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第4章

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(今、何時だろ?)


ふと、ぼんやりとこれまでのことを思い出していたりらは、そこで初めて時間が気になった。


(あれ? 時計をしてない。忘れちゃったのかな。確か、鞄にスマホが……。あれ? スマホもない。それどころか。鞄の中身が入ってない。泊まりに行くのに荷物も、ない……?)


そこで、りらは気持ち悪さと頭痛が増した気がする。


(そういえば、移動手段なんて私は考えたことなかったはず。何で、自力で行こうとしたんだっけ? ……そうだ。電話して来た人が、いつもの人じゃなかったから、迎えは難しいと思って……。あの人以外が、私に話しかけて来ることなんてなかったはず。それは……、許可されていないから。そう! 許可なく、私に話しかけてはなられない。そう、決められているから、話しかけるにも段取りがあったはず)


りらは、そこまで思い出して目に輝きが増した。顔色も、一気に良くなった。吸う空気は変わってはいないはずなのに酸素濃度が変わったようにすら思えた。やっと、まともに呼吸ができるようになった気すらした。

そんなことを思って、喜びにうち震えていると声をかけられた。


「りら様、落ち着いてください」
「っ、?!」


ふと、声をかけられて、りらは肩をビクつかせた。誰かいるとは思わなかったのだ。いや、運転してくれている人がいるのだ。車の中にいないわけがないのだが、その声が聞き覚えのある慣れ親しんだ声ではなかったことに驚いてしまっていた。

りらは、慌てて車の中を見て運転席をちゃんと見た。


(この人、誰? いつもの運転手じゃない。こんな人、私は知らない。知らない人の車に私は、どうして乗っているの?!)


りらは、初めて運転している人を見た。初めてなわけがないのだが、感覚的には初めて認識したようなものだ。そこにいるべき人がいつもの人とは違うことを知って、パニックを起こしそうになった。


「安心してください。お父上には会えますよ」
「……なぜ、そこで父が出て来るの?」


(父に会える……? 私の目的が父と会うことだと思っているってこと??)


りらは、父に会いに行っているつもりはなかった。そうではない。父の住んでいる家に向かっているだけだ。

でも、運転手は、大学に突然現れたあの女性のように小馬鹿にしたようにりらに話しかけていないこともあるのか。様付けで丁寧に話しかけられているせいか。彼女のような怒りを感じることはなかった。

ただ、なぜ、この車を運転しているのかが気になっているのと、その車に気づかずに乗っている自分がいることに首を傾げたくなった。


(どうして、知らない人の車に乗っているの? 乗った記憶がない。自力で乗ったはずよね……?)


それが、不思議でならなかった。運転する車に走行中に乗るなんてできるわけがない。でも、そうしている途中に乗ったきがしてならなかった。


「おかしなことを聞きますね。あの家に行きたがるのは、そういうことでしょう?」
「……」


りらは、先ほどまで父が自分にしてくれていたことを思い出して目を輝かせていたこともあったが、それも一瞬のことだった。思い返せば、思い返すほどにしてくれていた以上にしてくれていないことの方が奇妙でならなかった。


(母と一緒でなくなった時に隣が、父の部屋だと思っていた。でも、物音一つしなかった。本当にいたのかも、隣の部屋が父の書斎だったのかもわからない。あんな奇妙な家だもの。そう見せるのは、簡単なはず。それでも、父は私に話しかけてもくれなかった)


それなのにあの家に行こうとしているのは、父に会うためではい。それをこの運転手は知らないのだ。

これまで、りらがどうやって過ごしてきたのかを何も知らないから、そんなことが言えるのだ。

りらは気持ち悪さと不快さと自分が行こうとしているところではないところにたどり着きそうなことになっていることにようやく気づいた。

ドクンとりらの心臓が跳ねると同時にようやく息ができたはずが、再びぐちゃぐちゃの思考とまとまりきらない感覚が蘇りそうになった。

ほんの少し前まで、りらはやっとしっかり地に足がついたかのような感覚がしたはずなのに再び、迷子になったかのような不安に苛まれることになってしまった。


「彼は、……ミハイルは、どこなの?」
「ようやく世話役を思い出しましたか? 薄情な方だと思っていましたが、名を思い出せたんですね」
「答えなさい。ミハイルは、どこなの?!」


運転手は、世話役と呼んだ。その通りだとりらも思った。彼は、りらが直接父と話せない代わりに入ってくれている唯一の人だった。

父がりらに話しかけることを許した唯一の人物だ。それ以外に父は、りらに話しかけることを許すことをしなかった。それが、娘の安全に繋がるとして、ミハイルが話せるところまでを話してくれていた。

りらをあそこまで案内して、部屋まで案内するのも彼の役目だ。だから、運転手もいつも彼がしていた。なのに彼ではない人が運転していることにようやく違和感を持つことができた。


(こんなこと一度もなかった。どうして、こうなっているの? 理由があるはず。思い出さなきゃ)


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