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一話 憑依者は王の素質
しおりを挟む前世では、とある小説を読んでいた。
「せいぜい生き残ってみせろ、それがここでのルールだ」
ーーーそうそう、こんな感じに高圧的で…
脳が完全に視界へとシフトする。あり得ない、自然と口が開く。
遠く高い王座に君臨していたのは、紛れもなくハイドレイの王であった。
見下ろし、見下すようなその視線にごくりと喉を鳴らす。横に沢山連なっている使用人達はまるで空気のようだ。
品定めをするかのように冷酷な視線を向けるこの王は、私が読んでいた小説の王と同じ見た目をしている。
ーーーこれは、憑依…というやつなのかな。
普通ならば悩みに悩みまくって発狂する案件だっただろうが、何故だが妙に頭がすっきりしていた私はこの状況が面白くてたまらなかった。
状況把握より、その場の楽しみ、好奇心が優先された。
ならば、やることは簡単だ。腕をゆっくり伸ばし、手を差し出す。そして、口角をあげた。
「よろしく、おじさま」
固まりきった空気に波紋が起こったように一瞬動き出す。自分の手の大きさを見るからに、五歳。つまり、あの王決定戦のときであると理解した。
「…俺が誰だかわかってるのか?」
「もちろんよ。この国の王、ルークジア・ハイドレイおじさま」
後ろにいる兵が剣を鞘から抜く音が聞こえる。ルークジアは目を見開き、私の言動に驚愕しているようだった。
私は後ろにいる兵など気にも止めず、王に背を向け歩き出す。ドア付近まで行くと、行き場の失った剣はいつの間にか鞘へ戻されていた。
使用人、兵、そして王と近くに控える騎士に目を配らせ、ほのかに微笑んだ。
「それじゃあ、失礼するわ。首を洗って待っていてね」
最後に響いたのは、ドアの閉まる鈍い音だけだった。
「何でしょうか、あのお嬢様は」
「…殺気も、怯えも、何もなかった」
ルークジアはあの時、本能が逃げろと感じ取っていた。自分の殺気も跳ね返すような、齢五歳の少女。
ーーーなんだ?ただの馬鹿じゃない。
今まで馬鹿みたいに殺そうと初手から挑んできた奴や、怯えて泣くやつ、戦略を練っていたのだろうが見透かされて終わったやつ、とりあえず共通点は、ルークジアより劣っているということのみだった。
「…ダーテヘレス家はあんなに狂暴なガキを飼っていたのか?」
「ダーテヘレス家の夫妻は子供が出来にくかったと聞き及んでおります。唯一出来た子供があのエレスお嬢様ですが、大変出来が悪く、引き籠もってらしたとか…」
「…引き籠もりが俺の殺気に耐えられるだと?」
あり得ない、そう呟いた。だが、ルークジアの騎士は淡々と事実を説明していった。
区切りの良いところまで聞き終えると、こめかみに手を抑え、はぁ…と自然に溜息が零れ落ちた。
「…なんでもいい、あのガキに関する資料を持って来い」
「資料ですか?ですが…」
「あのガキは生き残る、必ずな」
ーーー王の素質がある令嬢、か
案内された部屋の椅子に腰掛ける。ふかふかで優しく体を受け止めてくれた。
辺りを見回すと、ここがどんな場所なのかを改めて確認されられる。どこに目を配っても、埃一つない見るからに高級品だらけの部屋。
「…憑依者なのかな」
これがあの小説ならば、ここはとても危険な場所だ。
物語は王決定戦、というところから始まる。この国での王の決め方は、実力主義だった。
優秀な公爵家から、一人王宮へ送り込み、そこで死ねば王にはなれず。生き残れば王になれるという単純明快なもの。
無論、王族の仲間入りをしたい家は、幼い頃から子供を殺戮者として育て上げてきた。だから、この世界の公爵家は全部冷酷で残酷だった。
公爵家は私のを含め五つ、つまり、四人が私を殺しに来るというわけだ。だが、無論公爵家だけではなく、王子もこれには参加する。
なので、狙ってくるのは五人となる。
「最終的に残ったのは誰だったかしら…曖昧ね」
そもそも、この小説のタイトルも何もかも思い出せなかった。記憶をぐちゃぐちゃにかき混ぜられたようで、後味が悪い。
ーーー私の論文も、全部パーね。
私の前世は、大学生。それも、神の子と謳われるほどの天才だと言われていた。
全ての分野に才能があり、大人にも引けを取らなかった。
だが、それ故に友達というものがいなかった。
「…友達作ろうかしら」
途端に、その目標が思いつく。
昔は友達を作ろうとしても、友達なんてできなかった。皆が謙遜し、離れていってしまうからだ。
ならば、チャンスではないか。友達作りの。
そうとなれば早いもので、テーブルの上に立てかけてある羽ペンとメモ帳のようなものを手に取り、記憶を探っていった。
「…さて、まず一番安全なのは、王子ね。ライア…だったかしら」
容姿を思い出そうとすれば、ズキリと頭が痛む。完璧に見計らったタイミングの頭痛は、まるで思い出すなと言われているようだった。
その意図を受け取り、変な詮索はよし紙にライアという名前を書き記しておく。
「ライアは基本大人しくて引き籠もってるけど教養はある…友達相手としては不足なしね」
つらつらと自分の小さな手で文字を紡いでいく。やはり、羽ペンよりもずっと小さいこの手では、芯がぶれて綺麗な字は書けない。
「一番危険なのはユミナクラ家のルチックね。横暴で、手がつけられないらしいもの。友達は沢山欲しいけれど、選びたいわ」
注意マークの横にルチックと書き記す。物語の中で一番横暴で、暴力思考な奴だった。体術は一番上だったが、頭の良さは一番悪い。要するに脳筋キャラというわけだ。
「全員今は五六歳だし…大人になってから仲良くするより、子供の頃から仲良くしたほうがいいわよね」
うんうんと自分の書いたものに目を通しながら、納得する。足をパタパタと動かすが、足が地面につかず、やはり自分は子供なのだと痛感した。
足を動かした際に髪がふわりと舞い、目につく。薄水色の髪で、腰までの長さがあった。水色に灰色が覆いかぶさったかのような色で、一般的には好まれないだろう。
目の色は鏡がないためわからないが、それもまた好まれるものではないのだろう。
「…こんなキャラ、いたかしら。私って、なんのキャラ?そもそも、主人公って誰だったの?」
あくまでもこの物語について思い出せるのは断片的。そこに少し不思議を覚えながらも、今はただ友達作りに専念しようと切り替える。
そんな時、ふと扉をノックする音が聞こえてきた。「どうぞ」と一言声をかければ、ギィーという重い扉特有の音が鳴り響く。
その中から出てきたのは、一般的な使用人で、表情を捨ててきたのかと思うくらいに、ロボットのような者だった。
「何か御用?」
「騎士を、一人決めてもらいます」
その使用人は静かに発音した。
ーーーあぁ、そういえば最初はそうだったわね。
王決定戦に参加する者は必ず、騎士をつけなければいけない。
騎士が裏切ることも多数あるが、それでも騎士に殺される方がマシという者もいるほど、ここは残酷な場所だった。
「こちらからお選びください」
その使用人の後ろには大勢の騎士がいた。騎士といえど、執事兼護衛、のようなものなので、全員執事服を着ていた。
ただ、問題なのは顔が見えないことのみだった。見えない、というより意図的に布で隠されていた。
メモ帳を閉じ、ペンを置いた。部屋から出ると、総勢二十名が一列に連なっていた。
「顔は?」
「お嬢様は途中参加故に、信用に値しませんので」
皮肉よりも先に、「途中参加」という言葉を受け取った。心臓の音がうるさくなるほど、私の心は悪い方向へと受け取っていく。
ーーー途中参加…?そんなキャラ、いなかったはず…
物語の中で途中参加してきたキャラなんていただろうか。いいや、いたら気づくはずだ。
そんなことを考えながらも、今はこの状況を何とか乗り越えなければいけないと我に返った。
騎士全員に目配せをし、騎士である自覚が足りないなと拍子抜けした。
布をつけ、ただ突っ立っているだけの騎士プライドが高いと言われていたが、プライドと礼儀は違うものだ。
近くにいたとあるナイトから、剣を引き抜き、その重さに身を任せながら剣を振りかざした。
「選びなさい。ここで私に殺されて死ぬか、生きるか」
空気が変わった。まるで、剣で先程までの空気を切り裂き、私の流れを作ったような、そんな感じだった。
それは私よりも騎士達のほうがわかっているようで、体が少し震えていた。
「騎士の時点で、貴方達も信用に値しない事を覚えておきなさい」
「ふ…っ!あははっ!いいですねぇ!君!!」
「…死にたいの?」
一番右端にいた男が声を上げる。とても狂ったように、けれどどこまでも何も感じさせない男に少しの嫌悪感を覚えた。
その男は一歩前に歩を進め、私の方へと向き直った。
「そうですね、殺されるなら凛々しい貴方に殺されたい!」
「身の程を弁えなさい」
「…っ」
私は持っていた剣を投げた。重さに反動をかけた剣は勢いよく飛んでいき、すんでのところで男は避けた。だが、首元にはスゥーと鮮やかな血の切り傷が浮かび上がる。
それに驚きを隠せないようで傷がついた方の首を擦っていた。
「私に騎士なんていらないわ。主人となりうる者に無礼を働くなんて、言語道断ね」
「お、お待ち下さい。お嬢様、それは許されません!それに、騎士がいなかったら、すぐに殺されてしまいます!」
「黙りなさい、私のことを見誤らないで頂戴」
部屋に戻ろうと背を向けると、先程の使用人が阻止しようとした。だが、私の視線に怖気づき、固まったまま動かなくなっていた。
「それなら、僕がまるで執事のように優しくしたら、僕を騎士にしてくれるんでしょうか?」
「実力がない騎士もいらないわ」
吐き捨てるように言うと、「へぇ…」と、その男は笑みをこぼしていた。まさに狂人。理性というトガが外れた、首輪のない番犬のようだ。
「……でも、そうね。もし、私の騎士になりたいのなら、ここにいる奴らを全員動けなくしたら考えてあげてもいいわよ」
「…イエス・マイ・ロード」
その番犬は、静かに微笑んだ。
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