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第4章
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しおりを挟む幼い頃のりらは、山奥で暮らしている父のところに行くたび、色んなことで驚いていた。
車で何時間もかかるような不便すぎる山奥に住んでいるはずなのにりらは、父の家でかなり長い時間を過ごしていた気がするのだ。
母の言っているのを聞いていたため、とんでもない荒屋にでも住んでいるのかと思っていたら、見たことないほど豪華な家に父が住んでいることを知って、腰を抜かしそうなほど驚いてしまった。
今も、最初に見た時のことを覚えている。テレビで見たことがあるような立派な大豪邸だった。りらは未だに覚えていて、不思議でならなかった。
どうやって、あんな辺鄙なところにあんなに立派なものを建てたのかと思うほど、凄いものだった。
それと同時にそこに母と通うようになったのだが、それを思い出して、ふと思ったことといえば……。
(あそこから、学校に通うのは大変そうなのは確かだけど。通信教育とかも、探せばいいのがあったのかも。そうなれば、萌音とも会わずに彼女を傷つけることもしなくて済んだのに。……まぁ、そんなことを考えても、今更よね)
あそこから、りらが学校に通うのは大変どころか無理だと思っていた母は、そもそも専業主婦をする気は微塵もなかった。
在宅ワークをして家計を支えるより、外に出て仕事がしたい母は、父に娘のために通いやすいところにみんなで引っ越したいと言っているのを聞いたことがあった。
(そんなはなし、はつみみ。やめてほしいな。さも、わたしのためみたいにいうの。かけらも、わたしをおもってやろうとしていないのに)
りらが一方的に父に怒鳴り散らす母の言葉にそんなことを思ったのは、一度や二度ではなかった。
正直なところ、父がどんな仕事をしているのかをりらは未だによく知らない。知らないが、幼稚園の娘が通いやすいところに引っ越すくらいしても問題ないような仕事をしていると周りに思われていた。りらも、その1人だった。
父は書斎の仕事部屋から、殆ど出ずに仕事をしていた。そういう在宅ワークをしているはずだった。
父は山奥で不便でしかないところで、そこでしか仕事ができないと母に言っていた。
「は? ここでしかできないって、おかしいでしょ? 部屋の中から出て来ないような仕事なら、どこでだってできるはずじゃない!」
「だから、ここでなければできないんだ。父から引き継いだ仕事だと話しただろ?」
「大体、あなた、何の仕事してるのよ!」
「それは、……君に言ってもわからない」
「っ、」
「だから、言っただろ。僕と君とでは、一緒に暮らすのも、生きるのも難しいって」
「それは、あなたがこの家に拘るからでしょ!」
そんなやり取りをりらは黙って聞いていた。いや聞く気はなかったが、りらの耳に聞こえて来た。それが、生まれて初めて聞いた父の声だった。
(これが、おとうさんのこえ。こんなこえしてるんだ)
りらは、そろりと部屋から顔を出して怒鳴り散らす母にバレないようにして父の声をもっと聞こうとした。
「こんなボロ家に住み続けるなんて、意味がわからないわ!!」
(え? ぼろや??)
その言葉にりらは、わけがわからなかった。パチクリと瞬きして、きょろきょろと見た。
(ボロいところなんてないけどな)
母が、ボロ家と言ったことをそれから何年経っても、りらには謎でしかなかった。
りらから見た父の家は、豪華なものだった。なのに母には、今にも壊れそうなボロ家にしか見えていないようだ。母が目が悪いなんてことはなかった。皮肉で、そんなことを言っているわけでもなさそうだ。
だから、案内された部屋に行かずにゆっくりと落ち着こうとせずに愚痴を言いまくった母は、用は済んだとばかりにりらを引っ張って帰ろうとした。
(わたしには、ぼろやにみえない。どうしてなのかな? ここって、そういうところってこと??)
そこがわからなかったが、母にその疑問を尋ねることはしなかった。したら、最後。普通ではないと怒られるのがオチだ。そんなことをしたら、怒鳴られるだけで済まされず、部屋からも出してもらえず、食事もなしになりかねない。
だが、ボロ家と言ったのは母だけではなかった。母方の祖父母も、同じようにボロ家と言っていて、そこがりらには理解不能だった。祖父母も、あの家を見たことがあるようだ。りらが生まれる前に妊娠した母を家に連れて行く時に迎えに行った際に見たようだ。
その時に見えたのは、母と同じか。それ以上に酷いものに見えたようだ。
(あんなすごいのにぼろやにみえるりゆうがわからない。ぼろやっていうのは、おじいちゃんのいえのことだと思うけど)
りらは、そんなことをずっと思っていたが、それを言葉にしたことはない。父のことをよく思っていない人たちだ。そんなことを言えば、りらも父と同じように怒鳴り散らされて、自由なんてなかっただろう。
もっとも、自由なんて思っているよりなかったかも知れない。りらは、父と暮らしていた方が苦労を知ることなく、誰かに似ていると思われて、それをひた隠しにして気をつけることなく、自分らしくのびのびとしていられたかも知れない。
(それでも、父に会えたかはわからないけど。……なんか、無理だった気がするな)
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