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第4章

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ミハイルも、りらの住んでいる方面のことをほとんど知らないようで、どちらも相手の話を聞いて不思議に思うことは、一度や二度ではなかった。

何度目のことか。覚えていないが、ミハイルにこんなことを言ったことを聞いたことがあった。


「ねぇ、ミハイル」
「何でしょう?」
「あなたが、いつも運転してくれるけど、他の人は運転できないの? 運転してくれる人に私が話しかけなければ、怒られたりしないのでしょう?」


ミハイルは、りらの言葉に苦笑していた。


「できなくはありませんが、ルールを守れる者は少ないかと」
「ルール?」
「ここのルールは、何かと難しいことが多いので。それなのにあなたを乗せて運転していると思ったら、緊張してしまうものです」
「そうなの。……私もルールが、時折よくわからなくなるわ」
「よくご存知ではありませんか?」
「一緒にいる人たちが、ルールを決めるのよ。私は、そのルールの中に閉じ込められる」


そんなような話をしたことがあった。

りらは、ミハイルたちとは住む世界が違うようなことを聞いても、よくわからなかったが追求することはなかった。

父の娘であるりらが、とても重要で微妙なところにいるのは何となくわかったが、大学生となったりらにもわからないことだらけだった。

昔、ふと気になって聞いたことがあった。その答えにりらは目を丸くして、くすくすっと笑ったことがあった。


「ミハイルにとっては、退屈な仕事でしょうね。私のようなのの子守りなんて」
「まさか。りら様の送迎から、身の回りのお世話は私の役目ですが、こんな名誉なことはありません。あなたを守ると誓っている者はたくさん居ますが、影ながらではなく、会話をすることも許されている。退屈な仕事なわけがありません。あなたは、あの方の心臓。あの方に生きていてもらわなければ、我々は生きることすら難しくなる」


ミハイルが、そう言ったことの半分もりらはわからなかったが、それでも父にとってとても大事な存在だと言われているのはわかった。


(何で忘れていたんだろう。でも、身の回りの世話って、言い過ぎよね。それに丁寧なことを言って、世話をしてくれていたけど、対面している時だけって感じがする。だって、今も、側にいないし。誰かが死んだ時も、すぐに駆けつけてくれたわけでもないし)


そんなことをりらは思い出して、ミハイルのことに疑問が生まれ始めていた。

でも、あの頃のりらは、言葉通りに捉えていた。


「……そう。なら、私は、滅多なことでは怪我もできないわね」
「そうなりますね。気をつけてください」
「わかったわ。私も、痛い思いなんてしたくないもの」


りらは、モヤがかかっていた記憶が鮮明になり、思い出すことが難なくできるようになっていた。


(そう、私は怪我一つしてはならない。そんなことをしたら、そんなことが父さんに知られたら……)


父の心臓が比喩ではなかったとしたら……?

それはありえないと思いたかったが、あり得たようだ。


「なんだ?」
「っ、」


りらは、運転手が焦る声に意識を車の中から見える景色に向けた。


「おい、ちゃんと行き先のことを考えろ!」
「無理よ。戻らなきゃ。どう合ってもたどり着けない」


外は、絵の具をぐちゃぐちゃにしたようなものに変化していた。りらが見ている車窓からの景色だけではなくて、車が道を進んでいるのか。道が車を進ませているのか。わからなくなっていたが、今はりらが何を考えようとも酷くなる一方となっていた。


「は? 戻る? あんたが、戻れるわけがない」
「何でよ?」
「あんたは、死んでるんだ。人間の世界に戻っても、存在できない」
「え……?」


りらは頭の中が真っ白になった。運転手の口調が雑になっていたが、それに構っていられなかった。聞き捨てならない単語のせいだ。


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