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第235話 石化
しおりを挟む傭兵達は剣を抜き、こちらに迫ってくる巨大ワームに向かって殺到すると力強く剣を振り下ろす。丸太のようなワームの体に複数の剣が深く食い込み、体液が溢れ出す。ダメージを負ったワームは絶叫しながら体を振り回して周囲の傭兵を撥ね飛ばし、倒れた傭兵達の一人を口にくわえると地中に潜るため頭から砂に突っ込もうとした。
そこに飛来したクレアの強弓が突き刺さり、ワームの体を中ほどから引きちぎりながら貫通していった。体液を噴水のように噴き出しながら残された体は弱々しく動いているが、あの様子だとじきに死ぬだろう。
「視線に気をつけろ!」
傭兵の一人が警告の声を上げると、複数居るバジリスク達が一斉に傭兵達に向かって顔を向け、目から真っ白な光線のような物を放った。瞬時に回避行動をとるが間に合わず、傭兵達の大半は今の攻撃で体が石化し、物言わぬ彫像と化していた。あまりの威力に背筋が寒くなる。これは予想以上に危険な敵だ。
「イフリートよ!あのトカゲ共を焼き払え!」
ディアベルの召喚した炎の魔人はバジリスク達の中心に現れると同時に、炎の嵐を巻き起こして元の世界に帰って行く。今の一撃で何匹かは仕留めたようだが、もともと熱さに耐性でもあるのか、まだ動いている奴の方が多い。
「くらえ!」
氷の槍を数本生み出した俺は、まだ動くバジリスクに向けて次々と放つ。遮蔽物の無いこの砂漠では、トカゲ共はなす術無く串刺しになると思った。しかし、先ほど死んだと思っていた体の千切れたワームが突然動き出すと、まるでトカゲ共を守るかのように俺の氷の槍を全て体で受け止めたのだ。残りの体を複数の槍で貫かれたワームは今度こそ絶命した。
その間にも生き残りの傭兵達とバジリスクの戦いは続く。バジリスクの戦い方はトカゲとは思えない程巧みだ。毒の息を広範囲に撒き散らして動きを制限した後、逃げ場が無くなった相手を石化させるパターンを繰り返していた。このままでは傭兵達が全滅する。魔法から剣に切り替えて加勢しようとした俺の横を、シャリーが駆け抜けバジリスクに肉薄した。
シャリーはジグザグに動いて巧みに視線を躱すと、一匹のバジリスクの首元に短剣を深々と刺し込み、仕留める事に成功する。短剣に下顎を貫かれたバジリスクは体内から燃え上がり、じきに動かなくなる。
「いいぞシャリー!」
俺に褒められた事が嬉しかったのか、シャリーが一瞬こちらに顔を向けてニコリと笑う。だが、そんな隙を生き残りのトカゲ共は見逃してくれなかった。瞬時に傭兵達から目標を変更したバジリスクは、シャリーの小さな体に向き直る。
「危ない!」
クレアの警告も間に合わず、はっとして振り返ったシャリーはトカゲ共の視線をもろに浴び、その場にひざまずいた。
「シャリー!」
駆け寄る俺の横をクレアの矢とレヴィアの水の鞭が何本も通り過ぎ、生き残りのトカゲ共を完全に仕留める。今ので敵は全滅したが、レベルアップには至らないのかシャリーは座り込んだままだ。
「シャリー、しっかりしろ!」
「ご主人様…痛いよ…」
苦しそうなシャリーの体は四肢の先からゆっくり石化が始まっており、完全に石になるまで時間の問題だと思われた。瞬時に状態異常回復の魔法をかけるが、石化の進行が若干遅くなっただけで完全に止まってはいない。俺は半ばパニックに陥り、どうすれば石化が治るのか焦るばかりで解決策が思い浮かばなかった。
「どうすれば…誰か何か思いつかないのか!?」
八つ当たり気味に周囲に問いただすが、見当もつかないのか誰もが顔を伏せるだけだ。だが、一人ディアベルだけが何かを思いついた様に口を開いた。
「主殿!ファータに伝わるフォリアの雫なら、ひょっとしたら効果があるかも知れない。石化に利くかどうか解らないが、他に当てもないから行ってみよう!」
「あれか!あれならひょっとして…よし、すぐ移動するぞ!」
乗合馬車の事などもはや少しも気にする事も無く、藁にも縋る気持ちでファータの王城前に転移すると、ちょうど復興作業の指示に当たっていたアミスターとエルフィの二人の目の前に現れた。
「エスト!?」
「エストさん!?」
「話は後だ!大至急フォリアの雫を持ってきてくれ!シャリーが石になっちまう!」
血相を変えた俺の剣幕に、二人は即座に緊急事態と判断したのか碌に話も聞かずに走り出してくれた。二人の後をディアベルが追う。俺はその間苦しむシャリーを抱きしめ、全力で状態回復魔法を使い続けた。
「こわいよ…ご主人様…」
「大丈夫だ!俺が絶対治してやるからな!」
不安に駆られて泣き出すシャリーをなだめながら、薬の到着を今か今かと待つ事しばらく、二人に連れられたレベリオが小瓶のような物を手に持ち、こちらに向かって走ってくるのが見えた。
「事情はディアベルから聞いた。さあ早くこれを!」
「助かる!」
ひったくるように小瓶を受け取り首下まで石化したシャリーを抱き起すと、小瓶の中身を喉の奥に流し込む。するとシャリーの体が淡い光を放ちだし、徐々に石に侵された部分が元に戻り始めたのだ。
「おおっ!」
「効果があったか!」
シャリーの変化にレベリオ達も安堵の声を上げる。これで助かる!誰もがそう思ったのも束の間、元に戻っていったのは腰のあたりまでで完全に止まり、下半身は石のまま回復する様子が無かった。希望が一瞬で絶望になった光景に目の前が真っ暗になる。シャリーは…ずっとこのままなのか?ぐらりと傾く俺の体を、クレア達が支えながら叱咤してくる。
「よく見てくださいご主人様!石化の進行は止まっています!とりあえずこれ以上酷くなることは無いんです!」
「そうよ兄様!その間に治す方法を探せばいいのよ!」
「シャリーはこの地に留めておいて、定期的にフォリアの雫を与えよう。その間私が付きっ切りで看病するから問題ない」
「あ、ああ…そうだな…」
しっかりしろ!俺が一番動揺してどうするんだ。頭を振って思考を切り替える。こんな時はどうするのが最善だ?現状俺より優れた回復魔法の使い手は心当たりがない。となれば、何らかの回復アイテムを手に入れてシャリーに与えるしかなかった。だがどこにそんな物が…と、そこまで考えて、唯一知ってそうな人物に思い至った。ファフニルだ。数千年も生きる彼女なら、もしかしたら石化の回復方法を知っているかも知れない。
「ファフニルの元に行ってみようと思う。彼女の知識に頼るしかない」
「解った。シャリーの事は我等に任せて、エスト殿は安心して向かうといい。ディアベルも残ってくれるから、こちらの事は心配いらない」
「すまない、恩に着る。使ったフォリアの雫の代金は必ず後で何とかするから…」
「そんな物は必要ない。我等ファータの民は、エスト殿達に返しきれぬ恩があるのだ。少しは手伝わせてくれ」
不安に駆られる俺を元気づける様に、レベリオはシャリーの事を引き受けてくれた。大商人が大金を出して奪い合う貴重なポーションをタダで使わせてくれるのだ。彼等の好意には感謝以外の言葉が無い。
「ご主人様…」
「シャリー、行って来るよ。必ず治す方法を見つけて帰ってくるから、ここでディアベル達と少し待っててくれ。体が治ったら王都で屋台巡りをしような」
「うん…早く帰って来てね…」
泣きそうになっているのを一生懸命こらえるシャリーの頭に口づけすると、俺、クレア、レヴィア、ドランの三人と一匹はファフニルに会うため光竜連峰へと転移した。
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