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そんなことがあってから、一希を紹介してくれと千沙都がクラスメイトに言われることはなかった。

そこから、しばらくして千沙都は寧々とある光景を目撃することになった。千沙都は、かなり見慣れた光景でしかなかったが、初めて見た寧々には衝撃的だったのは間違いないだろう。

いや、大概の人がこう思うに違いない。


「……あれ、正気なの?」
「正気も、正気で、超本気。通常運転中」
「嘘でしょ。怖っ」
「……」


(うん。そうだよね。私も、最初の頃は、そう思った。今じゃ、またかって思うだけだもん。私も、大概よね)


寧々と千沙都は一緒に学校帰りに寄り道してから帰宅しようとしていた。その帰りで、一希に遭遇したのだ。

それは、本当に偶然のことだった。彼を見送りながら、ボソッと寧々は千沙都に尋ねたことに即答していた。

千沙都たちは幸せな気分のまま、楽しげにお喋りしながらの帰り道で、一希に会った時にこんな会話がなされたのだ。ほんの数分前のことだ。


「神山と小宮山さんじゃん。今帰り?」
「そう。駅前でクレープを食べて来たとこ。そっちは?」
「犬の散歩」
「……は?」


一希の言葉に寧々が、何を言ってるんだ?と言わんばかりの声を出していたが、彼はそれに全く気づいていなかった。寧々は、それなりに可愛い分類に入る女の子だが、とんでもない顔をして、とんでもない声が出てしまっているのに千沙都は気づきながら、一希を見たままでいた。


「駅前のクレープって、できたばっかのとこだろ? 美味かった?」
「美味しかったよ。今なら、オープン記念で学生手帳見せると割引きくんだよ」
「マジかよ」
「まぁ、その割引も今日までだけど」
「……最悪だな。お前」
「……」


千沙都が一希といつも通りに話している間、寧々は信じられない顔をして、一希の手元を見ていた。

そんなことに気づかずに一希は幼なじみの千沙都に信じられない顔をして眉を顰めつつ、睨んですらいた。割引の情報を聞いたところで、間に合わないことにムカついたようだ。

千沙都としては、今更、周りに格好いいと思われていようとも、幼なじみに睨まれたところで、痛くも痒くも怖いとも思わないから、涼やかな顔をしたままだ。


「まぁ、いいや。次にそういう情報仕入れたら、速攻で教えてくれ」
「そっちが、同じように忘れずにしてくれるなら考えるよ」
「は? してるだろ?」
「どうだろね。色々と忘れてると思うけど」
「は? 何だ。それ、わけわかんねぇー」
「……」


一希は怪訝な顔をして犬の散歩を再開させることにしたようだ。寧々に一希は失礼にも、友達は選んだ方がいいなんて言うのに千沙都は……。


(余計なお世話よ)


そんなことを心の内で思っていたが、声にはしなかった。ひしひしと寧々から、混乱しきっているオーラを感じていた。そして、寧々はわけが分からない顔をしたまま、一希を呆然としたまま、無言で見送っていた。

こうして寧々が、千沙都に確認したところに戻るわけだ。一希はこの日の散歩に愛犬の麻呂サンを連れてはいなかった。

寧々が一希の手元を見ていたのも、真相はこうだ。


「マジでありえない。リードだけ持って、散歩って初めて見たんだけど。というか、怖すぎ。何、あれ!?」
「ね? 特殊でしょ?」


千沙都の言葉にやっと少しずつ落ち着いたようだ。


「そうね。よくわかったわ」
「無類の犬好きなんだけど、あいつの家族、みんなあんな感じだから」
「家族みんな……? あり得ない」


(そうよね。よくわかるわ)


そこまで聞いて一気に寧々の中で、一希のことは冷めたようだ。鳥肌が立ったのか。寧々は腕をさすっていたかと思えば、千沙都を見た。先程まで、恐怖を覚えていた目とは違っていた。


(ちょっと前まで、美味しいもの食べたことを喜んでいたんだけどね。タイミングが、悪すぎたみたいね)


さて、どうしたものかと千沙都が思案していると口を開いたのは、寧々だった。


「隣のクラスに格好いい人いるんだけど、千沙都。知ってる?」


二度と寧々が、一希のことをこの手の話題に引き合いにすることはなかった。

切り替えの速さもあり、千沙都は益々寧々と仲良くなるきっかけにはなったことは確かだ。こんな感じで、一希のことを聞いて来た女子と仲良くなることが多かったりする。


(見た目は格好いい分類には入るんだけど、天然すぎるんだよね)


「あー、隣のクラスの男子は、よくわからないや。……そうだ。女子限定のスイパラの割引券あるんだけど、寧々。甘いもの好きなら、今度そっちに行かない?」
「行く!」


千沙都は、両親と物々交換した割引つきのチラシを見せたら、寧々は目を輝かせてくいついてきた。イケメンの話題よりも、スイパラに夢中になったのは、すぐだった。


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