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ラヴェンドラという国の子爵家に生まれた少女がいた。かなり突拍子もないことばかりを昔から言ったり
したりしていた女の子だ。


「また、お嬢様が、おかしなこと言ってるよ」
「ほっときな。どうせ、ろくなことじゃないんだから」


わけのわからないことを言うとして、大人たちに馬鹿にされ敬遠されていた。誰も彼もが、少女の頭の良さについていけないだけなのだが、逆に馬鹿なのだと思われていた。

その少女の名前は……。


「トレイシー様! トレイシー様! 全く、どこまで、遊びに行ったのやら」


トレイシー・ナヴァル。あの、お兄さんと遊ぶのに忙しくしていた時は、こうして呼ばれても子爵家の家の近くにいることはなかった。だから、返事すらできなかったし、探す人が彼女のことを見つけられたことはなかった。

それが、お兄さんと会えなくなって数年後には同じように呼ばれても……。


「トレイシー様! 家庭教師の先生が、来てますよ!」
「は~い。今行く!」


返事ができるところに彼女はいた。木の上だが、そこでトレイシーは本を読んでいた。天気のいい時は、外で本を読んでいた。


「よっと」


木登りなんて、お手の物になっていたことから、軽々とこなしていた。それを見られてしまっていたとは、思いもしなかった。

身軽に木の上から降りたトレイシーは、怪我ひとつせずに最短ルートで自室に戻った。


「……」


その身のこなしを見ていた者は、驚きすぎて目を見張ったまま固まっていた。そんな動きをする令嬢になど会ったことがなかった。


「フィランダー殿下。お会いになりますか?」
「いや、いい。見ればわかる」
「そうですね」


トレイシーは知らなかったが、王太子の婚約者候補になっていて、候補を見て回っていたことも知らず、一番見られてはならないところを見られていたとは知りもしなかった。

そして、候補を紹介する側も、とんでもない令嬢らしからぬ行動をしているのを見て、それをどう紹介したものかと頭を悩まさずとも良くなって、ホッとしていた。


「他の候補を見に行く」
「はい」


こうして、しばらくしてからトレイシーは他の候補者たちが、会って話したと言っている中でトレイシーは……。


(私は話してもないけど、いつ来るんだろ?)


候補に入ったと聞いたのも、最近のことでワクワクしていたが、とっくに話す機会もなくしていたとも知らずに家族とそわそわして待っていたが、ついに現れることはないままだった。


「婚約者が、決まった……?」


それを聞いてトレイシーの頭の中は真っ白になった。ただ、会えることを喜んでいたが、その機会すらなかったのだ。


(何で……? 何が起こっているの??)


トレイシーには、なぜそんな事が起こっているなんて全くわからなかった。


「そんな、他の候補者のところには、みんな会いに来られたと聞きましたよ?」
「トレイシー。本当にお会いしていないのか?」
「していません」
「旦那様」
「確認してみる」


トレイシーは、ふと候補にすら上がっていなかったのではないかと思えた。だから、来なかったのだと思いたかったが、そうではなかった。

後日、激怒した父が帰って来て、トレイシーを見るなり怒鳴りつけてきたのだ。


「お前のせいで恥をかいた!」
「え?」
「旦那様、何事ですか?」
「トレイシーが、木から猿のように降りたところを見たそうだ!」
「へ?」
「まぁ、トレイシー! また、木に登っていたの?!」
「あ、いえ、その……」


トレイシーは、両親に責め立てられた。それは、いつも以上に酷く怒られた。

そして、確認した父が笑いものにされたのを聞いて、母は顔を赤くしたり、青くしたりと忙しそうにしていた。

当の本人はというと……。


(そんな、あれを見られていたの? あれだけで、私は婚約者に相応しくないと話もできなかったというの? あの方は、それだけで婚約者に相応しくないと判断したというの?)


王太子が、そんなことをしたことにトレイシーはショックを受けた。記憶の中のお兄さんは、そんな程度で話さず帰るなんて思っていなかった。成長してもなお、変わらないものと思っていたが、違っていたことにショックを受けてしまっていた。

ましてや婚約者を探しているのだ。話してみなければわからないはずだが、記憶の中の彼とはまるで違っていて、首を傾げた。


(周りにとやかく言われるから? それが煩わしいから、選ばなかったの? その程度にしか思われていなかったの?)


同じ想いを持っていると思っていたのが違うのだと思うと選ばれたくて良かったのかも知れない。それでも、ショックが消えることはなかった。


「全く、婚約者になった令嬢の家から、お前の破天荒さと、じゃじゃ馬っぷりのおかげで、楽に娘が婚約者になれたと礼まで言われた」
「婚約者は、誰になったのですか?」
「マーセイディズ嬢だ」


マーセイディズ・ベルジックとは、伯爵家の令嬢だ。そして、令嬢の中でもトレイシーみたいなのとでも仲良くしてくれていたが、両親同士は仲がいまいちだった。

そう、トレイシーとでも仲良くしてくれる令嬢だ。それだけでも選ばれる理由が、そこにある気がして納得できた。


(そっか。彼女なら、負けても仕方がないよね。だから、お父様はいつもに増して機嫌が悪かったのね)


トレイシーは、そう思っていた。あの家の娘に負けたことが悔しくて仕方がなかったのだ。

彼女が王太子の婚約者になったことで、マーセイディズが親のように嫌味な性格を隠さずに表に出すようになるとは思いもしなかったトレイシーは、この時は相応しい令嬢が選ばれたと思っていた。

だが、その性格の悪さゆえ、トレイシーの両親とは昔からそりが合わずに仲が悪かったようだ。トレイシーの両親は性格がいいわけではない。似た者同士なため、やることなすことが自分たちより、周りに評価されることが許せないだけだったようだ。

でも、この時はトレイシーには仲の悪さの理由などわかりもしなかった。わかった後でも、仲良くすればいいとは二度と思うことはなかった。

仲良くしたら、もっと世の中が幸せとは真逆な方向に進むと思ったのだ。両親同士だけが、幸せになって周りが不幸になってもお構いなしなことしかしない。

それが、両親たちにとっての幸せなのだ。だから、そうならないことこそ、トレイシーには幸せに思えてならないから仲良くなんてしない方が平和だと思えた。


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