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第230話 ブートキャンプ
しおりを挟む――ディアベル視点
主殿から暇な時に冒険者学校の訓練生達に魔法の指導をしてやってくれと頼まれた。領主館では私のする事などほどんど無いので、すぐに引き受ける事にした。こう見えても昔新兵達を鍛え上げていた経験があるので、人を教える事には慣れている。さっそく主殿と一緒に冒険者学校に向かうと、運動場には走り込みを続ける訓練生達の姿があった。
「みんなちょっとこっちに来てくれ!」
二人いた男女の教官の内、男の方が声を張り上げた。彼の名前はノイジと言う名前らしい。集まってきた訓練生達は、物珍しそうに私の事をジロジロと見ている。ダークエルフは自分達の里から出る事が少ないから、大きな都以外で姿を見かける機会はあまり無いので、こんな風に注目を集めるのは珍しい事ではない。
「新しい教官を紹介する。領主様と同じパーティーを組んでいる、ダークエルフのディアベルさんだ。彼女は炎系最高位の精霊魔法まで扱える魔法の達人なので、魔法使いを志す者はもちろん、それ以外の者でも精神集中の方法などを講義してもらう予定だ。将来魔法を使えるようになる機会があるかも知れないからな。訓練中はディアベルさんの指示をちゃんと聞くように」
『はい!』
なかなかいい返事をする連中だ。やる気もあるようだし、これは鍛え甲斐がある。ノイジ教官から今日一日は私の好きなように指導していいと聞いたので、昔の事を思い出しながらさっそく指導を始める事にした。
「私がディアベルだ。とりあえず自己紹介は後で良い。まずは運動場を30周走ってもらおう。魔法で戦うのも武器で戦うのも全ては体力が基本だ。まずはその体力を鍛える事にする。始め!」
『ええ~』
「反論は許さん!最後尾の者にはサラマンダーに尻をかじらせてやるぞ!安心しろ、我が主の魔法なら火傷ぐらいすぐ治る!」
そう言って実際にサラマンダーを呼び出すと、全ての訓練生達が慌てて走り出した。サラマンダーはトカゲだけあって、あまり走る速度は速くない。普通の人間が速足で歩く程度でしかないだろう。だが魔法で召喚された生物が息切れすると言う事は無い。遅いからと油断していると、本当に尻に大火傷をする羽目になる。最初は余裕の表情を浮かべていた訓練生達も次第に苦しそうに顔が歪み、最後には歯を食いしばり必死の形相で走っていた。
「よーし、よくやった。今ので全員走り終えたな」
最後尾で走っていたシルバーと言う名の訓練生は、私の前に辿り着くと崩れる様に地面に倒れ込んだ。他の訓練生も他人を気遣う余裕などないのか、そんな彼に対して心配そうな目を向けるだけだ。どこの新兵でもそうだが、どうやら彼等は今ので終わったと思っているらしい。そんな訳は無い。
「よし、準備運動は終わりだ。次は肺活量を鍛えるために今から水泳をしてもらう。運動場横にある人工池を往復10回!急げ!」
『えええっ!?』
一斉に抗議の声を上げる訓練生達。しかしそんな彼等は舌をチロチロと出して威嚇するサラマンダーが近づいて来ると、疲れた体に鞭打って人工池に向かって走って行った。
「ディアベル教官、泳ぐと言ってもこの格好では…」
「そうですよ。鎧も装備しているのに、水に入ったら沈みます」
「…?脱げばいいではないか。裸になれとは言わないから、全員下着姿になれ」
私の返事に彼等は固まった。何かおかしな事を言ったのだろうか?軍隊時代は男も女もほとんど関係なく扱われていたから、人前で下着姿になるぐらい何とも思わない。流石に全裸になれとは言わないが、それぐらい神経が図太くなくては冒険者家業は務まるまい。だが訓練生達は周りをきょろきょろと見て恥ずかしがっているだけだ。情けない。これでは埒が明かないので、私が率先して脱ぐ事にした。村に居る間は普段の鎧をつける必要が無いので、今の私は農夫が普段着る様な服を上下に着ている。それをいきなり脱ぎだした私に女子は悲鳴を上げ、男子は感嘆の声を上げる。
「さあ、お前達も脱げ。溺れ死にたくなければな」
下着姿になった私に鼻の下を伸ばしている訓練生が何人か居たが、サラマンダーに威嚇させると渋々脱ぎだした。その時、どこからか見られている様な気がしてふと校舎の方に視線を向けると、歯ぎしりしている主殿と目が合ったのだ。どうやら服を脱いだ私を男の訓練生が間近で見た事が悔しいらしい。あの方は私達に手を出そうとしない割には独占欲が強いので困ったものだ。こちらはいつでも歓迎すると言うのに。
下着姿になった訓練生達は、何人かで一列になると人工池の端から端まで泳いでいく。散々走らされた後だけあってペースは遅いが、辛そうな顔をしながらも不満を口にする者は居ない。なかなか根性のすわった者達だ。先が楽しみでもある。今度は走っている時と違って急かしたりはしない。下手をすれば溺れ死ぬ危険があるからな。新兵の訓練は限界ギリギリの見極めが難しい。
限界まで体力を使い果たした訓練生達は、水から上がると手足を投げ出すようにして大地に倒れ込み、荒い息を吐いていた。だがまだ終わりではない。私の本来の目的はここからなのだ。
「全員その場に座れ。どんな姿勢でも構わん。自分が一番集中できる姿勢になるんだ」
疲れ果てた訓練生達は、のろのろと動きながら思い思いの姿勢でその場に座り込むと、全員無言でこちらを見上げてきた。よし、いい具合に力が抜けているな。
「そのまま目をつむり、自分の体にある血液の流れを意識するんだ。他の種族はどうだか知らないが、少なくとも人間や亜人間が魔力を高める場合、体を循環する血液を利用し、体中で増幅させて外に吐き出す。体力が尽きた今のお前達なら、その感覚は普段より掴みやすいはずだ」
言われて目をつむり瞑想を始める彼等。最初の数分はまるで変化が無かったが、次第に何人かの生徒の魔力が高まっていくのが感じられた。自分自身の変化に驚いているのか、彼等は目を開けると自分の体を眺めたり、手を開いたり閉じたりしている。ちょっとコツを掴めば普段使っていない部分が使われるようになるから、魔力の最大値が底上げされた感覚があるのだろう。私も師に教わった時に彼等と同じ思いをしたものだ。
「凄い!見てくれよ、俺の火炎球がこんな大きくなってる!」
「私の土魔法も強度が上がってるわ!」
「じゃあ私はウェブデザイナーになるわ!」
突如割り込んで来た主殿が訳の分からない事を言っていたが、その場にいる人間全員に変質者を見る目で見つめられると、「邪魔してすいませんでした…」と肩を落として帰って行った。何がしたいのだあの方は。魔法の威力が向上したり、今まで掴める事の無かった魔力の流れを実感できるようになった訓練生達がはしゃいでいる。やはり自分の実力が向上するのは嬉しいものだろう。
「よし、そのぐらいでいいだろう。今の感覚を忘れないようにな。上手くいかなかった者でも日々の訓練が終わった後自主的にやってみるといい。その内なんとなく解るようになる」
『ありがとうございました!』
訓練生達に見送られて、私の教官としての初日は終わった。領主館に帰った後、主殿が言ってた言葉の意味を尋ねたら「滑ったボケの解説しろとか、ディアベルさんは鬼ですか!?」と半泣きになって抗議されてしまった。…謎だ。
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告知です。新連載始めました。タイトルは『目指せ魔王! とある魔族の成り上がり』です。こっちは不定期連載になります。
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書籍第1~4巻が発売中です。
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