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第233話 魔族領

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エスト達が領地で休暇を過ごしている頃、魔族領では一人の魔族が王城まで呼び出されていた。

魔王城。全ての魔族を統べる魔王の居城でもあり、神話の時代に邪神が封印された場所でもある。そのためか、この土地周辺に生息する動植物は軒並み凶暴で、同じ種族でありながら体躯も大きくなるのが常であった。黒一色に染められた外壁からは禍々しさしか感じられず、魔族以外がこの城に踏み入れば生きては出られないと本能的に感じるだろう。

ただ通路を歩くだけで息苦しささえ感じる王城の中を、一人の魔族が王の待つ謁見の間に向かって歩いていた。トートだ。闘技会で神の力を宿すの封印の装備を奪取しようとしてエストに阻まれ、傷を負いながらも撤退した彼はその経緯を説明するために魔王の下へ向かっていた。

「ようトート。リオグランドじゃ失敗したそうじゃないか」

そんな彼を呼び止めた一人の魔族が居た。彼も以前エストと戦い、トート同様に撃退されて逃亡した経験がある。彼の場合はトートの奪おうとした盾ではなく、ドラプニルの腕輪の方だが。

「シャヴォールか。何の用だ」

面倒な奴に絡まれたとトートが舌打ちするのも気にせずに、シャヴォールと呼ばれた魔族は馴れ馴れしくトートの肩に手を回す。

「『自分ならシャヴォールと違い、絶対に上手くいきます』だったか。あれだけ大口叩いておきながら失敗したとなると、魔王様の叱責は免れないだろうな。俺と同様降格かな?それとも斬首って事もあるか…。上を目指しているお前がこんな事でつまづくなんて、友として俺も心苦しいよ」

誰が友だ!そう吐き捨ててやりたかったが、失敗したのは事実なので強く言い返す事も出来なかった。魔族達は基本他人の事を信用しない。上の地位を目指す者ほどその傾向が顕著であり、特にトートやシャヴォールのような新進気鋭の魔族は隙あらばお互いの足を引っ張り合う関係にある。少しでも上の地位に、他人よりも多くの富を。それが魔族達に共通している価値観だった。

「陛下に呼ばれている。お前と遊んでいる暇はない」

シャヴォールの手を払い除け、トートは歩みを再開させる。遠ざかるトートの背を、シャヴォールは嫌らしい笑みを浮かべながらいつまでも見つめていた。

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「第2階級魔族トート、お呼びにより参上いたしました!」
「入れ」

謁見の間と外界を遮断する巨大な門の前まで来たトートは、声を張り上げて自らの来訪を告げると、中から低く威圧感のある声が入室を許可した。内側に開いて行く門の中に進むと、血の色のような真っ赤で長い絨毯の先にある玉座に、頭に二本の角を生やしたがっしりした体躯の男が座っているのが見えた。気だるそうに玉座に片肘をつくその男からは、圧倒的な威圧感が漂ってくる。あれこそが全ての魔族の頂点に立つ存在、魔王だ。こちらを見つめる厳しい視線から目線を逸らさずに真っ直ぐ歩いて行くと、近づくたびに背中に何本もの氷柱を突っ込まれたような気分になるが、気圧され無いように腹に力を籠める。

玉座の横には魔王を守るかのように側に控える四人の男女の姿があった。彼等こそ魔王の腹心である四天王と呼ばれる者達だ。剣を極めたブレイド、槍を極めたランス、弓を極めたアルク、精霊魔法を極めたフューリ、それぞれが武器や魔法の達人で、他の追随を許さない。魔王を頂点とした階級制度のある魔族領では、彼等四人のみが第一階級と言う地位にあるのだった。

そんな彼等の視線を受けながら、玉座の前に辿り着いたトートはその場にひざまずく。許可なく頭を上げる事は許されない不敬であり、四天王を除いてはこの場に来る誰もが魔王に深々と頭を下げなければならなかった。

「トートよ、盾の入手に失敗したそうだな」
「…申し訳ございません陛下。盾を直接手に入れる好機をみすみす逃してしまいました。…勇者を自称する人間の手によって」

勇者と言う単語に、魔王の頬がピクリと反応した事に、かかった!…と、トートは内心ほくそ笑む。彼も考えなしにこの場に現れたのではない。いかに自分の身の安全と地位の維持を図るか、そのための切り札がこれだ。ただ謝罪するだけなら厳罰は免れなかったが、勇者を持ち出せば流れが変わると思ったのが狙い通りにハマったのだ。

「勇者か…その者、確か腕輪の時も我等の前に立ちはだかったと聞いたが」
「陛下、グリトニル聖王国で我等の手先として動いていた教皇を討伐したのもその者です」

魔王のつぶやきに四天王の一人、ブレイドが補足する。勇者とはな…と、魔王の前でもあるのに四天王達は興味を引かれたようにささやき合う。神話の時代より、彼等魔族の不倶戴天の敵と言えば勇者と言う存在なのだ。

「それほどの者ならば、お前には荷が重かったか。ならば今回の失敗は不問にしよう、ランス、アルク」
『はっ!』

魔王の言葉に、側に控えていた四天王の内二人、槍のランスと弓のアルクが即座に反応する。その場にひざまずくと、一言も聞き漏らすまいと耳を傾けた。

「貴様等は配下を引き連れて、勇者を自称する人間共を討伐せよ。これ以上邪魔されるのも目障りだ」
『承知しました』
「以上だ。余は疲れた。下がれ」

新たな任務を与えられた四天王や、叱責を免れたトートが謁見の間から退室する。極度の緊張から解放されたトートはその場に座り込みたくなるのをこらえ、城内にある自室に足早に帰ると、扉を閉めて人の気配が無いのを確認した途端叫び始めた。

「なぁにぃが、四天王だ馬鹿馬鹿しい!昔のゲームじゃあるまいし、自分で言ってて恥ずかしくならんのかあの馬鹿共は!!」

ゲーム・・・…と、確かにトートはそう口走った。そう、彼の正体はエストと同じ上位世界から落ちてきた転生した元人間なのだ。彼がアーカディアの世界に生まれ落ちたのはエストより10年以上昔であり、転生した時の条件や環境も違う。彼は特殊なスキルを望まない代わりに、その世界で最も強靭な種族に生まれる事を希望したのだ。その結果、この世界で最も力を持つが忌み嫌われる魔族に転生し、ただひたすら魔族の頂点である魔王の地位を求めて奮闘してきた。散々部屋の中で喚き散らした事で少しは気が晴れたのか、トートはベッドに飛び乗ると大の字になって寝ころんだ。

「だがまあいい。最初から全力でいくならともかく、わざわざ戦力の逐次投入と言う愚かな真似をしてくれたんだ、高みの見物をさせてもらおうじゃないか」

彼は魔王や四天王達に、欠片も敬意など持ち合わせていない。彼にとってすべての魔族は、自分が上にのし上がるための踏み台でしかないのだ。

「それにしてもあのエストって男…あの若さであの強さ、ほぼ間違いなく俺と同類だな。でなきゃあんな強くなるわけがない。奴なら上手く四天王達を削ってくれるだろうし、その間俺は力をつけるとするか」

そうつぶやき、ニヤリと笑うトート。エストが領地でのんびり休暇を楽しんでいる間に、彼等を狙う魔族の動きが活発化していた。
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