与えてもらった名前を名乗ることで未来が大きく変わるとしても、私は自分で名前も運命も選びたい

珠宮さくら

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第4章

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それまで、りらは思い出そうと必死になっていたはずなのにその必死さが、ふと軽くなってこんなことを思い出した。

ある日、こんなことを聞いたことがあった。萌音と知り合って、友達になれた頃のことだ。そう、りらが幼稚園に通っていた時だ。


「しごと、そんなにいそがしいの?」
「はい。我々のためになさってくださっているんです」
「その、われわれにわたしは? はいっているの?」
「それは……」


そんなようなことをりらは、父の家で父ではない人に聞いていた。何だか、困っている気がする。


(なんでもきいていいっていったのに)


答えてくれずに困った顔をする人にりらは、そんなことを思った。

部屋の外から母が、大声を出してまくし立てている声がしていて、りらにも彼にもそれは聞こうとせずに難なく聞こえていた。


(おじいちゃんのところいがいで、おかあさんがあんなにおこっているのをきくのは、はじめて。……わたしといっしょで、きらわれているみたい)


母が怒鳴り散らすのは、いつものことだ。それが、りらに対してでないのはいいが、ここで鬱憤をはらせないと帰りの車の中で聞かされることになるのだから、それは勘弁してほしい。

それが聞こえて来てりらは、うんざりした顔をしていた。そんな顔、母や祖父母の前ではできない。母たちが、よく思っていない人たちの前でもできない。それは、してもいい顔ではなかった。

でも、その人の前ではりらは隠す必要がなかった。幼稚園児らしい顔はしていなかったはずだが、何か言われた覚えはない。

母には吐き出してほしかったが、そんなことで父の声を聞くのは嫌でもあった。聞こうとせずとも、聞こえてくるのだ。どれだけ大きな声でやりあっていたんだか。


(すぐ、そこにいるのに。へんなかんじ。でも、へやのそとにおかあさんがいるなら、でてきてもわたしのところまでこれないだろうな。いまだったら、もっとたいへんなことになるもの。おとうさんも、あんなおかあさんにつかまりたくないはず)


そんなことを幼いながらに思ってしまった。父に会ってみたいという気持ちよりも、母に捕まって大変だと同情してしまっていた。


「あの、お母様は……」
「いつも、おこるとこわいわ」
「そうですか」


(おこってなくとも、きげんわるいとこわいけど)


良く覚えていないが、そんな話をした人物の顔を思い出せずにいた。言葉は覚えているのに声が思い出せない。顔も、背丈も、そんなことがあるようだ。

ただ、あの家で父は1人で過ごしているわけではないのは覚えている。あんなところで1人だったら、大変どころではないはずだ。ただですら、広い家だ。部屋に引きこもって仕事しているのなら、掃除だけでも大変なはずだ。

でも、その辺のことがあまりに曖昧で、そんな話をしたことはなかったのではないかと思う時もあった。都合よく、父を悪者にしたくなくて、そう思いたくて作り上げた気すらしてならなかった。

他のことは忘れたくても、忘れられずに覚えているのにおかしな話だ。忘れてしまいたいのは、人の悪口を平気で言う人たちの言葉だったのにそちらは思い出そうと思えば簡単にできた。そんなところで記憶力の良さを発揮したくもない。

幼なじみのことがあってからは、のらりくらりと面倒に巻き込まれないようにしながら、生きて来たがそれでもどうやって生きて来たかを忘れてはいない。

なのに思い出せないことにりらは、首を傾げたくなった。


(ここまでくれば思い出せるかと思っていたけど、やっぱりそこだけが抜けてるみたいね。あの家に着いたら、全てを思い出せるのかな。いや、それだと遅すぎる気がする。全てを思い出さないとたどり着けない。……全てって、どこまで?)


幼い頃のことを思い出していたりらは、父の住んでいるところに向かいながら、そんなことをぼんやりと考えていた。

着けばわかると頭の片隅で思いつつ、一方ではそれでは遅いと思うのだ。緊張していたからかも知れないが、頭の中で何かが大きく変化し始めているようで、りらは頭痛と気持ち悪さが酷くなり始めて、眉を顰めずにはいられなかった。


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