与えてもらった名前を名乗ることで未来が大きく変わるとしても、私は自分で名前も運命も選びたい

珠宮さくら

文字の大きさ
上 下
102 / 111
第4章

37

しおりを挟む

ミハイルが、万が一の時の話をしてくれていた。


(聞いたはずなのに。思い出せない。こんなこと今までなかった。何がどうなっているの?)


りらは、こんなことにどうしてなっているのかがわからなかった。ミハイルの運転する車以外に何の疑問も抱かずに乗り込んでいた自分が、一番わけがわからなくなっていた。


「彼は忙しいので、私が案内いたします。安心してください。あなたが、行き先をきちんと思い出せば、お父上のところに行くのに迷うことはありません。少し混乱していても、落ち着くはずです。あなたは、唯一の娘なのですから」
「っ、」


つまり、この運転手はりらに父のところまで案内させる気なのだ。

だが、そんなこと一度もしたことはない。いつも、ミハイルがしていた。父のところまで、直接行くことのできないりらをその近くまで連れて行く役目を彼がしていた。

あの家までは車で、降りてからはいてもいい部屋まで。


(思い出さなきゃ。ちゃんと思い出せば、行き先はその答えの先にある。あの家までなら、何度も行った。私でも、そこまでなら迷わず行けるはず)


父のところに行く自信など全くなくとも、家までならば大丈夫だとりらは必死に思おうとした。


「抵抗しない方がいいですよ。お父上に会いたいでしょう?」
「……」


りらは、その言葉にイラッとしたが、一番あやふやなところを思い出そうとした。あの家のことではない。記憶の中であやふやになっているところをそのままにしていられなかった。それが、カギだと思っていた。

道を指し示すためには、己を知らなくてはならない。でも、りらは己を知るためにも、これまで生きて来た人生が重要だと思った。


(一番新しいはずなのに母のことになるとモヤがかかったみたいになる。そんなにショックだったの? 母は、死んだのよね……?)


りらは、そんなことを思ってしまった。これまで以上に必死になって思い出そうとした。そうでなければ、大変なことになる気がしたからだ。

でも、運転手はりらが必死になっている理由をまだよくわかっていなかった。いや、わかっていたら運転手なんてしていなかったはずだ。

そんなことをする前に車を止めろと言えば済むかと言えば、そんなことで終わることではなかった。普通の道路を走行しているわけではないのだ。どこを走行しているかと言われるとりらは、答えられないが普通のところを通ってはいないのは確かだ。

それが何を意味するかをりらは深く考えるよりも、この状況の方が問題だった。

いつも、りらが父のところに。いや、父の家に行く時は、ミハイルが運転してくれていた。運転だけではない。あの家の中を案内してくれるのも、りらの言葉に受け答えしてくれるのも、全て彼がしてくれた。あの家で父に仕えている人は、りらと会話することができないせいで、普段の生活との差に慣れるのも大変だった。

つい、りらがミハイル以外に話しかけてしまうせいで、ミハイル以外は見えないところにいるようになってしまったのも、そのせいだ。それでも、りらが叱られることはなかった。叱られる以上の目に合うのは、話しかけられた方の面々だ。

だからといって、りらを責め立てることもできないのだ。


「りら様。物珍しいのはよくわかりますが、あの者たちが咎められることになるので、話しかけるのは、お気をつけください」
「どうして?」
「あなたに話しかけられたのを無視しても、それにきちんと答えても、駄目なんです。あなたに話しかける許可を与えられているのは、私だけなんです」
「許可……?」


りらは、自分のしたことで怒られたり、罰を受けると知って悲しげにした。そんなことを知らなかったのだ。

それこそ、知らずにしたのにそれでも咎められることにりらは眉を顰めたくなったが、そういうものではないらしい。


「ごめんなさい」
「いえ、私がきちんとご説明しなかったせいです」


彼はいつも、りらが悪くとも怒ることはなかった。まぁ、この場合、それならばなぜりらの側をうろちょろして、話しかけられることをしたのかと言う疑問がなかったわけではないが。


(物珍しく見えたのは、お互い様っぽかったのよね)


そんなことがあってから、母がいない時は車の中でも彼と話をするようになった。りらの知る普通とは違いすぎるのだ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

「無加護」で孤児な私は追い出されたのでのんびりスローライフ生活!…のはずが精霊王に甘く溺愛されてます!?

白井
恋愛
誰もが精霊の加護を受ける国で、リリアは何の精霊の加護も持たない『無加護』として生まれる。 「魂の罪人め、呪われた悪魔め!」 精霊に嫌われ、人に石を投げられ泥まみれ孤児院ではこき使われてきた。 それでも生きるしかないリリアは決心する。 誰にも迷惑をかけないように、森でスローライフをしよう! それなのに―…… 「麗しき私の乙女よ」 すっごい美形…。えっ精霊王!? どうして無加護の私が精霊王に溺愛されてるの!? 森で出会った精霊王に愛され、リリアの運命は変わっていく。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

勇者パーティを追放された聖女ですが、やっと解放されてむしろ感謝します。なのにパーティの人たちが続々と私に助けを求めてくる件。

八木愛里
ファンタジー
聖女のロザリーは戦闘中でも回復魔法が使用できるが、勇者が見目麗しいソニアを新しい聖女として迎え入れた。ソニアからの入れ知恵で、勇者パーティから『役立たず』と侮辱されて、ついに追放されてしまう。 パーティの人間関係に疲れたロザリーは、ソロ冒険者になることを決意。 攻撃魔法の魔道具を求めて魔道具屋に行ったら、店主から才能を認められる。 ロザリーの実力を知らず愚かにも追放した勇者一行は、これまで攻略できたはずの中級のダンジョンでさえ失敗を繰り返し、仲間割れし破滅へ向かっていく。 一方ロザリーは上級の魔物討伐に成功したり、大魔法使いさまと協力して王女を襲ってきた魔獣を倒したり、国の英雄と呼ばれる存在になっていく。 これは真の実力者であるロザリーが、ソロ冒険者としての地位を確立していきながら、残念ながら追いかけてきた魔法使いや女剣士を「虫が良すぎるわ!」と追っ払い、入り浸っている魔道具屋の店主が実は憧れの大魔法使いさまだが、どうしても本人が気づかない話。 ※11話以降から勇者パーティの没落シーンがあります。 ※40話に鬱展開あり。苦手な方は読み飛ばし推奨します。 ※表紙はAIイラストを使用。

恋人、はじめました。

桜庭かなめ
恋愛
 紙透明斗のクラスには、青山氷織という女子生徒がいる。才色兼備な氷織は男子中心にたくさん告白されているが、全て断っている。クールで笑顔を全然見せないことや銀髪であること。「氷織」という名前から『絶対零嬢』と呼ぶ人も。  明斗は半年ほど前に一目惚れしてから、氷織に恋心を抱き続けている。しかし、フラれるかもしれないと恐れ、告白できずにいた。  ある春の日の放課後。ゴミを散らしてしまう氷織を見つけ、明斗は彼女のことを助ける。その際、明斗は勇気を出して氷織に告白する。 「これまでの告白とは違い、胸がほんのり温かくなりました。好意からかは分かりませんが。断る気にはなれません」 「……それなら、俺とお試しで付き合ってみるのはどうだろう?」  明斗からのそんな提案を氷織が受け入れ、2人のお試しの恋人関係が始まった。  一緒にお昼ご飯を食べたり、放課後デートしたり、氷織が明斗のバイト先に来たり、お互いの家に行ったり。そんな日々を重ねるうちに、距離が縮み、氷織の表情も少しずつ豊かになっていく。告白、そして、お試しの恋人関係から始まる甘くて爽やかな学園青春ラブコメディ!  ※特別編8が完結しました!(2024.7.19)  ※小説家になろう(N6867GW)、カクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録、感想などお待ちしています。

叶えられた前世の願い

レクフル
ファンタジー
 「私が貴女を愛することはない」初めて会った日にリュシアンにそう告げられたシオン。生まれる前からの婚約者であるリュシアンは、前世で支え合うようにして共に生きた人だった。しかしシオンは悪女と名高く、しかもリュシアンが憎む相手の娘として生まれ変わってしまったのだ。想う人を守る為に強くなったリュシアン。想う人を守る為に自らが代わりとなる事を望んだシオン。前世の願いは叶ったのに、思うようにいかない二人の想いはーーー

豊穣の巫女から追放されたただの村娘。しかし彼女の正体が予想外のものだったため、村は彼女が知らないうちに崩壊する。

下菊みこと
ファンタジー
豊穣の巫女に追い出された少女のお話。 豊穣の巫女に追い出された村娘、アンナ。彼女は村人達の善意で生かされていた孤児だったため、むしろお礼を言って笑顔で村を離れた。その感謝は本物だった。なにも持たない彼女は、果たしてどこに向かうのか…。 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...