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第231話 シャリーとレヴィア 前編
しおりを挟む「兄様、私もクレアお姉ちゃん達みたいに教官って言うのをやってみたい!」
「シャリーもやる!」
早朝、みんなで朝食を摂っているとクレアとディアベルが暇な時に教官を務めている事が話題に上がった。それを聞いていたレヴィアとシャリーは居てもたってもいられなくなったのか、自分達もやると言い出したのだ。二人は既に許可が下りたと思っているのか、何をするか興奮気味に相談を始めている。
「しかし二人が教官と言ってもなぁ…」
シャリーの剣の腕は確かにズバ抜けているが、人にものを教えられるとはとても思えない。昨日の晩もディアベルに計算を教えてもらいながら泣きそうな顔になってたし。レヴィアに至っては海竜なのだから何を教えるんだって話になる。
「心配しないで!ちゃんと考えてるから」
何やら自信がありそうだが…レヴィアは決して頭の悪い子ではないから、任せておいても大丈夫かな?だが問題はシャリーだ。本人は何も考えていないようで、遊びだと思っているのか満面の笑みで尻尾を忙しく左右に振っていた。ここで断ったりしたら一気に落ち込んで泣かれるのは確実なので、何とかそれだけは避けたい。
「…じゃあ、シャリーにもやってもらおうかな」
「はい!」
なぜかついて来たドランを頭の上に乗せ、上機嫌の二人と手をつなぎながら冒険者学校に向かうと、シャリー達の事を見慣れない訓練生達は突然現れた新顔に戸惑いの表情を浮かべた。
「勇者様?そちらの方は…」
「紹介するよ。俺とパーティーを組んでるレヴィアとシャリーだ。今日は臨時で教官をやってもらおうと思って連れて来た」
「教官ですか…」
訓練生達の視線が二人の間を行ったり来たりしている。レヴィアはともかく、シャリーの外見を見て教官と言われたら戸惑うのは解る。彼女の外見は、どう見ても近所で遊んでる子供にしか見えないからだ。
「シャリー強いんだよ!」
精一杯背伸びして主張する姿は、威厳より愛くるしさしか感じない。自然と訓練生達の目尻も下がっていった。うんうん、わかるよその気持ち。うちの子は宇宙一可愛いからな。
「そっか~シャリーちゃんは強いのか~」
「ねえ、お腹空いてない?お菓子あげようか?」
あっと言う間に囲まれて頭を撫でまわされたかと思えば、だらしなく表情を緩めて貰ったお菓子を口に頬張っている。一瞬で懐柔されたなシャリー。だが流石に冒険者の卵達。連日クレアやディアベルと言った達人達に鍛えられているだけあって、すぐにシャリーの強さにも気がついたようだ。
「シャリーちゃんて…え?なにこのレベル?」
「嘘だろおい…70近いじゃないか」
「シャリー様と呼んだ方がいいんだろうか…」
自分達どころか熟練の冒険者をも軽く超えるシャリーのレベルに、訓練生達は冷や汗を垂らしながら驚愕する。気軽に触れていた犬の子が、実の所狼の類だと知った時のように焦っているのだろう。
「気がついたか?うちのパーティーの中じゃ、接近戦なら俺の次に強いのがシャリーだ。君達には良い練習相手になるだろう」
「いやいやいや、強すぎて相手にならないんじゃ…!」
「まともに戦わせるつもりは無いよ。武器を持たずに何人か選んで、シャリーの体に触れたら勝ちだ。決められた範囲でのみ移動を許可するので、作戦次第で十分勝ち目はあるぞ」
要は鬼ごっこをやろうと言うのだ。間違ってシャリーが本気になったら怪我人が出る場合もあるから、武器を使わせるのは危険すぎる。鬼ごっこならシャリーも楽しめるだろうし、訓練生達も安心して集中できるだろう。
「シャリー、前に俺とやったことあるだろ?鬼ごっこだ。あれをお兄ちゃん達とやってみなさい。今から線を引くから、その中から出たり触られたらシャリーの負け。いい?」
「わかった!」
俺が土魔法で運動場の一角に線を引くと、訓練生達から選ばれた4人が装備を外して準備運動をしていた。中にはリーサとシューラーの姿もある。彼等の表情は真剣で、とてもこれから鬼ごっこをする人間には見えなかった。それだけ本気なのだろう。
「始め!」
俺の合図と同時に、四方に散った訓練生達がシャリーに向かって一斉に殺到する。シャリーは直前まで彼等を引き付けると、捕まえようとしたシューラーの股の間をすり抜けて反対側に走り出した。
「あっ!」
「何してんのよシューラー!」
瞬時に反応したリーサがその瞬発力を活かしてシャリーを追いかけようとしたが、その時には既に20メートルは離れていた。
「はやっ!」
「もうあんな所に!」
本気で逃げられたら俺でも捕まえるのに苦労するからな。初見で対処しなければならない彼等には難易度の高い訓練だろう。訓練生達は当初勢いだけで何とかなると思ったのか、団子状態になってシャリーを追いかけては翻弄されていた。しかし息切れするに至り、ようやく作戦を思いついたようだ。
「いいか、追いかけるのは一人で良い。あらかじめ逃げそうな場所に散っておいて、連携して追い詰めるんだ。シャリーちゃんの体力は俺達より上だが、動き続ければいずれそれも尽きる。数の有利を活かすんだ」
近くに居た俺には聞こえていたが、あえてシャリーに教える様な事はしない。彼等の作戦、サッカーみたいにポジションを決めておいて対処する方針なのかな?シューラーを中心に円陣を組んだ彼等は、涼しい顔をしているシャリーをゆっくりと包囲していく。すると一人進み出たリーサが、シャリーに向かって突進した。地を這うような低い姿勢で猛然と迫る様子は一匹の肉食獣を連想させる。だが、シャリーは触れられる瞬間リーサの上を飛び越して反対側に逃げる。しかしあらかじめ回り込んでいたシューラーが着地点で待ち構えていた。
「勝った!」
いくら達人と言っても一度跳び上がってしまえば後は着地するしかない。シャリーは為す術無くシューラーの腕の中に飛び込んだ…かに思えた次の瞬間、空中のシャリーは自らの腕を伸ばして体を捻ると、独楽のように回転させて本来の着地点とはズレた場所に着地した。
『嘘っ!』
信じられない光景に俺と訓練生達の声がハモる。…凄いなシャリー。俺こういうの○ラゴン○ールで見た事あるよ。まさかあれを実際にやってみせる奴が身近に居るなんて思わなかった。そばに着地したシャリーを近くに居た訓練生が慌てて捕まえようとするが、簡単に腕をすり抜けられてしまう。シャリーは追いかけっこが心底楽しいようで、鬼ごっこが始まってからずっと笑顔のままだ。やはり犬族の獣人は犬の性質を持ってるんだろうか。昔飼っていた犬もリードを離すといつまでも走り回ってたしな。
その後仕切り直した訓練生達は様々な作戦を用いてシャリーを捕まえようと奮闘したが、どれも圧倒的な身体能力の前に不発に終わった。そして1時間ぐらい経った頃、そこにはピンピンしているシャリーと、力尽きて死体のように地面に寝転がっている訓練生達の姿があった。
「勝負ありだな。シャリーの勝ち!」
「やったー!」
シャリーは大喜びで俺に飛びついて来るとそのまま激しく左右に振っている尻尾で俺の顔面に攻撃をしかけてきた。嬉しいのは解るけど痛いぞシャリー。それに当初の目的である教官の役目は忘却の彼方に忘れ去り、遊んでいただけになっているだろう。突っ込みたい気持ちはあったが、笑顔で抱きついて来るその姿を見れば、俺に出来る事は苦笑する事だけだった。
さあ、次はレヴィアの番だ。
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引き続き告知です。新連載始めました。『目指せ魔王! とある魔族の成り上がり』と言うタイトルです。良かったら読んでみてください。
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