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「ニヴェス。具合が、よくないのでは?」
「え?」


ニヴェスは、学園に久々に2人で登校して、婚約者のアミールカレ・コスタにそんな風に心配されていた。

学園に来る前にも、心配されていたが、それ以上に心配している声音だった。

そんな風に心配される顔をしているのは間違いないだろうが、その理由をニヴェスは婚約者に言えなかった。


「顔色があまりよくないように見えるのですが……」
「だ、大丈夫」
「……」


ニヴェスは自分がしたことが、どうなったのかが気が気ではなかった。ニヴェスが指さした人が、どうなったかが気になってならなかった。

大体、指さしたのは確かだが、どの子息のことと勘違いしたのかが、ニヴェスにはわからないままだった。

アミールカレは、あの日からしばらく風邪で学園を休んでいた。彼の姉妹どころか。両親までも、風邪でダウンしたらしく、ニヴェスがアミールカレの見舞いに行ったら、一家全員ダウンしていて、びっくりした。

使用人たちも、ダウン寸前になっていて、ニヴェスはすぐさま家から使用人を呼んで、更に医者を呼んだ。ニヴェスの家の使用人たちと一緒になって、世話をした。すると婚約者の一家から益々一目置かれる存在になってしまった。

ニヴェスにはそんなつもりはなかったが、婚約者だけを世話しようなんてしなかったことが喜ばれたようだ。みんな具合が悪いのに婚約者だけを世話できるわけがないと思うが、もはやニヴェスがすることは何でも美談にしてしまうようだ。

特にアミールカレの妹が一番具合が悪くて、吐き戻して、自分の服のみならず、ニヴェスの服までも酷いことになっても、怒りもせずに対応してくれたのが、嬉しかったようだ。

まぁ、使用人ですら凄い顔色をしていたが、わざとではない。具合が物凄く悪い時に怒鳴り散らされるわけがない。


「ごめんなさい」
「謝らなくていいのよ。大丈夫。ベッドが汚れなくて良かったわ。すぐに片付けるからね」
「っ、」
「泣かないで、大丈夫よ」


そんなようなことを言ったのを覚えている。泣かせるつもりはなかったが、アミールカレの妹は泣いてしまって可哀想なことをしてしまったとすら思っている。

怒鳴りつけるようなことをやるとしたら、ニヴェスの妹だ。もっとも、妹が具合の悪い人を世話するなんて日が来たら、外は槍が降るに違いない。それが、降り止まなくなるくらいになりそうだから、妹らしからぬことはしないでいい。

そもそも、世話なんてする子じゃないから、そんなことにならないだろうが。妹が何かやらかすとしても、そんなことになるわけがない。

その癖、自分が具合を悪くすると死にそうにするのだ。誰かが具合悪いのは、どうでもいいような子だ。一体、誰に似ているのやら。ニヴェスの妹なら
そんなことしても気にもとめない。当たり前のようにしているだけだ。

まぁ、アミールカレの家で、そんなことがあった後、ニヴェスも風邪を引いたかというとピンピンしていた。

助っ人で呼んだ使用人たちが次々と寝込み、ニヴェスの両親や妹が寝込むことになっても、ニヴェスだけが元気なままだった。

寝込んでいる妹は、この世の終わりのように具合が悪いと騒いでいて、アミールカレの使用人たちが代わりに面倒を見に来てくれているが、ここまでなのかと呆れられていることにすら気づいていない。


「ちょっと! 私が言ったのと違うわ!」
「え、ですが」
「私は、具合が悪いのよ! 何度も言わせないでよ!」
「……申し訳ありません」


どう見ても、そこまで具合が悪そうには見えなかった。一番軽いのに家の中で一番酷いかのようにしていて、怒鳴りつけてばかりいた。怒鳴りつける元気があるのだ。

両親はぐったりしていて、そんな元気もなかったが、それでも世話をしてもらって、アミールカレの方の使用人たちに礼を言っていた。

そんな妹の世話を誰もができればしたくないかのようになったのは、すぐだった。まぁ、そうなるだろうなとは思っていた。気は持ちようというが、両親や使用人が風邪を引いたから、自分も引いたに違いないと思い込んでいるように見えた。

医者も、そんな妹に他の風邪をちゃんと引いている面々と同じ薬は出していなかった。妹に風邪ではないと言っても無駄だとわかっていて、薬もいらないとは言わないのも、面倒くさいからだ。


「食後に飲んでくださいね」
「苦いのは、嫌よ」
「苦くはないですよ」


それでも、妹はあーでもないこーでもないと医者に自分の症状を語って色々言っていたが、慣れたものでスルーしていた。

風邪ではないのは、ニヴェスの目から見ても明らかだったが、それでも診察しないともっと大変なのを知っているから、医者は相手をしてくれていた。ニヴェスは、それに申し訳ない気持ちになってしまった。

その後になり、医者に思っていたような相手をしてもらえなかった妹は、使用人たちに八つ当たりしていて、それを見かねたニヴェスが付きっきりで相手をすることにした。

だが、感謝の言葉なんて一言もなかった。期待などしていなかったが、実の妹がこんななのかと思うとげんなりしてしまった。


「大体、お姉様が婚約者やその家族にいい格好しようとするから、こうなったのよ」
「……」


妹の愚痴を聞かされることになり、ニヴェスはげんなりしてしまった。

そして、すっかり忘れていたが、世話をするのに学園を休んでいたニヴェスは、自分がやらかしたことをようやく思い出して、具合が悪そうに婚約者に思われてしまったのだ。

どうせなら、ずっと忘れていたかった。なぜ、学園に来てから思い出してしまうんだと頭を抱えたくなってしまったが、ニヴェスはそれもできなかった。

だが、アミールカレはそんな挙動不審気味なニヴェスのことを風邪を引いたのではないかと心配していた。それこそ、自分まで風邪でダウンすると迷惑かけると思って我慢しているのではないかとすら思っていた。

残念ながら、ニヴェスはやらかしたことが気になっているだけで、風邪など引いていない。


「あら、ニヴェス」
「っ、」


声をかけられて、思わず肩をビクつかせてしまった。学園で1番嫌われている令嬢のアダルジーザ・グアルニエルが、そこにいた。


「こんなところにいたのね。探していたのよ」
「な、何で??」
「私、婚約することになったの」
「え?」
「あなたの婚約者と」
「へ?」


ニヴェスは、それを聞いて思わず隣にいるアミールカレを見た。彼は、眉を顰めていた。不機嫌を隠そうともしていない。


「あの、私の婚約者は彼なのだけど」
「は? 何、言ってるの? こんな可愛いらしいのが婚約ですって? そんなので騙されるわけないでしょ」
「……」


みんなに第一印象が可愛いと言われる子息だ。察してほしい。なんで、わざわざ本人に聞こえるようなことをするのか。配慮くらいしてくれてもいいのに。

それよりも、婚約することになったと言うことは、婚約破棄させたのだ。ニヴェスが、指さしたせいで、婚約が台無しになったということだ。

それにニヴェスは、顔色を悪くさせた。

一体、誰の婚約者を奪ったのだろうか。そこが、ニヴェスは気になって仕方がなかった。


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