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しおりを挟むそんなことをしていると木の上で限界を迎えた王太子が、何を思ったのか。トレイシーに軽々とできたからと飛び降りることにしたのだ。
それを見ている者たちが、ぎょっとした。
「無理をするな!」
「っ!?」
それに気づいたパーシヴァルがやめさせようとして、トレイシーが慌てて助けようとして駈け出していた。何とか間に合ったがトレイシーは王太子の下敷きになり、目が覚めたら記憶を失っていたというわけだ。
だが、そんなことを詳しく説明してくれる人はいなかった。
(よくわからないけど、その王太子が無事ならいいか)
頭をぶつけ、全身打撲になって記憶がなくなったというのにトレイシーは、そんなことを思った。
王太子はトレイシーを下敷きにしたことで、大した怪我をすることはなかったようだ。
できれば、口外しないで穏便に済ませたかったのだろうが、騒ぎ立てたのは誰であろうマーセイディズだった。
木登りをした日、帰るなり両親に話したのだ。
「王太子に怪我をさせるとは」
「そうなのです。黙っていられません」
マーセイディズは、両親に何があって怪我をしたかより、トレイシーが王太子に怪我をさせたと言ったのだ。それを真に受けた彼女の両親によって、騒ぎが大きくなったのだ。
王太子は、とんでもなく子供っぽいことをして、馬鹿なことをして競って木登りして降りられなくなって、落ちたのを助けられたと話すことができず、全てはトレイシーが悪いかのようにしたのだ。
そんなことしなくとも、見ていた者は大勢いるというのにマーセイディズが騒ぎ立てたことに便乗して、そちらを真実にしようとしたのもあったようだ。
それに腹を立てたのは、パーシヴァルだ。その場にいたことから、何があったのかを国王に呼び出されて話すことになったのだ。
「違う。あれは……」
「王太子に怪我をさせた娘を庇うのか?」
「違います。あれは……」
「パーシヴァル。……王太子。婚約者の言っていることは、本当なのですか?」
息子が違うと言うのを止めて、王弟である公爵が、王太子に尋ねた。
「それは……」
「王太子。はっきり申せ」
「っ、婚約者の言った通りです」
「っ、!?」
王太子は、国王に聞かれて、本当のことを言えずに全てをトレイシーのせいにしたのだ。
せいにされた方のトレイシーは、記憶がないのだ。何と言ってみようもない。
「トレイシー嬢。まことか?」
「公爵。王太子が、そうおっしゃっているのですぞ!」
「私は当事者に聞いているだけだ。トレイシー嬢」
「わかりません」
トレイシーは、正直に答えたが、その答えが気に入る者はいなかったようだ。
「わからない?」
「はっ、言い逃れる気だな。どこまで、嫌な令嬢なんだ」
「トレイシー! ちゃんとお答えしないか」
「答えています。ですが、記憶がないのです。トレイシーでしたか。それが、私の名前なのとそこの2人が両親で、えっとナヴァル子爵家でしたっけ? それしか教えてもらっていません。あ、あとは、目が覚めてから心配されるでもなく、怒鳴り散らされていたので、まだ混乱しています。そもそも、木登りしたようですけど、なぜ、そんなことに?」
「は? 木登り??」
「そうらしいです。学園の多くの生徒が見ていたようなので証人なら、それこそ大勢いるのではないでしょうか」
トレイシーは、淡々と答えた。トレイシーの両親やマーセイディズとその両親は言い逃れる気だとばかりに記憶喪失のふりなんぞするなと怒っていた。
「トレイシー嬢。私は? 私のことは、覚えていますか?」
「いいえ。今の私には、ここにおられる方々は皆さん初めましてです。あ、そこの2人は、両親ですけど、名前までは知りません」
「っ、」
パーシヴァルは、初めましてと言われ愕然とした。彼は、あんなことを言い出さなければと思っていて、ずっと後悔していたが、頭をぶつけて、全身打撲だけだったことにホッとしていたのだが、ここまでになるとは思ってもいなかった。
「パーシヴァル」
「……」
己のせいだとパーシヴァルは唇を噛みしめていて、彼の父親はそんな息子を見るのは初めてだった。
それほどまでに息子の心をかき乱す存在なことを改めて知り、父として何ができるかと思うばかりだった。
だが、この後、ゼノス公爵家の面々も、国王ですら、予想していないことを結論も出ずに行う者がいるとは思いもしなかった。
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