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25話:運命を変える少年の始まり

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 草木をなびかせる穏やかな風が吹き、雲ひとつない晴天の中において、その一団は明らかに異物であった。
 青い腕章を両腕に身に付け、軽装ながらも槍や弓を携えた男達は山道を真っ直ぐに突き進む。
 男達が通った地はまるで巨人がならしたかのように固く、そして確かな道となっていた。
 やがてその行進を阻むかのような関所があったが、男達は構わずに歩み続ける。

「前列、そのまま踏み潰せ」

 一団の前方に配置された男達は盾を構え、そのまま行進する。
 関所からは女の甲高い声と矢が飛んでくるものの、それは何の妨げにもならなかった。
 徐々に近づくその群れを恐れて女が逃げても、その一団は歩みを速めることなく、そして遅れる事もなく歩き続ける。

 関所の大きな門を閉じる前に女達は逃げてしまったので、何者も彼らを阻むことはない。

「工作隊、かかれ」

 それでも一団を率いる男はその障害を排除させた。
 それはまるで、彼らの後に続くモノの存在を許さないと言わんばかりの所業であった。

「ユリウス様。作業、滞りなく終えました」
「よし、進軍を再開する」

 青い腕章を身に付けたその一団は再び進撃する。
 途中でさらに多くの矢にさらされても止まる事無く、障害となるモノ全てを解体し、まるでその道には何も無かったかのように地面をならしていく。
 それはまるで、相手の大地そのものを征服しいる象徴かのように見えた。


 日が沈み、そこでようやく男の一団は歩みを止めた。
 恐れるものなどないと主張するかのように、道の真ん中で野営の準備を進める。
 そしてその一団に、レッドボアという赤いイノシシのようなモンスターに乗った男達がやってきた。
 赤い腕章を身に付けている男達はそのまま一団を率いる男の元へと向かう。

「やぁやぁ! 中々の快進撃ですな、ユリウス殿!」
「どうも、シーザー殿。我々はただ進んだだけです、何も誉れとなるような事はしておりません」
「ハハハ…そう言われてしまっては、何もしていない我々は立つ瀬がありませんな」

 そこでようやく赤い腕章を身に付けた男達はレッドボアから降り、ユリウスと同じ目線に立った。
 それをどうと思うことなく、ユリウスは会話を続ける。

「……キリークの露払いは我らにお任せください。シーザー殿には主戦力をお任せいたします」
「ええ! 貴方の友であったブルータス殿、そして仲間の敵討ちは我らお任せください!」

 誰がその口で友というか、そして自分を殺そうと指示を出そうとしていたのは誰であったか、そういった内面から沸きあがる感情を僅かにも表に出すこと無く、ユリウスは笑顔で対応する。

「街の包囲の半分は我らが行います。そうなれば、キリークの者共は必死に抵抗しながらも、次の世代を何処かに逃がすはず」
「そして、それを捕えるのが我らの役目というわけだな!」

 シーザーと呼ばれた男性は意気揚々といった感じで、腕を空へと突き上げる。

「戦意があるのは結構ですが、お約束はお守りください」
「ああ、もちろんだとも! キリークは極力殺さずに捕えて奴隷とする。そういう方針でしたな」
「はい。奴らには死すら生温い…子々孫々、子を産ませるだけの生物に堕としてくれる」
「ハハハ…ユリウス殿をここまで怒らせるとは、奴らも哀れなものだ」

 タラークに戻ったユリウスは、裏切り者達の死体を持ち帰っていた。
 しかしその事実は公表せず、あくまでキリークの手によって友が討たれたというシナリオを演じた。
 これによりユリウスは自然に戦争の流れに加わることができ、その権力と正当なる怒りを以ってこの立場を奪い取ったのであった。
 故に、彼が本当に怒りを向けている相手はこのシーザー…開戦派の人間達であった。

 戦争の主導権を握ったユリウスはいくつかの誓約をタラークに課した。
 ひとつ、キリークは奴隷とする為に殺してはならない。
 ふたつ、味方の損耗を減らすべく、街の包囲戦は自分が主導する。

 このふたつ目の制約には大きな意味があった。
 キリークの街には秘密の脱出路があり、有事の際は権力者の一部をそこから逃がすという情報を持っており、それを捕える事で戦争を一気に終わらせるという作戦をユリウスが提案したからだ。

 ただ、このままでは全ての活躍をユリウスが独占する事になってしまう為、開戦派の人間はその役目を任せるようにと説得してきた。
 つまりキリークにとって、包囲に参加していない者は全て敵であるという図式を作り出したのであった。

 あくまで復讐に燃える男としてユリウスは戦争に参加しているという理由もあったおかげか、誰も彼を疑わなかった
 それもそうだろう。
 なにせタラークがキリークを敵視しているように、キリークもタラークを敵視していると思われているのだ、内通しているなどと想像できようはずがない。
 それは彼らの紡いできた、これまでの歴史が証明している事であった。


 翌朝、再び男の一団は進撃する。
 塞ぐモノを踏みならし、降り注ぐ矢雨を踏み潰し、そしてこれ以上の歩みを妨げるかのような川をも踏破し、彼らはキリークの街へと辿り着いたのであった。

「都市攻略戦を始める! 総員、準備!」

 ユリウスの指揮のもと、兵士達は準備を進めていく。
 しかし先鋒を任せられていた兵士はともかく、後方に配置されていた戦争に対してあまり意欲的ではない者達の作業は捗っているようには見えなかった。

「ユリウス殿、少しよろしいか。貴殿の力量を疑うわけではないのだが、包囲の一部を任せてもらえないだろうか」

 赤い腕章をつけているその男はルキウス、ユリウスの親戚筋の者である。
 彼は彼で先祖の霊を慰めるべくこの戦争に参加しており、ユリウスの力ではどうしようもなかった。

「主戦力はシーザー殿が率いており、こちらに残された戦力には不安がな……」

 そう言ってルキウスは準備にもたつく兵士達を一瞥する。
 彼は彼なりにユリウスの助けになろうとしているのであった。

「その心意気、ありがたく。それでは北側をお任せしてよろしいでしょうか」
「ハッ! 貴方の助けになれるよう、尽力いたします」

 ユリウスはそう言い残し、自分の兵をまとめて北側へと移って行った。
 そしてユリウスは実戦を前に動揺している兵に近づき、都市包囲戦の準備を手伝った。

「ユ、ユリウス様! ここは我々が!」
「いや、いい。そういえば、キミはどうしてこの戦いに参加しようと思ったのだ?」

 テキパキと手を動かしながら尋ねると、ユリウスよりも若い兵士はしどろもどろとして話そうとしなかった。

「参加名簿を見れば分かる。キミは後になってこの戦争に参加しようと思ったのだろう? どういった心変わりがあったのか気になったんだ」

 自分の名前を知っていてくれているのかと、その兵士は内心飛び上がりそうなほど喜んでいた。

「そ、その…他の皆は祖先に顔向けできないとか、因縁に決着をつける為って言ってるけど…俺はユリウスさんを見て決めたんです」
「俺を見て?」
「俺らみたいな人にも優しくしてくれるタラークの人で、憧れてました。そんな人が大切な友人を殺されて、復讐する為に立ち上がって……だから、せめて少しでもその手伝いをしたいって思って」

 恥ずかしそうに顔を掻くその兵士とは裏腹に、ユリウスの心境は大きく揺れ動いていた。
 タラークの為とはいえ、自分のやっている事は裏切りといっても差し支えない。

「なぁ、実は―――」

 純心なその思いを前に真実を吐露しかけるが、彼の鋼の心がそれを制した。
 不思議そうな顔をする兵士に悟られぬよう、再び表情を取り繕う。

「一緒に生きて帰ろう。大丈夫! 俺の指示に従えばきっと無事に帰れるさ」
「ハイッ!」

 居た堪れない気持ちを抱えながらユリウスは願う。
 このような事が二度とこないように。
 ここで全ての決着がつくようにと。

 結局、その日は都市包囲網の準備をするだけに終わった。
 そして翌日……戦争の火蓋が切って落とされた。

「矢だ! とにかくありったけの矢を浴びせ掛けろ!」

 ユリウスは三方面の兵士にひたすら矢を射掛けるように指示を出す。
 しかし、その作戦に疑問を抱く者もいた。

「失礼します! その、矢を射掛けるのはいいのですが、このような矢ではあまり効果がないのでは?」

 兵士の持つ矢には矢じりがついておらず、尖らせた木の先端だけがあった。

「この戦いそのものが急に決まったものだからな、矢の数が足りていないのだ」
「ですが、こんな矢でどう戦えと!?」
「我々の目的はあくまでこの都市を包囲する事であり、本命は主戦力を持つ別働隊だ。だからこの矢で十分なのだ。分かったのであれば、我らの本分を全うせよ!」

 ユリウスの覇気ある声に満足したのか、兵士は納得して再び戦線に戻っていった。
 一方、包囲網の北側では相応の被害が出ていた。
 
「奴らは赤の腕章だ! 赤の矢筒を持ってこい!」
「南・西・東には青の矢筒だ!」

 都市の外壁上で戦うキリークの戦士達は、戦う場所によって矢を変えていた。
 青の矢筒にはユリウスの持つものと同じ矢が、赤の矢筒には矢じりのついた矢が揃えられていた。
 これこそがユリウスとトリュファイナが取り交わした密約のひとつである。
 互いの犠牲を減らす為に、戦うべき相手を識別する為に腕章の色で識別していたのだ。
 こうした工夫を巧みに扱いながらも、戦況は互いが望む膠着状態へと移行していった。

「頃合か……我らがソールの神に誓って、この戦いを終わらせるぞ!」

 ユリウスが合図をすると、油にまみれた布が括り付けられた矢と、火矢が打ち込まれた。
 外壁に阻まれて中の様子は見えないものの、立ち上る煙によって中は大混乱であるように見せかけていた。
 もちろん、これも二人の作戦である。
 これによってキリークはいよいよ追い込まれたと演出され、せめて重要人物だけを逃がそうとするという作戦の信憑性が増した。

 そしてそれを証明するかのように、街の南側から見慣れぬ土ぼこりが立つのを見て、開戦派のシーザーが動き出した。
 南へと逃亡する一団とそれを追うシーザーの一軍は同等の速度であったが、持久力についてはタラーク側に軍配が上がる。
 つまり、いずれは追いつかれる事が確定している状況なのだ。

 しかし、ここで彼らにひとつの例外が存在していた。
 逃げるキリークの一団の殿に、どうやら男…いや、少年がいるらしい。
 たった一人の子供に何ができるか、その男の子を見た者は誰もが侮る事だろう。

 しかしてその眼を更に開けて見定めねばならない。
 その少年こそが、この戦争の流れを最初に変えた一つの支流なのであると。
 世界の運命を変えてしまった一人の少年が―――。
 今度は自らの意思で世界の運命をねじ伏せる事を選択したのだ。
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