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しおりを挟むトレイシーの記憶が戻ることはなかった。
「お母様!」
「あら、楽しそうね」
「王妃様!? お止めください!」
子供たちは、みんなやんちゃだった。側にいる者たちは、怪我でもしたらと気が気ではないというのに王妃となったトレイシーは……。
「怪我しないように気をつけるのよ」
「「「は~い!」」」
「王妃様!!」
「下手に止めると見えないところでやるわよ。みんな、大人がいる時だけよ。それを破ったら、二度とさせませんからね」
「え~」
「約束できないなら、もうおしまい」
「っ、できる!」
「私も!」
「僕も!」
やめさせることに躍起になりますなっていたが、きちんと約束させ、素直に変じをする王子、王女たちに周りが驚いていた。
「子供は、ただやめろって言われて聞けないものよ」
「ですが」
「わかっているわ。でも、登り方も知らず、できる気になるような子にはなってほしくないの。世の中、やってみないとわからないものよ」
そう言いながら、登る木や高さも決めて、そのうち子供たちは、別の遊びに夢中になった。
駄目だと言われるとそれをどうしてもやりたくなるのがよくわかっていた。
この国では、遊び回るよりも勉強させることが一般的だが、トレイシーはどちらも全力でやらせた。
それによって、学園に入る頃にはトレイシーの若かりし頃のように優秀な王子と王女たちとなり、国王は
至るところで我が子を褒められることになって喜んでいた。
トレイシーは、王太子の婚約者となってから、お妃教育で苦戦することはあまりなかった。学園の授業でも、この世界で一番難しいと言われる国でも余裕があった。
義姉は何かと気にかけてくれていたが、トレイシーは無理しているつもりは全くなかった。それは、王妃になってからも変わらなかった。
奇想天外で、国王も悩むとトレイシーにどう思うかを聞いて、驚かされる回答に凄いと思うばかりだった。
「トレイシー。君は、素晴らしい先生がいたみたいだな」
「……」
トレイシーは、そう言われて何か言うことはなかった。ただ、本当にそんな先生がいたのなら……。
(もう一度会って、話してみたいものだわ)
そう思いながら、トレイシーはいつまでも仲睦まじく幸せいっぱいの人生を謳歌することができた。
そんなトレイシーの名前は、語り継がれるほど有名となり、母としても、妻としても、王妃としても、素晴らしい女性として知らぬ者がいないまでになって、彼女を知る者はそれを聞いて喜んだ。
王太子だった頃、このまま結婚して良いのかと悩んだ時もあった。それが解決していなければ、結婚までは至っていなかったかもしれない。
「今年も、氷が溶けて川になるな」
「え?」
トレイシーは、それを聞いて目をパチクリさせた。
「ん? どうかしたか?」
「いえ、氷が溶けたら……」
「あぁ、普通は水になると言うんだろうが、この国は寒いからな。川も凍るんだ。だから、私はついそう言ってしまうんだ」
「氷が溶けたら、春になる」
王太子は、トレイシーの言葉にきょとんとしてから笑顔となった。
「……それはいいな。トレイシーらしい」
「っ、!?」
そう言って笑っている王太子を見て、トレイシーは号泣した。
「え!? どうした? トレイシー」
「っ、」
トレイシーは、人生で一番泣いたと思う。それに王太子は、慌てふためくばかりだったが、必死に名前を呼ぶ声に誰かの声と被った気がした。
“トレイシー”
その声の主が誰だったかをトレイシーは思い出せないままだが、その時から結婚したい相手が王太子となった。
隣に立ち続けるに相応しい女性になるために努力を惜しむことはなかった。
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