人間に慈悲深い捨てられ聖女はその慈悲を捨てた

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第一章 二人の聖女

六話 拾い物

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「……なんだ、これは」

 会議に間に合わせようと急いで帰っていた、ただそれだけだった。
 馬車がいきなり止まり、誰かが倒れていると報告された。面倒だと思いながらも、外に出る。
 そして、その誰かに驚愕した。

「これは…人間、ですな」
「人間がこんなところにいるのか?」

 いつの間にか後にいたアスモデウスが堪らず声を溢した。アスモデウスも信じられぬようで、いや…まさか…と言葉を繰り返している。

 目の前にいる少女は、光を失った金髪に、雪のように真っ白で冷たく、荒れている肌。目もとにあるのは真っ黒なくま。誰がどう見ても、不健康な人間だ。

「いや…我々魔族と関わらない盟約を結んでいるので、ありえないはずですぞ」
「なら、こいつはなんだ」
「ふむ…」

 一旦少女を見据えたアスモデウスはしゃがみ込み、見るからにぼろぼろな少女の腕の裾を上げた。アスモデウスはその光景に頭が真っ白になったのか、硬直している。

「…これは、酷いものじゃ。見たところ、栄養失調、脱水症状、骨折、火傷、など。体が機能しなくなってもおかしくない状態ですな」
「なぜだ」
「我々に人間の考えてることなんて理解はできませんぞ。無論、あの聖女のことも」
「…思い出したくもないことを思い出したな」

 脳裏に浮かぶあの笑い声に頭が痛くなる。魔族のトラウマとも言われるあの聖女は未だに脳内に住み込んでいた。
 アスモデウスは裾を定位置に戻すと、私に向かって笑顔を浮かべた。

「それで、こやつをどうするのかお決めください」
「捨て置け、時間の無駄だ」
「わかりました」

 アスモデウスも人間と一緒にいるのはごめんなのか、すぐさま立ち上がり、馬車の中に戻ろうとした。
 けれどそれは、小さな住人に止められてしまった。

『待ってよ!もう少しだけここにいさせて~!』
「どうしたんじゃ、お主らも人間は嫌いだろう」

 目の前に飛び込んできた羽をパタパタと輝かせながら飛ぶ小さな精霊。複数の精霊がここにいさせてと懇願していた。

『そうなんだけど違うの!なんか、この子からは悪い感じがしないのよ。むしろ、一緒にいると心地よいの』
「心地よい、だと?」
『そうよ、魔王様。この子の心はほんとに真っ白で綺麗なの。私達精霊と同じ気質を感じるわ』

 信じられない言葉に眼を見張る。この魔界で人間が心地よいだなんて、精霊は嘘でも言わないからだ。
 それはアスモデウスも同じのようで、老人の脳内にはついていけなかったのか、口をあんぐりと開けていた。

『そうそう!なんかわからないけど、人間達でいうお母さんみたい!』
「魔王様、どういたしますか。この子らがここまで言うのは珍しいですぞ」
「……急いでいるし、とりあえず連れてけ」

 はぁ…と溜息を付き、許可を出した。心の底では、こんなこと望んでいなかった。
 人間というだけで吐き気がしてくる。
 それなのに、精霊達はかつてないほどに喜んでいた。

『やったぁ~!!!』
『この子とお話してみたいなぁ』
『そうだね!傷も治してあげよう!』
『そうしよう、そうしよう!』
「珍しいな」
「彼らも、聖女と人間に迫害されたものですがの……彼女は違うのかもしれませんな」
「怪しい動きをしたら追い返せ。殺しても構わん」
「もちろんです」

 とりあえず、襲ってきたように防衛はしないとなと思考を張り巡らせる。
 アスモデウスもそこは重々承知なのか、返答が返ってくるのはすぐだった。

「軽っっっ!!!!?」

 いつの間にかアスモデウスは彼女を持ち上げていた。そして、持ち上げたまま立ち尽くしている。

「なんだ、どうした。うるさいぞ」
「魔王様!これ持ち上げてみてほしいのじゃが!!」
「は?」

 突然ぐいぐいと迫られ、とにかく持ち上げろというから、渋々とそれに了承した。

「軽い……」

 持った瞬間、自然と声が溢れた。自分は今、空気を持っているのではないかと、そう錯覚するほどに彼女は軽かった。

 それに可哀想と思えない。むしろ無様だと心の底で鼻で笑っていた。
 そんな自分に対してなぜだか少し複雑な気持ちになる。不思議と彼女を持つ手が強くなる。

「…人間が、裏切ったんだ」

 やっと出てきた言葉がその一言だった。アスモデウスもそれを察したのか、それに対して否定することはなかった。

「……無論ですぞ、我々が同情する借りはありませんからな」
「あぁ」

「それではベリアン様、いえ魔王様。行きましょうか」


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