人間に慈悲深い捨てられ聖女はその慈悲を捨てた

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第一章 二人の聖女

五話 一人の聖女

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「夢……」

 起きればそこは、なんの変哲もないいつもの閉じ込められた部屋の中だった。
 神の銅像の方へ顔を向け、先程の出来事を思い返す。

「……本当ですよね、早いところ身支度を済ませなくては…」

 あれは、嘘じゃない。自分の中でそう確信していた。今日、私は追い出される。
 身支度とはいえど、私の私物は特にない。偵察に行くときのローブくらいだ。

 私の普段着は私に似合わないほど綺麗だ。神殿から渡されてるものだが、これだけは聖女といえる服であった。

 地面につくほど長い白いドレス。肩は純白のレース生地で包まれ、そこから先は着物のように袖口が大きくなっている。
 様々なところにレース生地やオーガンジーなどがあてがわれ、純白一色であろうが、それはそれは美しいドレスである。

「出てこい、金食いが!!!」

 咄嗟に聞こえてきた怒鳴り声。けれど、いつもとは違い、恐怖を感じなかった。
 鍵が開ける音ともに、私と同じ服を来た女性が入ってきた。そう、もう一人の聖女だ。
 フラウロスの後ろには沢山の護衛がついており、全員が私を見下していた。

「いいのよ…みんな、ごめんなさいね」
「フラウロス様が謝ることではありません!」
「そうです、悪いのはこいつですから」

 一言発し、表情を暗くするだけでこの有様。確かに、久しぶりに間近で見てみたが彼女は美しかった。

 アメシストのような瞳はぱっちりと宝石のように輝いていて、顔や鼻も小さく、紫髪も光り輝いている。
 これは確かに、見たことがないほどの美しさだ。

「せっかく、慈悲をくださっているというのにお前は無下にするのかっ!」
「無下…なんのことですか?」

 思いもよらぬ言葉に、心の底から疑問が浮かんだ。

「はぁ?しらばっくれるな、お前がフラウロス様に暴力を振るってることは知っているのだぞ」
「う……っ、いいの…私が使えない聖女だからしょうがないのよ…」
「そんなことないです、フラウロス様は美しく民のために働いております。それに、こんなやつに暴力を振るわれるなんて…っ!」
「そうです、俺らとて黙っては入られません」

 聖女が一粒の涙を流した。宝石が落ちるようにその姿は美しく、一瞬目が奪われた。

 護衛はフラウロスに対し、励ましの言葉を並べている。
 暫くすると落ち着いたのかフラウロスは微笑みながら、護衛達に伝えた。

「ありがとう、みんな。二人で話したいことがあるから、少しだけ待っててくれないかしら」

 護衛は戸惑い、誰か一人はつけようとしたが、それをフラウロスは断っている。
 とうとう諦めたのか、私に憎しみの視線を送りながら渋々と部屋の外に出ていった。

「はぁ……演技も疲れるわ」
「…そうですか」

 さっきとは打って変わって違う喋り方、声のトーン。それは溜息で、あきらかに私に向けられたものだった。

「ほんっとに、馬鹿よねぇ。あいつら」
「……すみません、直球にお願いします」

 そういうと、にこっと笑いかけられた。美しい顔のはずなのに、なぜか背筋が凍る。

「あら、いいの?なら、目障りよ、早く消えて頂戴。ま、あんたがいたら仕事をやってくれるから助かってるんだけどね?でもここ最近、会議とかの受け答えにつっかえてこまってるのよねぇ、私が仕事やってないのバレるじゃない」
「……それで、ご自身も仕事をやりたいと」
「そうよ、馬鹿どもはどうにかなるけど、さすがに上の方達は誤魔化せないのよね。あんたができるんだから私にだってできるわ。仕事をやらないあんたなんてただのゴミよ。だから、消えてほしいの」
「……わかりました」

 そこまで聞き、素直に頷く。確かに神の言ったとおりだった。
 フラウロスは満面の笑みを私に向ける。

「それは良かったわ!考える脳はあるようね。まぁ、私の慈悲深い心に免じて、小汚い小さな村に送るだけで勘弁してあげるわ。感謝なさい!」

 返答に困り、言葉に詰まった。それをよく思わなかったのか、あからさまに機嫌が悪そうな態度で喋りかけてくる。

「ありがとうございます、はどうしたのよ。普通こういうのはお礼を言うものよ!はっ、さすがは偽物ね。あー、苛ついちゃったわ。どうしようかしら、殺してもいいのだけれど……土下座して誠心誠意の謝罪をしてくれるなら許してあげるわよ?」

 ーーー土下座?

 意味がわからなかった。くすくすと楽しそうに笑っているフラウロス様のことも、土下座という単語のことも。

 困惑していると、突然髪の毛が引っ張られるような感覚に見舞われた。
 髪の毛は下に引っ張られ、それにつられ、頭と体も下に引っ張られた。頭は勢いよく床に強打し、痛さで歯を食いしばる。

 反射的に顔をあげようとすると、それを阻止するかのように頭に足が乗った。
 踏み潰すかのように本気で頭を床に押し付けてきた。

「ありがとうございます、は?」

 ここで顔を上げたらきっと、彼女は薄気味悪く笑っていることだろう。
 だから、今は従うしかないのだと心の中でそう言い聞かせた。

「あ、…りがとう…ござい、ますっ……」
「よくできたわねぇ~、偉いわぁ!」

 そう言いながら彼女はまた、私の頭を踏みつけた。
 激痛に耐え、なんとか声を押し殺した。

「つまんなぁい」

 苦痛に屈しなかったのが気に食わなかったのだ。次は何をやらされるのだろうと不安が過ぎった。

 彼女は次に、左手を踏んづけた。いや、踏んづけたなんて生ぬるい、押しつぶしたという表現のほうが正確だ。
 左手から骨が折れる音が聞こえてくる。鈍い音だ、人間の骨が折れるのはこうも簡単なのだろうか。

「今なんでこんなに簡単に骨がおれるのかって思ってる?教えてあげないこともないわよ」

 心を見透かされたようで、思わず顔をあげそうになった。彼女のふふっという優雅な笑い声が聞こえてくる。
 急に左手が軽くなったかと思えば、次は右手が押しつぶされた。骨が折れる音と共に、突然の激痛に声にもならない悲鳴を上げる。

「簡単よ、あんた何も食べてないもの。栄養価があるものを食べれないからそうなるのよ。可愛そうねぇ」

 そうなんだ、という理解する暇もなく、ぐりぐりと右手が押しつぶされた。


 全身が痛くなるまでそのようなことを多々やられ、心も体もズタボロになった頃、彼女は飽きたのだろう。「行くわよ」突然、そう言ってきた。
 護衛の方々達も一斉にドアから出てくる。

「はい。それよりも大丈夫でしたか、あんな薄汚い金食い虫と一緒にいたなんて……聖女様の体が心配です!」
「ありがとう…みんな……」

 ーーー私の心配は、ないのですね。

 明らかに私のほうがぼろぼろなはずなのに、誰も目に止めなかった。むしろ、聖女にそう扱われるのが当然と言われているかのように。

「たて、行くぞ」

 護衛の一人が面倒くさそうに、立てない私の手を強引に引っ張った。
 骨が折れているのに、引っ張られ、またもや激痛が走る。それでも私は、なんとか耐え立った。





「あぁ!フラウロス様だわ!」
「なんてお美しい……!いつもありがとうございます!」
「あれ、後ろに金食い虫のゴミがいるわよ」
「そうさ、知ってるか。あいつとうとう聖女様に手を出したらしいぜ」
「は?死ねばいいのに」
「そうだーっ!死んでしまえ!!!」
「聖女様の慈悲に甘えるなっ!」
「恐ろしい!恐ろしいっ!早く殺してしまえばいいものの…!」

 街へ出た途端、石を投げつけられた。沢山の、沢山の石を投げられた。
 護衛に囲まれ、逃げられない。聖女が先頭をひいている。

 良くも悪くも、投げられた石に痛いという感情はなかった。さっきので麻痺してしまったのだ。

 途端に、フラウロス様が足を止めた。

「皆様、知ってるかと思いますがノルン様は今日、私に…その、手をあげられてしまわれ、協会から追放ということになりました……」

 また、大粒の涙を流した。その一言に民は取り乱し落ち着きをなくしたようだ。

「私は、神殿に連れて行きたかったのですが……どうやら無理そうです…けど!ノルン様のせいじゃありません。私が至らぬばかりだったのです…!叩かれても仕方がありません……」
「フラウロス様……そんなはずありません」
「あぁ、なんとお優しいことだろう……」
「あれとは大違いだ」

 さっきとは違い、聖女を慰める言葉ばかりかけている。神殿は、本来なら聖女が行くべきところだ。
 私がいた協会というのは、ほぼ使われていない廃墟の神殿だと思ってくれていい。

 皆が聖女を囲み、慕っていて、もう私なんか目に映っていなかった。

 ーーー今、逃げられるのでは……

 刺客から逃げろなんて言うが、それをぼろぼろな体で簡単に実行できるはずがない。そう判断した私は、一歩二歩後ろに下がり、そこから一気に人がいないであろう方向にひたすら足を動かした。

「な……っ!追いなさい!早く!!!」

 叫び声のような怒声が後ろから聞こえてくる。けれど、逃げなければいけない。

 息が切れ、転んでもなお、足を止めなかった。
 無我夢中で、あの人達から逃げようと、歩を進める。

 幸い、フラウロスは足に怪我を負わせるようなことをはしなかった。逃げられるなんて思っていなかったのだろう。自分の考えの甘さが弱みに出たのだ。

 暫くすると、後ろからの足音が聞こえなくなり、ほっと胸をおろした。
 ここは、どこだろう。見慣れない風景、霧がかった森。
 けれど今はそんなことを気にしてる場合ではなかった。

 ーーーも…っと、にげ、な…っ…と

 これが、私の限界だったようだ。先程、安堵したせいで体に力が入らなくなっていた。
 私の体は崩れ落ち、魔法かのように瞼が重くなって、開けられなくなった。

 そうなれば後は、本能に任せるしかない。
 意識は次第に薄れていった。
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