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第4章
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しおりを挟むミハイルが、万が一の時の話をしてくれていた。
(聞いたはずなのに。思い出せない。こんなこと今までなかった。何がどうなっているの?)
りらは、こんなことにどうしてなっているのかがわからなかった。ミハイルの運転する車以外に何の疑問も抱かずに乗り込んでいた自分が、一番わけがわからなくなっていた。
「彼は忙しいので、私が案内いたします。安心してください。あなたが、行き先をきちんと思い出せば、お父上のところに行くのに迷うことはありません。少し混乱していても、落ち着くはずです。あなたは、唯一の娘なのですから」
「っ、」
つまり、この運転手はりらに父のところまで案内させる気なのだ。
だが、そんなこと一度もしたことはない。いつも、ミハイルがしていた。父のところまで、直接行くことのできないりらをその近くまで連れて行く役目を彼がしていた。
あの家までは車で、降りてからはいてもいい部屋まで。
(思い出さなきゃ。ちゃんと思い出せば、行き先はその答えの先にある。あの家までなら、何度も行った。私でも、そこまでなら迷わず行けるはず)
父のところに行く自信など全くなくとも、家までならば大丈夫だとりらは必死に思おうとした。
「抵抗しない方がいいですよ。お父上に会いたいでしょう?」
「……」
りらは、その言葉にイラッとしたが、一番あやふやなところを思い出そうとした。あの家のことではない。記憶の中であやふやになっているところをそのままにしていられなかった。それが、カギだと思っていた。
道を指し示すためには、己を知らなくてはならない。でも、りらは己を知るためにも、これまで生きて来た人生が重要だと思った。
(一番新しいはずなのに母のことになるとモヤがかかったみたいになる。そんなにショックだったの? 母は、死んだのよね……?)
りらは、そんなことを思ってしまった。これまで以上に必死になって思い出そうとした。そうでなければ、大変なことになる気がしたからだ。
でも、運転手はりらが必死になっている理由をまだよくわかっていなかった。いや、わかっていたら運転手なんてしていなかったはずだ。
そんなことをする前に車を止めろと言えば済むかと言えば、そんなことで終わることではなかった。普通の道路を走行しているわけではないのだ。どこを走行しているかと言われるとりらは、答えられないが普通のところを通ってはいないのは確かだ。
それが何を意味するかをりらは深く考えるよりも、この状況の方が問題だった。
いつも、りらが父のところに。いや、父の家に行く時は、ミハイルが運転してくれていた。運転だけではない。あの家の中を案内してくれるのも、りらの言葉に受け答えしてくれるのも、全て彼がしてくれた。あの家で父に仕えている人は、りらと会話することができないせいで、普段の生活との差に慣れるのも大変だった。
つい、りらがミハイル以外に話しかけてしまうせいで、ミハイル以外は見えないところにいるようになってしまったのも、そのせいだ。それでも、りらが叱られることはなかった。叱られる以上の目に合うのは、話しかけられた方の面々だ。
だからといって、りらを責め立てることもできないのだ。
「りら様。物珍しいのはよくわかりますが、あの者たちが咎められることになるので、話しかけるのは、お気をつけください」
「どうして?」
「あなたに話しかけられたのを無視しても、それにきちんと答えても、駄目なんです。あなたに話しかける許可を与えられているのは、私だけなんです」
「許可……?」
りらは、自分のしたことで怒られたり、罰を受けると知って悲しげにした。そんなことを知らなかったのだ。
それこそ、知らずにしたのにそれでも咎められることにりらは眉を顰めたくなったが、そういうものではないらしい。
「ごめんなさい」
「いえ、私がきちんとご説明しなかったせいです」
彼はいつも、りらが悪くとも怒ることはなかった。まぁ、この場合、それならばなぜりらの側をうろちょろして、話しかけられることをしたのかと言う疑問がなかったわけではないが。
(物珍しく見えたのは、お互い様っぽかったのよね)
そんなことがあってから、母がいない時は車の中でも彼と話をするようになった。りらの知る普通とは違いすぎるのだ。
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