与えてもらった名前を名乗ることで未来が大きく変わるとしても、私は自分で名前も運命も選びたい

珠宮さくら

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第4章

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祖父母の時は父が葬儀に来ないと思っていたが、母の葬儀には来るのではないかとほんの少しだけ淡い期待をしていた。母の顔を見にではなくて、1人残された娘の顔を見に来るのではと思ったが、結局のところ父が現れることはなかった。

いや、来ていたとしても、りらは父の姿がわからなかったが、来たならりらに声かけてくれていたはずだが、それはなかった。だから、来てはいなかったのだろう。


(やっぱり、来ないか。私に直接、連絡を寄越したことがないくらいだし、あの家から出て来るわけがない。できたら、葬儀に関係なく、もっと前に私のところに来てくれたはずだもの。ううん。来てくれても罰はあたらないはずだけど、決して来てはくれないのよね。あの家からは、出て来てくれない。引き継いだものを守るのが仕事だから)


祖父母が亡くなっても、母が亡くなった時も、父に連絡してはみたが、どちらの時も葬儀にも来なかった。

父が来なくとも、あの家にいる誰かが代わりに来るのではないかと思ったが、それすらなかった。

確かに連絡したはずだが、りらは奇妙な感覚がして、そこだけ曖昧になっていた。


(そもそも、代わりって……? そんなの居たっけ?? あれ? そもそも、連絡したんだっけ? 元々、知ってたんだっけ? ……おかしいな。つい最近のことで、父の家であったことではないから、忘れるなんてことないはずなのに。思い出せない)


りらは記憶があやふやというか。ぐちゃぐちゃになっていて首を傾げたくなったが、そんなことを考えていたこともすぐに忘れた。

そんなりらに母の葬儀が終わって、ゴタゴタが終わった辺りになって、父のことで連絡してくるのは、決まった人だったはずだが、それすら同じ人と連絡できたのかすら思い出せなかった。こんな人だと思っても、砂に描いた絵のようにサラサラと風に吹かれて消えてしまう。そんな感じで、顔立ちも、声音も、何もかもが、ぐちゃぐちゃになっていた。


(そういえば、名前は何だったっけ?)


小学生の頃から、あの家で宿題の話やら他の話やらをしていた。その前から、案内役もしてくれていた。なのに名前が思い出せないことに気づいたりらは、祖父母のことがあって1人暮らしを始めてから、あの家に月に一度行くのもしなくなっていた。数ヶ月に一回だったのが、大学受験で忙しいとここ1年は、あそこには行っていなかったはずだ。

久々のせいか。りらは、おかしな気持ちになっていた。いや、ずっとおかしなことになっているのだが、それすら覚えていられなかった。


(あちらが、私のことを覚えてくれてるはず。あちらが忘れてなければ、何とかなる)


りらは、誰かの悪口や怒鳴り散らすことしかしない人たちより、彼のことを気に入っていた。聞いたことに全て答えてくれなくとも、それが彼らの仕事でしかなくとも、りらは構わなかった。

彼だけではない。あの家にいる者たちをりらは、とても気に入っていた。それだけは、覚えている。どんな人たちなのかが思い出せなくとも、父が側にいさせるだけはある人たちだったはずだ。

そして、母たちと過ごすこちら側よりも、りらにとってはうんと身近な感覚が強かった。母たちの普通とりらの普通ではかなりの落差があるのも、その血のせいだということも知らず、自分が何者なのかを知らされていなくとも、そんな風に感じていた。


(早く会いたいな)


あの家に近づいているせいか。記憶があやふやになっていたところが、少しずつ思い出されて行く感覚にりらは、居るべき場所に自分が戻って来ている気がするのと同時に今まであの家に行くのに感じたことのない不安を感じずにはいられなかった。


(不思議な感覚。前まで、こんな感じだったっけ? あの家に向かってるはずなのに。遠退いているような、近づいても跳ね返されているような……。何と言うか。家でなくて、父さんの部屋に直接、向かっているような感じ。私、とても大事なことを忘れてはいけないことを忘れてる気がする)


りらは、そんなことを不意に思った。感覚が研ぎ澄まされていって自分らしくいられるところに行こうとしているのをりらよりも、りらの血肉が喜んでいるようでもあった。

それこそ、あの家ではなくて、父のいるところが目的地のような気がしていた。そこが、どこのことなのかがりらにはわからないが、りらの居場所は知らないはずのそこしかなくなっている気すらしていた。


(夏休み中だけ、いるつもりだったけど。これは、戻れなくなりそう。……ううん、無事にたどり着けるかも、怪しいな)


父に会えるかも知れないと期待するより、あの家に住むことを喜んでいるような、それでいてあの家に寝泊まりするだけなのに別のところに住むような奇妙な感覚が強くて、それにりらは苦笑したくなった。

なぜ、そんなことを思うのかはわからないが、目的以上のことを目標にしている感覚が強かった。

りら本人よりも、既に答えが出てしまっている感覚にりらは目をパチクリさせた。


(私、どうしたんだろ?)


パニックを起こしているつもりはないが、物凄く変な気分になっていた。浮かれているつもりはないが、浮かれているのかもしれない。


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