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しおりを挟む王太子となった第2王子であるフィランダーを見送ってから、国王はふと先の王太子の婚約者だった令嬢のことを思いだした。
「……元気にしているだろうか」
彼女が義娘になるのを楽しみにしていたが、それは永遠に叶わなくなった。
その代わりにあんなのが義娘になるのかと思うとため息しかでなかった。
それに比べて、記憶をなくしたトレイシーは若かりし頃の王妃を彷彿とさせた。
「彼女も、どうしているのだろうな」
甥っ子が、トレイシーを気にかけていたようだが、国王は聞けずじまいだった。
そこに王太子がいなくなってから、国王の弟がやって来た。兄は今まで以上に疲れた顔をしていたが、自分と同じ顔をしていたことには、気づいていなかった。
「国王陛下」
「……2人の時までやめてくれ」
「兄上」
「……なんだ」
「木登りと聞いて、思い出しました。王妃のことを」
「お前もか。私もだ。それに息子を思い出した」
「私もです。……兄上、トレイシー嬢のことですが」
「見つかったか?」
「はい。隣国にいます」
国王は、無事なことを聞いて安堵していた。だが、その先の報告を聞いて驚かずにはいられなかった。
つい先程、元気だろうかと思った2人の娘が元気にしていたことを知ることになったのだ。
報告している方も驚かずにはいられなかった。運命とは、不思議なものだ。
記憶をなくし途方に暮れているのではと思っていたが、記憶がなくとも頭の良さというか。機転によって、両親たちといた時よりも幸せにしているようだ。
「あの両親は、探しもしていないのか?」
「していません。全てを勘当して追い出した彼女のせいにしたままです」
「そうか」
記憶をなくしたことすら、嘘と決めつけるような親だ。そして、国王が何があったかを知って伝えてもなお、全てを娘のせいにして変わらなかった。
怪我をさせたわけでなく、王太子と木登りなんてしたのが、そもそもまずいというならまだしも、頭の良すぎる娘を持て余しているのとも違っていた。面倒しか起こさない厄介な娘でしかないように見えた。
「そこまでして、あんな才女を勘当して、国からも追い出してしまうとは……。この国の未来に必要な人材は、あぁ言う若者だというのに」
公爵も、国王と同じくトレイシーを気にかけていた。そして、自分の息子を気にかけていた。あんなことを言い出さなければ良かったと落ち込みつつ、トレイシーの木登りの仕方が……。
「兄上」
「なんだ?」
「トレイシー嬢の木登りは、先の王太子を見ているようだったと息子が申していました」
「っ、まことか?」
「はい。それを真似たくて、息子も木登りをしておりましたから」
無駄の一切ない動きで、登るのだ。あれは、誰にも真似できなかったはずだ。
「……そうか。女性にもできたのか」
国王は、懐かしそうな顔をした。ゼノス公爵も、息子に聞いた時に同じ顔をした。あまりにそっくりで懐かしみすぎて、いざという時にあんなことになったとして、落ち込んだままだ。
未だにあそこまで落ち込んだのを見たことがなかった。先の王太子が亡くなったことを知らせた時以上にパーシヴァルは塞ぎ込んでいる。
トレイシーが隣国で元気にしていると聞いて、更に塞ぎ込んでいる。彼女は、記憶がなくとも彼女のままだが、息子の方は先の王太子の時のように敵わないと思うものを感じてしまったようだ。
「トレイシー嬢ともっと話がしてみたかった」
「私もです」
ゼノス公爵は、その娘が先の王太子に想いを寄せていたことは言わなかった。
国王と公爵は、お互いの息子のことで頭を悩ませていた。
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