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第4章
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しおりを挟むりらとしては母が一緒にいなくとも、父の家に行くのをやめることはなかった。
母がいなければ、父が部屋から出て来てくれるのではないかと淡い期待を持っていた時期もあったが、そんなことはなかった。
(あの部屋の中で、どんな仕事をしてるんだろ?)
それが気になったが、覗くなんてことはしたことがなかった。覗くどころか。あの部屋の前で出待ちするなんてことも考えることはなかった。
母が全力でりらが父のところに行くのを止めなかったのも、養育費が関係していたのかも知れない。そうでなければ、あの母が父のところに行くのを許し続けていたわけがなかったのだが、あの頃は気づかなかった。
(何で、そこに気づかなかったんだろ)
りらは母のように怒鳴り散らすこともせず、案内された部屋にいつものように入って、母が一緒ではなくなって、その部屋まですんなりと着いたことが不思議に思えてならなかった。
(こんなに近かったっけ?? それに家の中も、なんかスッキリして見える。散らかってるわけではないけど、変な感じ)
そんなことを思ったが、母がうろちょろ視界を横切らないせいかもしれない。そんなことを思って深く考えるのをやめた。
母が一緒ではないことをいいことにりらは、それまでと違うことをした。持ってきたものを取り出した。
「それは?」
「宿題」
「……ここで、やるのですか?」
「駄目だった?」
りらは、宿題を広げた時に声をかけられた。声をかけたのが、どんな人だったかを覚えていない。父ではなかったはずだ。でも、男の人だった気がする。
(そう、なんか、人間っぽかったな。……ん? 人間っぽいって、変だな)
その感想も変なのだが、人間っぽくしているように見えたのだ。そこを追求したことはないが。
母と一緒でなくなってから、いや、その前からりらの相手をしてくれていた人だった気がする。何なら案内をしてくれていて、よく笑っていたのが彼だった気がする。
でも、りらは顔が思い出せなかった。話しかけられたのも、その前にもあったはずなのに毎回、初めて話しかけられているような変な気分だった。
きっとそれまで大した会話をしてはいなかったのだろう。
「りら様は、お父様にお会いしたくて来られているのですよね?」
突然、そんなことを聞かれて、りらはぱちくりとしてしまった。
(何を今更、そんなことを聞くんだか)
りらは、自分より年上の男性に何とも言えない顔を向けてしまっていた。普段なら、そんな顔をしないが、ここに母も、祖父母も、あの人たちに何か言う者もいないと思っているせいで、身構えたり、取り繕うなんてことをりらは、この家の中ではしようと思わなかった。
「……そう見える?」
「いえ、あの……」
「逆に聞くけど、父が私に会いたいって言っているの? ただ、ここに来ても構わないって言っているの?」
「それは……」
言い淀むのを見て、りらはため息をつきたくなってしまった。
「父のことを言えないなら、母は何と言って約束させたの?」
「……」
「あなたは、父に仕えているのでしょう? それに答えてくれないってことは、この話をするなって父に言われているからってことになる。それなら、私はここに二度と来ない」
「っ、お答えしたら、ここに来てくださるのですか?」
「……ここに来ることに意味があるのね」
「りら様」
そんなやり取りをしたのは、一度だけだったはずだ。物凄く困った顔をさせてしまった気がする。
(しかも、様付けだった気がする)
でも、そのことについて聞くことはなかった。りらがあの時、話したことは別のことだった。
「わからないところを聞いたら、教えてくれる?」
「え……?」
物凄く驚いた顔をしていた。その顔から察するにりらが、そんなことを言うとは思ってもみなかったのだろう。
答えられそうなことを聞いたのに答えてくれないことにりらは……。
「これも、駄目なの? 宿題なのよ?」
「いえ、あの、私にわかるかどうか……」
「なら、一緒に考えてくれるのは? 宿題の話をあの人たちするだけで自分でやれって怒るだけだから」
「ですが、私のせいで間違えてしまうかもしれません」
「一緒に考えるのにあなただけが間違えてたことになるわけないでしょ」
「……」
そんなこんなで、りらは宿題をやるために通うようになった。
その人は、学校に行ったことはないようだった。それなのに、なぜ父の側にいるのだろうかと思いもしたが、りらはそのことを深く考えることはなかった。
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