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そんなことがあって、数日が過ぎた。そんなこととは学園で王太子と木登りをして競争した後だ。

ナヴァル子爵家のトレイシーは自分の部屋で、数日眠ったままだったが、ようやく目を覚ました。それを知った2人が部屋にやって来て怒鳴り散らしていた。


「お前は、なんてことをしてくれたんだ!!」
「……」
「王太子と木登りで競い合うなんて、ここまでとは思わなかったわ」
「……木登り?」


両親らしき人たちに怒鳴り散らされて、言いたい放題の2人をじっと見ていた。そんな風に見つめていた人物の頭には包帯が巻かれ、目が覚めてから怒鳴られて続けていた。

全身が痛いのは、木登りして落ちたせいかと思っても、自分の名前すらわからなくなっていた。そもそも、王太子となぜそんなことをしたのかも覚えてはいなかった。


(とりあえず、私の名前は、なんだろう? 名前を呼ぶ気もないみたいね)


怒鳴っている人たちは、両親だろう。聞きたいことを聞ける状況ではないため、怒鳴るのをぼんやり眺めていた。

それにしてもと部屋の中を見た。


(……何だか、物悲しい部屋ね)


自分の部屋だろうにそんなことを思わずにはいられないほど、年若い令嬢の部屋には見えなかった。


「何をなさっているんですか!?」
「っ、先生」
「目が覚めたら、すぐに呼んでくれと言ったはずです。それをもう、ずいぶん経つのに呼びもせず、説教をしていたとは」
「これは、家族の問題だ」
「そうです。部外者は黙っていて」
「そうは、いきません。王宮の医者が先に診察して、私に経過観察を託したんです。それをせずにいたら、私の信用にかかわります。お2人は出ていてください」


渋々、親らしい人たちは出て行った。


「トレイシー様。遅くなりました」
「トレイシー……?」
「はい。どうかされましたか? 気分がお悪いのですか?」
「いえ、それが、名前ですか?」
「は?」


医者は、間抜けな顔をしたが、すぐに神妙な顔をして診察をした。

医者を呼ぶようにトレイシーが誰にも言わず、両親らしき人たちが怒鳴り散らすのを眺めていたのも、記憶がないせいだとわかった。


「トレイシー様」
「……あの人たちが、両親なのですよね?」
「そうです」
「娘の心配したことなさそうな人たちですね」
「っ、」
「先生は、前から私を診ていてくれたのですか?」
「はい。子供の頃から診ております」
「そうなのですね。お世話になっているのに覚えていなくて申し訳ありません。記憶は、戻るのでしょうか?」
「っ。それは、何とも言えません」


その質問をしていたトレイシーは、その答えに何の反応も見せなかった。


「他にはありませんか?」
「そうですね。しばらく眠っていたようですが、どのくらい眠っていたのでしょう?」
「3日ほどです」
「……それでやっと目が覚めた娘にあれですか。あ、木登りを王太子としたと聞きましたが、本当にそんなことを?」
「えぇ、したようです」
「私に婚約者は?」
「いらっしゃいません」


トレイシーは、色々と聞いたが、医者はそれに答え続けた。診察が長すぎると怒って、再びトレイシーを怒鳴り散らそうとするのに医者が何か言おうとしたが、それを止めたのはトレイシーだった。


「トレイシー様」
「そのうち、飽きますよ」
「ですが、あなたには安静が必要なんですよ」
「えぇ、ここで安静にしてます」


トレイシーは、記憶がなくなっているはずなのにもう自分の両親がどういう人たちかを把握したようだ。


「……何かあればすぐに呼んでください。いつでも、駆けつけます」


返事せずにトレイシーは、医者の言葉ににっこりとしただけだった。それを見て、医者は……。


「何もなくても、明日、また診察します。トレイシー様は記憶喪失です。あまり下手に刺激することは控えてください」
「は? 記憶喪失?」


両親は医者にそう言われても、まるで信じてはいないようだった。

それを見て、医者はトレイシーを見たが、その目は親を見ている目ではなくなっていた。

記憶をなくす前に見せたことのない目をしていて心配で仕方がなくなったが、他にも診なくてはならない患者がいたこともあり、すぐに王宮の医者に連絡して気がかりなことを連結して診ることになった。

それでも、トレイシーの両親は娘を怒鳴りつけていたようだが、王宮の医者は最初、何をそんなに気がかりがあるのかと思えば、記憶がないと言っている娘に怒鳴り散らすのを見ることになり、何が言いたいのかを察するまで早かった。

それでも、医者たちにできることは限られていた。


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