに照らされた通路には、所々錆びた剣や槍が突き刺さっていて、中には人骨と共に防具が放置されていたものまである。激戦の末逃げ帰ったネムルの祖先達の物だろう。心情的には弔ってやりたいが、今はその余裕が無い。心の中で黙とうするだけでその横を通り過ぎた。

一時間ほど進んだだろうか、マップスキルに最初のフロアマスターと思われる強力な反応が現れた。武器を構えて進んで行くと、立派な鎧を身に纏った一人の騎士が、下の階に続く階段の前に立ちはだかっているのが見える。あれが最初の敵らしい。

「やるぞ二人とも」
「はい!」
「ええ、わかったわ!」

気合を入れて返事を返す二人と共に、俺は鎧の騎士目がけて走り出した。
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