1 / 31
1
しおりを挟むとある国に有名な教会があった。
結婚式をするなら、この教会であげたいと若い令嬢たちが、そこに強い憧れを持っている場所が、まさにそこだった。素早いステンドグラスが教会にあるのだ。運命の人と添い遂げることが出来た二人が、そこで式をあげて幸せになったとされていて、みんながそれにあやかるようにそこでの結婚式を夢見ていた。
その教会の控室で、これからジャスミン・ベンディングという伯爵家の令嬢が自分の結婚式が始まるというのに剣呑な顔をしていた。その顔は、これから幸せが始まることに不安を覚えているような顔ではなかった。
本人が幸せに不安を覚えている顔というより、誰かの幸せをこれからぶち壊してやろうとしているように殺気立ってすらいた。
式が始まるかなり前から、忙しなく落ち度がないようにと細心の注意を重ねて手伝ってくれていた使用人や式に出席するべくやって来たジャスミンの友達が、ジャスミンを見に来てその美しさに褒めちぎってくれていた。他の人が控室にいる時は、それでもジャスミンは顔だけは何とか笑顔でいる状態だった。
「ジャスミン。そんなに緊張することないわよ」
「ちょっと、そんなこと言ったら、余計に緊張させちゃうじゃない」
きちんと笑えていないのは、緊張しているからだと思われたのだろう。友達の令嬢たちがそんな会話をして場を和ませようとしてくれていた。だが、ジャスミンは尋常じゃなく緊張していると思ったようだ。
ジャスミンの実の母と新郎の母親が、ウェディングドレスが自分たちの時よりも流行りが違うと言うので盛り上がっていた。それにジャスミンはイライラしているように見えたのかも知れない。
「ジャスミン。私たち、あの二人連れて出てるわ。その方が、ゆっくりできるでしょ?」
「えぇ、そうしてくれる?」
友達の令嬢たちは、ジャスミンの言葉に頷きあって、ジャスミンの母と義母となる女性を巧みに控室から出してくれた。
更には使用人も、用があったら声をかけてくださいと次々と出てくれた。
こうして、ジャスミンは結婚式が始まるまで一人にしてもらえたのだが、そのせいで隠す必要がなくなった。そんなジャスミンから、笑顔は完全に消えていた。
姿見鏡で、今日のために磨きに磨いて、張り切って準備したウェディングドレスを身にまとった自分を見ることにした。
(着ているウェディングドレスにも、結婚式のプランにも、何の不満もないけれど……。せっかく、思い描いていた式になるために努力してきたはずなのに全然嬉しくないわ)
ウェディングドレスも、ブーケも、装飾品も、何もかもが素晴らしい物のはずなのにジャスミンは、脱ぎ捨てて、燃やしてやりたいとすら思えていた。腹の中は怒りに満ちていた。ジャスミンは、自分の顔のはずなのに知らない人の顔にすら見えていた。
それもこれも、結婚する相手の男が浮気をしていることを知ったからだった。知るまでは、今日をどれだけ楽しみにしていたことか。
よりにもよって、ジャスミンの付き添い役をお願いしたジャスミンの親友の女性と彼は浮気をしていたのだ。そんなことを知っていたら、付き添い役なんて頼んでいなかった。そもそも、浮気しておいて、平然と付き添い役を引き受けて、嬉しいと泣いた姿を思い返して怒り狂っていた。
(親友だと思って、付き添い役を頼んだことも影で笑っていたとはね。あれを見聞きしてなきゃ、結婚してからも、知らないままの私のことをずっと馬鹿にされ続けたのでしょうね。どっちも最低よ!)
何も知らないジャスミンをその親友の男爵令嬢であるミア・バーデットとジャスミンの婚約者で子爵家の令息であるアーロ・グレンヴィルと浮気しながら、密会を繰り返して、その都度二人してジャスミンのことを嘲笑って馬鹿にしていたに違いない。ジャスミンがたまたま聞いた時のように。
「馬鹿な女がいたものだ」
「本当にそうね。でも、あの子は昔から、あぁなのよ。絶対に結婚してからも、私たちのことに気づきもしないわよ」
「君に付き添い役を頼んだくらいだからな」
「私、もう、おかしくて。笑いそうになるのをこらえすぎて泣いてしまったわ。それにも気づかなかったもの」
(あれを聞いていなければ、誰かに言われても信じていなかったでしょうね。でも、この目で見て、聞いたことを忘れてなんかやらないわ)
それでも、ジャスミンが結婚式を取りやめることなく、完璧な式になるようにと心血を注いだのは、アーロのことをそれでも愛しているからではない。浮気を知る前から、彼を好きだと思ったことは一度もない。仕方がないと割り切っての結婚だ。
結婚してから、夫婦になればいいと思っていた過去の自分に言ってやりたい。そんなことを思っているのは、自分だけで相手はそんなこと欠片も思っていないと。
それを知ってからジャスミンは、あることを実行しようと準備していた。
(許せない。浮気しておいて、散々なまでに笑いものにまでして、あの二人が幸せになるなんて絶対にさせてやらないわ)
ジャスミンの初恋の相手の子息とミアは、あろうことか婚約しているのだ。
それこそ、ジャスミンがミアと婚約した子息のことをどれだけ想っているかを知っていながら、そんな彼と婚約破棄することもせずにジャスミンの婚約者と浮気していることが、何より許せなかった。
ジャスミンの初恋の人が、ミアにぞっこんなため、何をしても自分が婚約破棄することにはならない。大丈夫だとでも思っているのかも知れない。
(地獄に行くなら、浮気している二人も道連れにしてやる。どっちも、幸せになんてさせてなるもんですか!)
ジャスミンは、純白の衣装を身に纏いながら、さながら死に衣装を纏っているかのように殺気立っていた。鏡に映る自分は鬼のようにすら見えた。自分にそんな恐ろしい顔ができるのかと思うほどだった。それこそ、額から角が生え始めても似合っていただろう。
それこそ、なぜ、結婚式を取り止めずにやろうとかているのかというと地獄に道連れにしたいがためだった。
ジャスミンは実家にも、嫁ぐことになっている家にも、アーロとミアの浮気のことを手紙にしたため、証拠写真や密会の音声を取りまとめてあるのを送っていた。それが、もう一つ控室のジャスミンの鞄の中に忍ばせてあった。
ジャスミンは、誓いの言葉を紡ぐことなく、死のうとしていた。そのために準備をしたのだ。死ぬ覚悟ならできている。
実家と嫁ぎ先がもみ消しても、ここに出席してくれている人たちを承認して、浮気している二人の未来をぶち壊してやろうとしているのだ。
だが、それは叶わなかった。
「っ、!?」
姿見鏡が突然、光り出してジャスミンはその中に吸い込まれることになったのだ。
コンコンコン。
「そろそろ、式のお時間です。ジャスミン様、入ってもよろしいですか? ジャスミン様?」
それに返事をする者は、その控室にはいなかった。
63
お気に入りに追加
339
あなたにおすすめの小説
宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました
悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。
クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。
婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。
そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。
そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯
王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。
シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯
【完結】あなたの色に染める〜無色の私が聖女になるまで〜
白崎りか
恋愛
色なしのアリアには、従兄のギルベルトが全てだった。
「ギルベルト様は私の婚約者よ! 近づかないで。色なしのくせに!」
(お兄様の婚約者に嫌われてしまった。もう、お兄様には会えないの? 私はかわいそうな「妹」でしかないから)
ギルベルトと距離を置こうとすると、彼は「一緒に暮らそう」と言いだした。
「婚約者に愛情などない。大切なのは、アリアだけだ」
色なしは魔力がないはずなのに、アリアは魔法が使えることが分かった。
糸を染める魔法だ。染めた糸で刺繍したハンカチは、不思議な力を持っていた。
「こんな魔法は初めてだ」
薔薇の迷路で出会った王子は、アリアに手を差し伸べる。
「今のままでいいの? これは君にとって良い機会だよ」
アリアは魔法の力で聖女になる。
※小説家になろう様にも投稿しています。
完結 冗談で済ますつもりでしょうが、そうはいきません。
音爽(ネソウ)
恋愛
王子の幼馴染はいつもわがまま放題。それを放置する。
結婚式でもやらかして私の挙式はメチャクチャに
「ほんの冗談さ」と王子は軽くあしらうが、そこに一人の男性が現れて……
王太子エンドを迎えたはずのヒロインが今更私の婚約者を攻略しようとしているけどさせません
黒木メイ
恋愛
日本人だった頃の記憶があるクロエ。
でも、この世界が乙女ゲームに似た世界だとは知らなかった。
知ったのはヒロインらしき人物が落とした『攻略ノート』のおかげ。
学園も卒業して、ヒロインは王太子エンドを無事に迎えたはずなんだけど……何故か今になってヒロインが私の婚約者に近づいてきた。
いったい、何を考えているの?!
仕方ない。現実を見せてあげましょう。
と、いうわけでクロエは婚約者であるダニエルに告げた。
「しばらくの間、実家に帰らせていただきます」
突然告げられたクロエ至上主義なダニエルは顔面蒼白。
普段使わない頭を使ってクロエに戻ってきてもらう為に奮闘する。
※わりと見切り発車です。すみません。
※小説家になろう様にも掲載。(7/21異世界転生恋愛日間1位)
【完結】都合のいい女ではありませんので
風見ゆうみ
恋愛
アルミラ・レイドック侯爵令嬢には伯爵家の次男のオズック・エルモードという婚約者がいた。
わたしと彼は、現在、遠距離恋愛中だった。
サプライズでオズック様に会いに出かけたわたしは彼がわたしの親友と寄り添っているところを見てしまう。
「アルミラはオレにとっては都合のいい女でしかない」
レイドック侯爵家にはわたししか子供がいない。
オズック様は侯爵という爵位が目的で婿養子になり、彼がレイドック侯爵になれば、わたしを捨てるつもりなのだという。
親友と恋人の会話を聞いたわたしは彼らに制裁を加えることにした。
※独特の異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。
※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。
お姉様は嘘つきです! ~信じてくれない毒親に期待するのをやめて、私は新しい場所で生きていく! と思ったら、黒の王太子様がお呼びです?
朱音ゆうひ
恋愛
男爵家の令嬢アリシアは、姉ルーミアに「悪魔憑き」のレッテルをはられて家を追い出されようとしていた。
何を言っても信じてくれない毒親には、もう期待しない。私は家族のいない新しい場所で生きていく!
と思ったら、黒の王太子様からの招待状が届いたのだけど?
別サイトにも投稿してます(https://ncode.syosetu.com/n0606ip/)
【完結】妹の特殊能力が凄すぎる!~お姉さまの婚約者は私が探してみせます~
櫻野くるみ
恋愛
シンディは、2ヶ月以内に婚約者を探すように言われて困っていた。
「安心して、お姉さま。私がお姉さまのお相手を探してみせるわ。」
突然現れた妹のローラが自信ありげに言い放つ。
どうやって?
困惑するシンディに、「私、視えるの。」とローラは更に意味のわからないことを言い出して・・・
果たして2ヶ月以内にシンディにお相手は見つかるのか?
短いお話です。
6話+妹のローラ目線の番外編1話の、合計7話です。
絶縁書を出されて追放された後に、王族王子様と婚約することになりました。…え?すでに絶縁されているので、王族に入るのは私だけですよ?
新野乃花(大舟)
恋愛
セレシアは幼い時に両親と離れ離れになり、それ以降はエルクという人物を父として生活を共にしていた。しかしこのエルクはセレシアに愛情をかけることはなく、むしろセレシアの事を虐げるためにそばに置いているような性格をしていた。さらに悪いことに、エルクは後にラフィーナという女性と結ばれることになるのだが、このラフィーナの連れ子であったのがリーゼであり、エルクはリーゼの事を大層気に入って溺愛するまでになる。…必然的に孤立する形になったセレシアは3人から虐げ続けられ、その果てに離縁書まで突き付けられて追放されてしまう。…やせ細った体で、行く当てもなくさまようセレシアであったものの、ある出会いをきっかけに、彼女は妃として王族の一員となることになる…!
※カクヨムにも投稿しています!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる