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だが、マーセイディズはトレイシーに当たり散らしている場合ではなかった。ストレス発散のためにしていた原因のお妃教育の進みが、一向によくならないままだったのだ。

不慣れなことで、慣れないせいにしておけないほどになっていた。


「あの、猿を構うな」
「え?」


王太子からお茶に誘われることになったことで浮かれていたマーセイディズは、婚約者となってから何かと忙しくしていて初めてのお茶の誘いに着飾っていて、気合いが張り過ぎた格好をしていた。それに比べて王太子は、執務の途中の格好をしていたが、それでもマーセイディズは自分1人が浮かれていることにまだ気づいていなかった。

会ってすぐに時間をかけたくないとばかりに王太子が本題を口にしたのだが、マーセイディズは何を言われたのか最初わからなかった。


「君は、他にやることがあるだろ。お妃教育の進み具合がすこぶる悪いと聞いた」
「っ、あれは、体調がよくないからです」


咄嗟にマーセイディズは、そう言った。すると王太子は、眉を顰めた。


「具合が悪いのに毎日、しつこく猿を構うとは、ずいぶんと余裕があるように思えるが? それにそんな格好をするのに忙しくされては、お茶なんておいそれと声をかけられないな」
「っ、」
「そんな余裕があるなら、二度と私がお妃教育の進みのことで、愚痴など聞かされずに済みそうだ。それと着飾るのもほどほどにしてくれ。今のままでは、私の横にいるだけで中身が伴っていなかて恥ずかしい。着飾る服を選ぶのも控えろ。お茶をするだけで、そんなものを着ないでくれ」
「っ!?」
「全く、それまで言わないとわからないとはな」


王太子は言いたいことだけ言って、マーセイディズを置いて執務室に戻ってしまった。

色々と言われたはずだが、彼女の頭の中に残ったのは……。


「何よ。猿、猿って、呼ぶくせに。何で、あんなのを気に掛けるのよ! フィランダー様の婚約者は、私なのに!!」


マーセイディズには、王太子が気にかけているようにしか見えなかったようだ。

それは、自分がストレス発散のためにと毎日のようにトレイシーを構うせいで、周りに酷いことを執拗にしているのを見られて噂になっているせいなのだ。それが、王太子の耳にも嫌でも入って来ているのだが、マーセイディズはそうは思わなかった。


「あんな女より、私の方が相応しいって、見返してやる!」


王太子も、選んだ令嬢がここまでとは思っていなかった。この令嬢が、親そっくりでずっとそれをひた隠しにしていたことも知らなかった。

トレイシーの両親と親同士がいがみ合っているのを幼い頃からマーセイディズは見ていた。トレイシーは、幼い頃はあまり見かけなかったが、王太子の婚約者候補に選ばれる少し前から見かけるようになった。

それこそ、あの家の娘にだけは何が何でも負けるなと親に言われながらマーセイディズは育って来ていたこともあり、友達として近づいて側にいた時から、婚約者となった時にこうして自分の方が上なのだと認めさせたかった。

でも、やっと王太子の婚約者になれたというのに今度はお妃教育やら他にやることがある毎日にストレスばかりが溜まっていった。

それを発散すべく、王太子の婚約者として相応しいものを身に着けなくてはと衣装を新調したり、アクセサリーを選んだりしていたが、勉強しろと再三言われて、やり始めたが婚約者となったのだからと以前までのように頑張ることもしなかった。

それでも、やらせようとするのに辟易していたが、学園でトレイシーを見るたび、自分はこの女に勝ったのだと思えて、その優越感にひたりたくてトレイシーを探しては、わざわざ会うようになった。

そのたび、猿だと広めることに余念はなかった。そのおかげか。周りもマーセイディズが婚約者となったことにお似合いだと言ってくれていて、トレイシーのことを悪く言えば言うほど、婚約者候補になった者たちが、褒めちぎってくれるのも嬉しかった。

それなのに王太子は、トレイシーを気にかけたのだ。
王太子のためにと着飾ったというのにそれを褒めることもせずに。お茶に誘ったはずなのにお茶を一杯も飲むことなくいなくなってしまったのだ。

その話題にトレイシーの名前が出たというだけで、マーセイディズの怒りはトレイシーに向かった。自分に何か直すところがあるなど、マーセイディズは欠片も思っていないままだった。


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