人間に慈悲深い捨てられ聖女はその慈悲を捨てた

文字の大きさ
上 下
6 / 8
第一章 二人の聖女

五話 一人の聖女

しおりを挟む
「夢……」

 起きればそこは、なんの変哲もないいつもの閉じ込められた部屋の中だった。
 神の銅像の方へ顔を向け、先程の出来事を思い返す。

「……本当ですよね、早いところ身支度を済ませなくては…」

 あれは、嘘じゃない。自分の中でそう確信していた。今日、私は追い出される。
 身支度とはいえど、私の私物は特にない。偵察に行くときのローブくらいだ。

 私の普段着は私に似合わないほど綺麗だ。神殿から渡されてるものだが、これだけは聖女といえる服であった。

 地面につくほど長い白いドレス。肩は純白のレース生地で包まれ、そこから先は着物のように袖口が大きくなっている。
 様々なところにレース生地やオーガンジーなどがあてがわれ、純白一色であろうが、それはそれは美しいドレスである。

「出てこい、金食いが!!!」

 咄嗟に聞こえてきた怒鳴り声。けれど、いつもとは違い、恐怖を感じなかった。
 鍵が開ける音ともに、私と同じ服を来た女性が入ってきた。そう、もう一人の聖女だ。
 フラウロスの後ろには沢山の護衛がついており、全員が私を見下していた。

「いいのよ…みんな、ごめんなさいね」
「フラウロス様が謝ることではありません!」
「そうです、悪いのはこいつですから」

 一言発し、表情を暗くするだけでこの有様。確かに、久しぶりに間近で見てみたが彼女は美しかった。

 アメシストのような瞳はぱっちりと宝石のように輝いていて、顔や鼻も小さく、紫髪も光り輝いている。
 これは確かに、見たことがないほどの美しさだ。

「せっかく、慈悲をくださっているというのにお前は無下にするのかっ!」
「無下…なんのことですか?」

 思いもよらぬ言葉に、心の底から疑問が浮かんだ。

「はぁ?しらばっくれるな、お前がフラウロス様に暴力を振るってることは知っているのだぞ」
「う……っ、いいの…私が使えない聖女だからしょうがないのよ…」
「そんなことないです、フラウロス様は美しく民のために働いております。それに、こんなやつに暴力を振るわれるなんて…っ!」
「そうです、俺らとて黙っては入られません」

 聖女が一粒の涙を流した。宝石が落ちるようにその姿は美しく、一瞬目が奪われた。

 護衛はフラウロスに対し、励ましの言葉を並べている。
 暫くすると落ち着いたのかフラウロスは微笑みながら、護衛達に伝えた。

「ありがとう、みんな。二人で話したいことがあるから、少しだけ待っててくれないかしら」

 護衛は戸惑い、誰か一人はつけようとしたが、それをフラウロスは断っている。
 とうとう諦めたのか、私に憎しみの視線を送りながら渋々と部屋の外に出ていった。

「はぁ……演技も疲れるわ」
「…そうですか」

 さっきとは打って変わって違う喋り方、声のトーン。それは溜息で、あきらかに私に向けられたものだった。

「ほんっとに、馬鹿よねぇ。あいつら」
「……すみません、直球にお願いします」

 そういうと、にこっと笑いかけられた。美しい顔のはずなのに、なぜか背筋が凍る。

「あら、いいの?なら、目障りよ、早く消えて頂戴。ま、あんたがいたら仕事をやってくれるから助かってるんだけどね?でもここ最近、会議とかの受け答えにつっかえてこまってるのよねぇ、私が仕事やってないのバレるじゃない」
「……それで、ご自身も仕事をやりたいと」
「そうよ、馬鹿どもはどうにかなるけど、さすがに上の方達は誤魔化せないのよね。あんたができるんだから私にだってできるわ。仕事をやらないあんたなんてただのゴミよ。だから、消えてほしいの」
「……わかりました」

 そこまで聞き、素直に頷く。確かに神の言ったとおりだった。
 フラウロスは満面の笑みを私に向ける。

「それは良かったわ!考える脳はあるようね。まぁ、私の慈悲深い心に免じて、小汚い小さな村に送るだけで勘弁してあげるわ。感謝なさい!」

 返答に困り、言葉に詰まった。それをよく思わなかったのか、あからさまに機嫌が悪そうな態度で喋りかけてくる。

「ありがとうございます、はどうしたのよ。普通こういうのはお礼を言うものよ!はっ、さすがは偽物ね。あー、苛ついちゃったわ。どうしようかしら、殺してもいいのだけれど……土下座して誠心誠意の謝罪をしてくれるなら許してあげるわよ?」

 ーーー土下座?

 意味がわからなかった。くすくすと楽しそうに笑っているフラウロス様のことも、土下座という単語のことも。

 困惑していると、突然髪の毛が引っ張られるような感覚に見舞われた。
 髪の毛は下に引っ張られ、それにつられ、頭と体も下に引っ張られた。頭は勢いよく床に強打し、痛さで歯を食いしばる。

 反射的に顔をあげようとすると、それを阻止するかのように頭に足が乗った。
 踏み潰すかのように本気で頭を床に押し付けてきた。

「ありがとうございます、は?」

 ここで顔を上げたらきっと、彼女は薄気味悪く笑っていることだろう。
 だから、今は従うしかないのだと心の中でそう言い聞かせた。

「あ、…りがとう…ござい、ますっ……」
「よくできたわねぇ~、偉いわぁ!」

 そう言いながら彼女はまた、私の頭を踏みつけた。
 激痛に耐え、なんとか声を押し殺した。

「つまんなぁい」

 苦痛に屈しなかったのが気に食わなかったのだ。次は何をやらされるのだろうと不安が過ぎった。

 彼女は次に、左手を踏んづけた。いや、踏んづけたなんて生ぬるい、押しつぶしたという表現のほうが正確だ。
 左手から骨が折れる音が聞こえてくる。鈍い音だ、人間の骨が折れるのはこうも簡単なのだろうか。

「今なんでこんなに簡単に骨がおれるのかって思ってる?教えてあげないこともないわよ」

 心を見透かされたようで、思わず顔をあげそうになった。彼女のふふっという優雅な笑い声が聞こえてくる。
 急に左手が軽くなったかと思えば、次は右手が押しつぶされた。骨が折れる音と共に、突然の激痛に声にもならない悲鳴を上げる。

「簡単よ、あんた何も食べてないもの。栄養価があるものを食べれないからそうなるのよ。可愛そうねぇ」

 そうなんだ、という理解する暇もなく、ぐりぐりと右手が押しつぶされた。


 全身が痛くなるまでそのようなことを多々やられ、心も体もズタボロになった頃、彼女は飽きたのだろう。「行くわよ」突然、そう言ってきた。
 護衛の方々達も一斉にドアから出てくる。

「はい。それよりも大丈夫でしたか、あんな薄汚い金食い虫と一緒にいたなんて……聖女様の体が心配です!」
「ありがとう…みんな……」

 ーーー私の心配は、ないのですね。

 明らかに私のほうがぼろぼろなはずなのに、誰も目に止めなかった。むしろ、聖女にそう扱われるのが当然と言われているかのように。

「たて、行くぞ」

 護衛の一人が面倒くさそうに、立てない私の手を強引に引っ張った。
 骨が折れているのに、引っ張られ、またもや激痛が走る。それでも私は、なんとか耐え立った。





「あぁ!フラウロス様だわ!」
「なんてお美しい……!いつもありがとうございます!」
「あれ、後ろに金食い虫のゴミがいるわよ」
「そうさ、知ってるか。あいつとうとう聖女様に手を出したらしいぜ」
「は?死ねばいいのに」
「そうだーっ!死んでしまえ!!!」
「聖女様の慈悲に甘えるなっ!」
「恐ろしい!恐ろしいっ!早く殺してしまえばいいものの…!」

 街へ出た途端、石を投げつけられた。沢山の、沢山の石を投げられた。
 護衛に囲まれ、逃げられない。聖女が先頭をひいている。

 良くも悪くも、投げられた石に痛いという感情はなかった。さっきので麻痺してしまったのだ。

 途端に、フラウロス様が足を止めた。

「皆様、知ってるかと思いますがノルン様は今日、私に…その、手をあげられてしまわれ、協会から追放ということになりました……」

 また、大粒の涙を流した。その一言に民は取り乱し落ち着きをなくしたようだ。

「私は、神殿に連れて行きたかったのですが……どうやら無理そうです…けど!ノルン様のせいじゃありません。私が至らぬばかりだったのです…!叩かれても仕方がありません……」
「フラウロス様……そんなはずありません」
「あぁ、なんとお優しいことだろう……」
「あれとは大違いだ」

 さっきとは違い、聖女を慰める言葉ばかりかけている。神殿は、本来なら聖女が行くべきところだ。
 私がいた協会というのは、ほぼ使われていない廃墟の神殿だと思ってくれていい。

 皆が聖女を囲み、慕っていて、もう私なんか目に映っていなかった。

 ーーー今、逃げられるのでは……

 刺客から逃げろなんて言うが、それをぼろぼろな体で簡単に実行できるはずがない。そう判断した私は、一歩二歩後ろに下がり、そこから一気に人がいないであろう方向にひたすら足を動かした。

「な……っ!追いなさい!早く!!!」

 叫び声のような怒声が後ろから聞こえてくる。けれど、逃げなければいけない。

 息が切れ、転んでもなお、足を止めなかった。
 無我夢中で、あの人達から逃げようと、歩を進める。

 幸い、フラウロスは足に怪我を負わせるようなことをはしなかった。逃げられるなんて思っていなかったのだろう。自分の考えの甘さが弱みに出たのだ。

 暫くすると、後ろからの足音が聞こえなくなり、ほっと胸をおろした。
 ここは、どこだろう。見慣れない風景、霧がかった森。
 けれど今はそんなことを気にしてる場合ではなかった。

 ーーーも…っと、にげ、な…っ…と

 これが、私の限界だったようだ。先程、安堵したせいで体に力が入らなくなっていた。
 私の体は崩れ落ち、魔法かのように瞼が重くなって、開けられなくなった。

 そうなれば後は、本能に任せるしかない。
 意識は次第に薄れていった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】「私は善意に殺された」

まほりろ
恋愛
筆頭公爵家の娘である私が、母親は身分が低い王太子殿下の後ろ盾になるため、彼の婚約者になるのは自然な流れだった。 誰もが私が王太子妃になると信じて疑わなかった。 私も殿下と婚約してから一度も、彼との結婚を疑ったことはない。 だが殿下が病に倒れ、その治療のため異世界から聖女が召喚され二人が愛し合ったことで……全ての運命が狂い出す。 どなたにも悪意はなかった……私が不運な星の下に生まれた……ただそれだけ。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※他サイトにも投稿中。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※小説家になろうにて2022年11月19日昼、日間異世界恋愛ランキング38位、総合59位まで上がった作品です!

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

一番悪いのは誰

jun
恋愛
結婚式翌日から屋敷に帰れなかったファビオ。 ようやく帰れたのは三か月後。 愛する妻のローラにやっと会えると早る気持ちを抑えて家路を急いだ。 出迎えないローラを探そうとすると、執事が言った、 「ローラ様は先日亡くなられました」と。 何故ローラは死んだのは、帰れなかったファビオのせいなのか、それとも・・・

離婚した彼女は死ぬことにした

まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。 ----------------- 事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。 ----------------- とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。 まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。 書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。 作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。

働かなくていいなんて最高!貴族夫人の自由気ままな生活

ゆる
恋愛
前世では、仕事に追われる日々を送り、恋愛とは無縁のまま亡くなった私。 「今度こそ、のんびり優雅に暮らしたい!」 そう願って転生した先は、なんと貴族令嬢! そして迎えた結婚式――そこで前世の記憶が蘇る。 「ちょっと待って、前世で恋人もできなかった私が結婚!?!??」 しかも相手は名門貴族の旦那様。 「君は何もしなくていい。すべて自由に過ごせばいい」と言われ、夢の“働かなくていい貴族夫人ライフ”を満喫するつもりだったのに――。 ◆メイドの待遇改善を提案したら、旦那様が即採用! ◆夫の仕事を手伝ったら、持ち前の簿記と珠算スキルで屋敷の経理が超効率化! ◆商人たちに簿記を教えていたら、商業界で話題になりギルドの顧問に!? 「あれ? なんで私、働いてるの!?!??」 そんな中、旦那様から突然の告白―― 「実は、君を妻にしたのは政略結婚のためではない。ずっと、君を想い続けていた」 えっ、旦那様、まさかの溺愛系でした!? 「自由を与えることでそばにいてもらう」つもりだった旦那様と、 「働かない貴族夫人」になりたかったはずの私。 お互いの本当の気持ちに気づいたとき、 気づけば 最強夫婦 になっていました――! のんびり暮らすつもりが、商業界のキーパーソンになってしまった貴族夫人の、成長と溺愛の物語!

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

【完結80万pt感謝】不貞をしても婚約破棄されたくない美男子たちはどうするべきなのか?

宇水涼麻
恋愛
高位貴族令息である三人の美男子たちは学園内で一人の男爵令嬢に侍っている。 そんな彼らが卒業式の前日に家に戻ると父親から衝撃的な話をされた。 婚約者から婚約を破棄され、第一後継者から降ろされるというのだ。 彼らは慌てて学園へ戻り、学生寮の食堂内で各々の婚約者を探す。 婚約者を前に彼らはどうするのだろうか? 短編になる予定です。 たくさんのご感想をいただきましてありがとうございます! 【ネタバレ】マークをつけ忘れているものがあります。 ご感想をお読みになる時にはお気をつけください。すみません。

処理中です...