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記憶がなくなる前、トレイシーは王太子も木登りで競うことになったが、成長しても王太子は木登りができなかったようだ。

それ以前に運動系が苦手なようにしか見えなかったが、トレイシーが自分のことだからやると言い出して、女には流石に負けないと思ったようだ。……なぜ、負けないと思ったのかがわからないレベルで、トレイシーはするすると登って、降りる時は枝を使って瞬く間に降りた。

その身のこなしに拍手が沸き起こった。曲芸を見ているようだった。ハラハラもドキドキもトレイシーにはなかった。


「凄い」
「あれは、猿じゃないないだろ」
「それに比べて……」
「まだ、あそこか」
「っ、」


王太子は、やっと半分ほど登ったところだった。トレイシーがゴールしたとわかって、呆然としていた。


「勝負ありましたね」
「っ」
「降りて来てください」
「……」
「……フィランダー殿下?」


パーシヴァルが声をかけるが、王太子は一向に降りて来なかった。

それどころか。トレイシーが、ゴールしたのを見てから固まって動かなくなっていた。


「何やってるんだ?」
「流石に恥ずかしくて降りて来れないとか?」
「……まさか、高いところが苦手とか?」
「は? それはないだろ。それなら、流石に登る前に……」
「フィランダー殿下。梯子を持ってこさせましょうか?」
「だ、大丈夫だ。負けたとは言え、登ってから降りる」
「……そこで半分ですよ? まだ上に登って降りて来れるんですか?」
「大丈夫だ!」


ぷるぷると震える王太子を見て誰もがそう思った。高いところが未だに駄目なのだと。

だが、そう思わなかった者もいた。王太子を見ておらず、トレイシーだけを見ていたマーセイディズだ。


「トレイシー。あなた、正気なの?」
「?」
「王太子と木登りで勝負して、あっさり勝つなんて信じられないわ」
「……なら、わざと負けろと?」


(あれにどうやって?)


トレイシーは、チラッと王太子を見た。ぷるぷるしながらも、登ったのだから降りれるはずだと言われて、わかっている!とパーシヴァルに言い返しているのが見えた。

マーセイディズは、王太子が負けたというのに自分は賭けをしていないからと猿、猿と言っていた。

それに流石に面倒になってしまった。


「マーセイディズ。あなたの得意なことは?」
「は? 何よ。私とも、勝負する気? あなたが、私に勝てるとでも?」
「……」
「なら、次の試験結果でも勝負しては?」
「それいいですね」


婚約者候補まで残った面々が、試験と言い出した。それこそ、学園が始まってから、トレイシーがぶっちぎりの一番なのだが、その中でトレイシーのことを目の敵にしている先生がいたせいで、順位が1番ではなくなっていた。

その先生いわく……。


「何でもできると思っているところが伺える。教師よりできていると言いたいのか?」
「いいえ」
「違うのか? なら、なぜ答えのみで、それを導く途中の式を省く?」
「答えにたどり着く方が早くて、途中の式を忘れてしまうんです」
「は? 書かずに頭の中で式を解けると? そんなこと、誰にもできん」
「……」


その先生は自分にはできないからと答えがあっていても、途中の式がないからと0点ではなくて赤点ギリギリの点数しかつけない嫌な先生だった。そのせいで、ぶっちぎりの一番なはずなのに10番に入っていなかったが、それを知っている者は多かった。


「あら、10番にも入ったことがないのに? 彼女には難しいのではないかしらね」
「……」


トレイシーは、その言い方に大して興味がなかった。マーセイディズとて、順位に張り出されるところに名前があったことがないのだ。

だが、周りは降りてこれない王太子よりも、マーセイディズの態度に眉を顰めていた。


「何だ。あれ?」
「もしかして、先生に嫌われて点数もらえてないのを知らないのか?」
「というか。あの令嬢が、王太子の婚約者なのか」
「だから言ったろ。お似合いだって」


そう言いながら、震えたままにっちもさっちもいかなくなった王太子を見て、笑うものが増えた。

そんな風に笑われているのも、マーセイディズはトレイシーが笑われていると思っていたようで、意地悪い顔をしていた。


(流石にこの状況で、王太子を心配しないのはどうなのかしらね)


流石の取り巻きたちも、そんなマーセイディズにぎょっとした顔をした。マーセイディズが、10番にもいないと毎回話題にしているのも、いい加減、先生の機嫌を取ればいいと言いたいものと思っていたが……。


「まさか、あれは、本気だったの……?」
「あれどころか。いつも、本気だったのかも」
「え?! あれが、本気なら、相当……」


取り巻きたちは、マーセイディズの側にいるのにこれまで以上に不安を覚えずにはいられなかったようだ。


(ずっと本気よ)


トレイシーは、その取り巻きたちの声に内心で、そう思っていた。


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