2 / 42
1
しおりを挟むラヴェンドラという国の子爵家に生まれた少女がいた。かなり突拍子もないことばかりを昔から言ったり
したりしていた女の子だ。
「また、お嬢様が、おかしなこと言ってるよ」
「ほっときな。どうせ、ろくなことじゃないんだから」
わけのわからないことを言うとして、大人たちに馬鹿にされ敬遠されていた。誰も彼もが、少女の頭の良さについていけないだけなのだが、逆に馬鹿なのだと思われていた。
その少女の名前は……。
「トレイシー様! トレイシー様! 全く、どこまで、遊びに行ったのやら」
トレイシー・ナヴァル。あの、お兄さんと遊ぶのに忙しくしていた時は、こうして呼ばれても子爵家の家の近くにいることはなかった。だから、返事すらできなかったし、探す人が彼女のことを見つけられたことはなかった。
それが、お兄さんと会えなくなって数年後には同じように呼ばれても……。
「トレイシー様! 家庭教師の先生が、来てますよ!」
「は~い。今行く!」
返事ができるところに彼女はいた。木の上だが、そこでトレイシーは本を読んでいた。天気のいい時は、外で本を読んでいた。
「よっと」
木登りなんて、お手の物になっていたことから、軽々とこなしていた。それを見られてしまっていたとは、思いもしなかった。
身軽に木の上から降りたトレイシーは、怪我ひとつせずに最短ルートで自室に戻った。
「……」
その身のこなしを見ていた者は、驚きすぎて目を見張ったまま固まっていた。そんな動きをする令嬢になど会ったことがなかった。
「フィランダー殿下。お会いになりますか?」
「いや、いい。見ればわかる」
「そうですね」
トレイシーは知らなかったが、王太子の婚約者候補になっていて、候補を見て回っていたことも知らず、一番見られてはならないところを見られていたとは知りもしなかった。
そして、候補を紹介する側も、とんでもない令嬢らしからぬ行動をしているのを見て、それをどう紹介したものかと頭を悩まさずとも良くなって、ホッとしていた。
「他の候補を見に行く」
「はい」
こうして、しばらくしてからトレイシーは他の候補者たちが、会って話したと言っている中でトレイシーは……。
(私は話してもないけど、いつ来るんだろ?)
候補に入ったと聞いたのも、最近のことでワクワクしていたが、とっくに話す機会もなくしていたとも知らずに家族とそわそわして待っていたが、ついに現れることはないままだった。
「婚約者が、決まった……?」
それを聞いてトレイシーの頭の中は真っ白になった。ただ、会えることを喜んでいたが、その機会すらなかったのだ。
(何で……? 何が起こっているの??)
トレイシーには、なぜそんな事が起こっているなんて全くわからなかった。
「そんな、他の候補者のところには、みんな会いに来られたと聞きましたよ?」
「トレイシー。本当にお会いしていないのか?」
「していません」
「旦那様」
「確認してみる」
トレイシーは、ふと候補にすら上がっていなかったのではないかと思えた。だから、来なかったのだと思いたかったが、そうではなかった。
後日、激怒した父が帰って来て、トレイシーを見るなり怒鳴りつけてきたのだ。
「お前のせいで恥をかいた!」
「え?」
「旦那様、何事ですか?」
「トレイシーが、木から猿のように降りたところを見たそうだ!」
「へ?」
「まぁ、トレイシー! また、木に登っていたの?!」
「あ、いえ、その……」
トレイシーは、両親に責め立てられた。それは、いつも以上に酷く怒られた。
そして、確認した父が笑いものにされたのを聞いて、母は顔を赤くしたり、青くしたりと忙しそうにしていた。
当の本人はというと……。
(そんな、あれを見られていたの? あれだけで、私は婚約者に相応しくないと話もできなかったというの? あの方は、それだけで婚約者に相応しくないと判断したというの?)
王太子が、そんなことをしたことにトレイシーはショックを受けた。記憶の中のお兄さんは、そんな程度で話さず帰るなんて思っていなかった。成長してもなお、変わらないものと思っていたが、違っていたことにショックを受けてしまっていた。
ましてや婚約者を探しているのだ。話してみなければわからないはずだが、記憶の中の彼とはまるで違っていて、首を傾げた。
(周りにとやかく言われるから? それが煩わしいから、選ばなかったの? その程度にしか思われていなかったの?)
同じ想いを持っていると思っていたのが違うのだと思うと選ばれたくて良かったのかも知れない。それでも、ショックが消えることはなかった。
「全く、婚約者になった令嬢の家から、お前の破天荒さと、じゃじゃ馬っぷりのおかげで、楽に娘が婚約者になれたと礼まで言われた」
「婚約者は、誰になったのですか?」
「マーセイディズ嬢だ」
マーセイディズ・ベルジックとは、伯爵家の令嬢だ。そして、令嬢の中でもトレイシーみたいなのとでも仲良くしてくれていたが、両親同士は仲がいまいちだった。
そう、トレイシーとでも仲良くしてくれる令嬢だ。それだけでも選ばれる理由が、そこにある気がして納得できた。
(そっか。彼女なら、負けても仕方がないよね。だから、お父様はいつもに増して機嫌が悪かったのね)
トレイシーは、そう思っていた。あの家の娘に負けたことが悔しくて仕方がなかったのだ。
彼女が王太子の婚約者になったことで、マーセイディズが親のように嫌味な性格を隠さずに表に出すようになるとは思いもしなかったトレイシーは、この時は相応しい令嬢が選ばれたと思っていた。
だが、その性格の悪さゆえ、トレイシーの両親とは昔からそりが合わずに仲が悪かったようだ。トレイシーの両親は性格がいいわけではない。似た者同士なため、やることなすことが自分たちより、周りに評価されることが許せないだけだったようだ。
でも、この時はトレイシーには仲の悪さの理由などわかりもしなかった。わかった後でも、仲良くすればいいとは二度と思うことはなかった。
仲良くしたら、もっと世の中が幸せとは真逆な方向に進むと思ったのだ。両親同士だけが、幸せになって周りが不幸になってもお構いなしなことしかしない。
それが、両親たちにとっての幸せなのだ。だから、そうならないことこそ、トレイシーには幸せに思えてならないから仲良くなんてしない方が平和だと思えた。
25
お気に入りに追加
85
あなたにおすすめの小説
【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。
112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。
愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。
実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。
アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。
「私に娼館を紹介してください」
娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──
婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい
矢口愛留
恋愛
【全11話】
学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。
しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。
クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。
スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。
※一話あたり短めです。
※ベリーズカフェにも投稿しております。
真実の愛とやらの結末を見せてほしい~婚約破棄された私は、愚か者たちの行く末を観察する~
キョウキョウ
恋愛
私は、イステリッジ家のエルミリア。ある日、貴族の集まる公の場で婚約を破棄された。
真実の愛とやらが存在すると言い出して、その相手は私ではないと告げる王太子。冗談なんかではなく、本気の目で。
他にも婚約を破棄する理由があると言い出して、王太子が愛している男爵令嬢をいじめたという罪を私に着せようとしてきた。そんなこと、していないのに。冤罪である。
聞くに堪えないような侮辱を受けた私は、それを理由に実家であるイステリッジ公爵家と一緒に王家を見限ることにしました。
その後、何の関係もなくなった王太子から私の元に沢山の手紙が送られてきました。しつこく、何度も。でも私は、愚かな王子と関わり合いになりたくありません。でも、興味はあります。真実の愛とやらは、どんなものなのか。
今後は遠く離れた別の国から、彼らの様子と行く末を眺めて楽しもうと思います。
そちらがどれだけ困ろうが、知ったことではありません。運命のお相手だという女性と存分に仲良くして、真実の愛の結末を、ぜひ私に見せてほしい。
※本作品は、少し前に連載していた試作の完成版です。大まかな展開は、ほぼ変わりません。加筆修正して、新たに連載します。
※カクヨムにも掲載中の作品です。
【完結】公爵令嬢は王太子殿下との婚約解消を望む
むとうみつき
恋愛
「お父様、どうかアラン王太子殿下との婚約を解消してください」
ローゼリアは、公爵である父にそう告げる。
「わたくしは王太子殿下に全く信頼されなくなってしまったのです」
その頃王太子のアランは、婚約者である公爵令嬢ローゼリアの悪事の証拠を見つけるため調査を始めた…。
初めての作品です。
どうぞよろしくお願いします。
本編12話、番外編3話、全15話で完結します。
カクヨムにも投稿しています。
愛されない花嫁はいなくなりました。
豆狸
恋愛
私には以前の記憶がありません。
侍女のジータと川遊びに行ったとき、はしゃぎ過ぎて船から落ちてしまい、水に流されているうちに岩で頭を打って記憶を失ってしまったのです。
……間抜け過ぎて自分が恥ずかしいです。
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
【完結】婚約前に巻き戻ったので婚約回避を目指します~もう一度やり直すなんて、私にはもう無理です~
佐倉えび
恋愛
リリアンナは夫のジルベールの浮気や子どもとの不仲、うまくいかない結婚生活に限界を感じ疲れ果てていた。そんなある日、ジルベールに首を絞められ、気が付けば婚約直前の日まで時が巻き戻っていた……!! 結婚しても誰も幸せになれないのだから、今度は婚約を回避しよう! 幼馴染のふたりが巻き戻りをきっかけにやり直すお話です。
小説家になろう様でも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる