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第237話 ミレーニア
しおりを挟む公爵領に戻った俺達は、今度は乗合馬車を使わずにラクダを買って移動する事にした。一応舗装された道はあるのだから、自分達だけで移動するのも不可能ではない。それになにより今は時間が一刻でも惜しいので、馬車でチンタラ動くわけにはいかないのだ。ラクダは馬と違って片方ずつ足が出るのでバランスを取るのに苦労したが、一時間もすればそれにも慣れた。ちょうどバジリスクと遭遇した地点まで転移で移動し、そこからラクダと転移の併用で先を急ぐ。この調子なら明日中には到着するだろう。
もう乗合馬車でもないので、わざわざ砂漠の真ん中で野宿する必要も無く、夜は公爵領に戻って体を休め、そして早朝になると再び移動を開始するのだ。灼熱の熱さの中俺達は会話も無く砂漠を進んで行く。一歩進む毎に熱気が体に纏わりつき、至る所から汗が噴き出てくるのをおさえられない。何度かの休憩を経て日が傾きかけた頃、ようやく目的地であるミレーニアの王都が見えてきた。
流石に砂漠の国だけあって街中は日差しがキツイのかと思ったが、ありとあらゆる建物から大きな日差し避けが伸びており、街の中は外とは別世界のように涼しかった。行き交う人々も褐色の肌を晒す人間がほとんどで、獣人の数は数えるほどしか見られない。
通りにいくつか軒を並べる宿屋の一つに部屋を取ると、ラクダを預けて一路王城を目指す。もう日が暮れてきたためか王城を訪れる人影はまばらで、兵士達はかがり火の準備に入っていた。そんな中正門の横にある受付まで歩いて行くと、仕事終わり寸前に現れた俺達を、詰め所の中に居た兵士が面倒くさそうに問いただしてきた。
「何用だ?今日はもう陛下もお休みに…」
「無理を言ってるのはすまないと思う。だが緊急の用件なんだ。俺はグリトニル聖王国名誉男爵のエストと言う者だ。国王陛下に急ぎ面会したい」
リムリック王子には悪いが、ここは貴族の地位を使わせてもらおう。ただの平民が国王に目通りを願った所で門前払いされる可能性が高いが、仮にも貴族を邪険に扱う訳にはいかないはずだ。だがそれだけでは弱いので、渋る兵士の手を取って金貨を一枚握らせる。思わぬ臨時収入に途端に表情の緩んだ兵士だったが、顔を引き締めると「しばしお待ちを」と言い残し城内に駆け出して行った。
しばらく待つと、先ほどの兵士と共に身なりの立派な人物が城内より現れ、俺達の前に立ち止まると頭を下げる。それに倣ってこちらも礼を取ると、身なりの良い方の人物が口を開いた。
「失礼ですが、貴方がたは音に聞こえる勇者エスト様とその御一行様ではありませんか?」
「…ええ、まあ。そう呼ばれる事もあります」
「おお、やはり!貴方様の名声はこの南の果てにある我が国にも響いておりますぞ。陛下が是非一度お目にかかりたいとおっしゃっておりますので、ささやかではありますが宴席を用意させていただきました。どうぞこちらへ」
宴席などいいから早く国王に会わせろ!と、怒鳴りたくなる気持ちを深呼吸して抑えながら、男の後に続く。むこうは歓迎してくれているのだ。いくらシャリーの事で焦っているからと言っても、俺達が無礼を働いては相手も力を貸す気にはならないだろう。
ミレーニアの王城は守りをあまり意識していないのか、風の行き来を重視しているように壁が少ない。と言うより大部分が吹き抜けで造られているようだ。いくつかの広間を通り過ぎると、一際広い部屋に辿り着いた。部屋の奥には玉座の代わりなのだろうか、動物の皮がかけられた大きめのソファーに体を預ける、半裸の男が座っているのが見えた。その横にはシャムシールと言われる湾曲した刀を装備した女達が彼を守るように立っている。
「エスト様御一行をお連れしました」
「ご苦労」
身なりの良い男が到着を告げると、ソファーに座っていた男が鷹揚に答える。やはりあの男が国王の様だ。案内されるままに男の向かい側に腰かけると同時に、大皿に料理を乗せた女達が続々と部屋の中に入ってきた。これが歓迎の宴の様だ。
「ようこそ我がミレーニアへ。歓迎する。俺は国王のネムルだ。ささやかだが宴の用意をさせたので是非楽しんでほしい」
「お初にお目にかかります陛下。このような席を用意していただき、感謝の言葉もありません」
挨拶もそこそこに注がれる酒や料理を口にしていくが、本題に入らないので味わう余裕も無い。ネムルは俺の経験して来た冒険譚をしきりに聞きたがり、シーティオ王城の件では随分興奮して聞き入っていた。正直さっさと話を切り上げたかったが、それでも賢者の石の事を聞くまでは下手に機嫌を損ねる訳にもいかないので、出来るだけ愛想よく振る舞う努力をしていた。すると、酒がある程度回ったネムルが盃を片手に俺に水を向けてきた。
「それで、エスト殿は今回どう言ったご用件で我がミレーニアまで?ただの観光ではないのだろう?」
「はい、実は…」
チャンス到来とばかりに、一気にシャリーの件を話し始める。この国に来る本来の用件や、その途中で仲間が石化して困っている事。その治療のために賢者の石を貸して欲しい事をだ。黙って話を聞いていたネムルは、なんだそんな事かと笑顔で承諾の返事をよこした。
「では、賢者の石を貸していただけるのですね?」
「指輪の事は見当もつかないが、賢者の石を貸すのは構わんよ。ただ、あれはこの国に伝わる宝珠なのだ。タダで貸すと言う訳にはいかん」
勢い込む俺を面白そうに見るネムルは、当然のように代償を求めた。まあ当然か。タダで国宝を貸してくれるほど親切な奴も居ないだろう。しかし国王が一個人に金銭を求めてくるとも思えないので、何を要求されるのか見当もつかなかった。
「エスト殿達は類いまれない強者であり、その武勇は今や大陸中に響き渡る。そんな人物に頼みたい事など、その力を振るって欲しい事以外にあるだろうか?」
突然立ち上がったネムルは、広間中に響き渡るように身振り手振りを交えて演説を始めた。呆気にとられる俺達と違い、ネムルの配下は少しも動じた様子が無い。いつもの事なのだろうか?
「エスト殿達にはある魔物を討伐していただきたい。この国の南方を支配する、あの悪魔を」
そう言うと、ネムルはニヤリと笑みを浮かべた。
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