34 / 53
34
しおりを挟むそんなことがあってから、一希を紹介してくれと千沙都がクラスメイトに言われることはなかった。
そこから、しばらくして千沙都は寧々とある光景を目撃することになった。千沙都は、かなり見慣れた光景でしかなかったが、初めて見た寧々には衝撃的だったのは間違いないだろう。
いや、大概の人がこう思うに違いない。
「……あれ、正気なの?」
「正気も、正気で、超本気。通常運転中」
「嘘でしょ。怖っ」
「……」
(うん。そうだよね。私も、最初の頃は、そう思った。今じゃ、またかって思うだけだもん。私も、大概よね)
寧々と千沙都は一緒に学校帰りに寄り道してから帰宅しようとしていた。その帰りで、一希に遭遇したのだ。
それは、本当に偶然のことだった。彼を見送りながら、ボソッと寧々は千沙都に尋ねたことに即答していた。
千沙都たちは幸せな気分のまま、楽しげにお喋りしながらの帰り道で、一希に会った時にこんな会話がなされたのだ。ほんの数分前のことだ。
「神山と小宮山さんじゃん。今帰り?」
「そう。駅前でクレープを食べて来たとこ。そっちは?」
「犬の散歩」
「……は?」
一希の言葉に寧々が、何を言ってるんだ?と言わんばかりの声を出していたが、彼はそれに全く気づいていなかった。寧々は、それなりに可愛い分類に入る女の子だが、とんでもない顔をして、とんでもない声が出てしまっているのに千沙都は気づきながら、一希を見たままでいた。
「駅前のクレープって、できたばっかのとこだろ? 美味かった?」
「美味しかったよ。今なら、オープン記念で学生手帳見せると割引きくんだよ」
「マジかよ」
「まぁ、その割引も今日までだけど」
「……最悪だな。お前」
「……」
千沙都が一希といつも通りに話している間、寧々は信じられない顔をして、一希の手元を見ていた。
そんなことに気づかずに一希は幼なじみの千沙都に信じられない顔をして眉を顰めつつ、睨んですらいた。割引の情報を聞いたところで、間に合わないことにムカついたようだ。
千沙都としては、今更、周りに格好いいと思われていようとも、幼なじみに睨まれたところで、痛くも痒くも怖いとも思わないから、涼やかな顔をしたままだ。
「まぁ、いいや。次にそういう情報仕入れたら、速攻で教えてくれ」
「そっちが、同じように忘れずにしてくれるなら考えるよ」
「は? してるだろ?」
「どうだろね。色々と忘れてると思うけど」
「は? 何だ。それ、わけわかんねぇー」
「……」
一希は怪訝な顔をして犬の散歩を再開させることにしたようだ。寧々に一希は失礼にも、友達は選んだ方がいいなんて言うのに千沙都は……。
(余計なお世話よ)
そんなことを心の内で思っていたが、声にはしなかった。ひしひしと寧々から、混乱しきっているオーラを感じていた。そして、寧々はわけが分からない顔をしたまま、一希を呆然としたまま、無言で見送っていた。
こうして寧々が、千沙都に確認したところに戻るわけだ。一希はこの日の散歩に愛犬の麻呂サンを連れてはいなかった。
寧々が一希の手元を見ていたのも、真相はこうだ。
「マジでありえない。リードだけ持って、散歩って初めて見たんだけど。というか、怖すぎ。何、あれ!?」
「ね? 特殊でしょ?」
千沙都の言葉にやっと少しずつ落ち着いたようだ。
「そうね。よくわかったわ」
「無類の犬好きなんだけど、あいつの家族、みんなあんな感じだから」
「家族みんな……? あり得ない」
(そうよね。よくわかるわ)
そこまで聞いて一気に寧々の中で、一希のことは冷めたようだ。鳥肌が立ったのか。寧々は腕をさすっていたかと思えば、千沙都を見た。先程まで、恐怖を覚えていた目とは違っていた。
(ちょっと前まで、美味しいもの食べたことを喜んでいたんだけどね。タイミングが、悪すぎたみたいね)
さて、どうしたものかと千沙都が思案していると口を開いたのは、寧々だった。
「隣のクラスに格好いい人いるんだけど、千沙都。知ってる?」
二度と寧々が、一希のことをこの手の話題に引き合いにすることはなかった。
切り替えの速さもあり、千沙都は益々寧々と仲良くなるきっかけにはなったことは確かだ。こんな感じで、一希のことを聞いて来た女子と仲良くなることが多かったりする。
(見た目は格好いい分類には入るんだけど、天然すぎるんだよね)
「あー、隣のクラスの男子は、よくわからないや。……そうだ。女子限定のスイパラの割引券あるんだけど、寧々。甘いもの好きなら、今度そっちに行かない?」
「行く!」
千沙都は、両親と物々交換した割引つきのチラシを見せたら、寧々は目を輝かせてくいついてきた。イケメンの話題よりも、スイパラに夢中になったのは、すぐだった。
12
お気に入りに追加
50
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界転生した先は断罪イベント五秒前!
春風悠里
恋愛
乙女ゲームの世界に転生したと思ったら、まさかの悪役令嬢で断罪イベント直前!
さて、どうやって切り抜けようか?
(全6話で完結)
※一般的なざまぁではありません
※他サイト様にも掲載中
【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました
藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。
次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
【12/29にて公開終了】愛するつもりなぞないんでしょうから
真朱
恋愛
この国の姫は公爵令息と婚約していたが、隣国との和睦のため、一転して隣国の王子の許へ嫁ぐことになった。余計ないざこざを防ぐべく、姫の元婚約者の公爵令息は王命でさくっと婚姻させられることになり、その相手として白羽の矢が立ったのは辺境伯家の二女・ディアナだった。「可憐な姫の後が、脳筋な辺境伯んとこの娘って、公爵令息かわいそうに…。これはあれでしょ?『お前を愛するつもりはない!』ってやつでしょ?」
期待も遠慮も捨ててる新妻ディアナと、好青年の仮面をひっ剥がされていく旦那様ラキルスの、『明日はどっちだ』な夫婦のお話。
※なんちゃって異世界です。なんでもあり、ご都合主義をご容赦ください。
※新婚夫婦のお話ですが色っぽさゼロです。Rは物騒な方です。
※ざまあのお話ではありません。軽い読み物とご理解いただけると幸いです。
※コミカライズにより12/29にて公開を終了させていただきます。
【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました
八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます
修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。
その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。
彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。
ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。
一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。
必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。
なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ──
そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。
これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。
※小説家になろうが先行公開です
[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜
桐生桜月姫
恋愛
シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。
だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎
本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎
〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜
夕方6時に毎日予約更新です。
1話あたり超短いです。
毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。
三度の飯より犬好きな悪役令嬢は辺境で犬とスローライフがしたい
平山和人
恋愛
名門貴族であるコーネリア家の一人娘、クロエは容姿端麗、文武両道な才女として名を馳せている。
そんな彼女の秘密は大の犬好き。しかし、コーネリア家の令嬢として相応しい人物になるべく、その事は周囲には秘密にしている。
そんなある日、クロエに第一王子ラインハルトとの婚約話が持ち上がる。王子と婚約してしまったら犬と遊ぶ時間が無くなってしまう。
そう危惧したクロエはなんとしても婚約を破棄し、今まで通り犬を飼える立場になろうと企む。
お隣さんはヤのつくご職業
古亜
恋愛
佐伯梓は、日々平穏に過ごしてきたOL。
残業から帰り夜食のカップ麺を食べていたら、突然壁に穴が空いた。
元々薄い壁だと思ってたけど、まさか人が飛んでくるなんて……ん?そもそも人が飛んでくるっておかしくない?それにお隣さんの顔、初めて見ましたがだいぶ強面でいらっしゃいますね。
……え、ちゃんとしたもん食え?
ちょ、冷蔵庫漁らないでくださいっ!!
ちょっとアホな社畜OLがヤクザさんとご飯を食べるラブコメ
建築基準法と物理法則なんて知りません
登場人物や団体の名称や設定は作者が適当に生み出したものであり、現実に類似のものがあったとしても一切関係ありません。
2020/5/26 完結
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる