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最終章

前編

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こうして、りらはアルテアに助けられて、父のいる世界にたどり着くことができた。とても不思議で奇妙なことだが、それが真実だった。

それについて、あれこれ考えていた。


(あの空間が歪み始めていたからなのか。アルテアという名前を与えられることになって、数年前からこの世界にいる。もし、アルテアのようなことが、元いた世界でもできたら……?)


りらは、それができたら、今の自分が消えてなくなることになろうとも、それが叶ってほしいと思った。思わずにいられなかった。

アルテアが、りらのせいで消えたのではなくて、もっと前の過去に戻れていたら……。


(……そんなことを考えてしまうなんて、私はどうかしてしまったのかもしれない。でも、今のこの状況でやり直したいことがたくさんあるせいね。そう、ありすぎるのよ。ここを変えるためにも、より良い方向に変えるためにも、そうできたら……)


思い出した自分の過去をやり直したいと思うより、クリティアスの幼い頃に彼の兄でなくて、彼に会っていたら、変わっていたはずなのだ。それだけはよくわかった。


(そう、アルテアという名を与えられた彼女が、消えずに戻れていたら……。ここも、こんな風にはなっていなかった。彼女がキーなのよ。私じゃない。必要なのは、彼女)


りらは、自分の中で少しずつ、過去にあったことが塗り替えられていくのに不安を感じることはなかった。

ただ、日毎に過去の自分が幸せだったと思うことが嬉しくて仕方がなかった。思い返した過去が、塗り替わっていくのを怖いと思うより、それで未来が変わることが嬉しくなり始めていた。

それに慌てふためいたのは……。


「っ、どうなっているんだ?!」


父との食事のみならず、りらが王女として務めを果たしていた時のことだ。父だけでなくて、ミハイルや他の貴族たちも、ようやく狼狽え始めていたが、りらはいつもと変わることはなく、そこにいた。

父である王は、驚愕した顔をして、娘である王女を見た。そんな顔を初めて見た気がするが、残念な姿を見るのは初めてではなかった。


「りら……? これは、お前がしていることか?」
「おかしなことをおっしゃるんですね。私は、こうして、あなたの側にいるのに。私に何ができるとおっしゃるの?」
「っ、」


そう、どこにも行かせないようにりらを王都にいさせ続けているのは、父や貴族たちだというのに。どこにも行けないりらを疑うのだ。彼らにとって何かするのは、いや、彼らではなく、父にとってりらはそういう娘だと思われているのは明らかだった。


「っ、お前にしかできないはずだ。こんな、こんなこと、あってはならないことだ! 何を考えているんだ!!」


怒鳴り散らす父をりらは、冷めた目で見つめ返した。その目は、目の前の男に失望しきった目をしていた。もはや、父を見る目をしていなかった。父にだけではない。都合よく使おうとしていた者たちが慌てふためくのを目の当たりにして、りらは冷めきっていた。


「……あってはならないことは、あなたが私をどう扱っていいかわからずに放置したことよ」
「それは、謝ったはずだ。それにあぁするしかなかったんだ。王族は、しきたりを蔑ろにはできない」


聞き飽きたことを父は繰り返した。りらは、それにいつも言い返すことはしなかったが、初めてこう言った。


「なら、その後は? あなたは、私が死んだと思って道を塞いだ。あれは、私の死を嘆き悲しんだからではないのでしょう?」
「な、何を言っている?! 嘆き悲しんで愚かなことをしたと謝罪したはずだ!」


謝罪したと言っているが、心からの謝罪ではなかった。それを謝ったのだから、許せとばかりに父親に全く娘の気持ちなど理解していないことはよくわかった。


「……私が、完全に死んでいたら、あんなことしなかったはずよ。私にここにたどり着いてほしくはなかったのは、あなただもの」
「っ、」


りらは、思い出を掘り返して気づいてしまった。あの母の娘だ。そんな娘が、自分の娘で王女となって迎え入れることに難色を示して、しきたりうんねんを持ち出して、頑なに会おうとしなかったのも、この世界に元々呼ぶ気がなかったからだ。

名前を呼ぶことも、顔を合わせることもしなかったのも、しきたりを利用してよい父親のふりをしただけだ。

それが、この世界にたどり着いてしまい、その上で自分を凌駕する存在だとわかって、煙たがっているのだ。それが、この世界の王だなんて笑えてくる。


(必死に私に世話役をつけようとしているのも、ミハイルのように使えない世話役にさせて、見ていないところで死ぬことになることをさせたいから。でも、もう、その手は通じないわ。私は、知ってしまっているのよ。同じ目にあうのを受け入れるわけないでしょ。もう、そんなことしたりしない)


目の前にいる男にもはや何の未練もない。


「大丈夫。私は、もう、あなたを父と思っていないから」
「っ、」


りらは、にっこりと微笑んだ。

そして、過去が変わり始めたせいで、ここが様変わりしていくのに狼狽え覚える周りは逃げ惑っていた。異変に気づいてりらの近くに来ようとしているクリティアスとフィロンを見た。


「りら様!!」
「こちらに、早くお逃げください!」
「クリティアス。ありがとう」


りらはクリティアスに微笑んで、そう言った。


「っ、それは、何の礼だ?」
「すぐにわかるわ。逃げ隠れすることない。これは、過去が変わった代償よ。でも、あなたたちは消えたりしない。私が、守りたい人たちは消えてなくなったりしない。より良い世界に変わるだけよ」


その言葉にクリティアスは、眉を顰めた。フィロンは、何とも言えない顔をした。この感覚に覚えがあるのは、彼とりらだ。


「お前は、また、やるのか?」
「そう、またやるの。でも、あなたの会いたい人は、そこにいるはずよ」
「っ、待て。そんなことしたら、お前が……」
「私は、もう十分よ。会いたかった父に会えた。……思っていたのと全然、違っていたけど。会えた。だから、もう、十分」


最後に見たのは、必死に手を伸ばすクリティアスに微笑む
りらと泣きそうになるクリティアスが最後まで残っていた。

そして、どちらも跡形もなく消えた。


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