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第4章
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しおりを挟む山の中にあって、物凄く不便なところのはずだが、そんなところに住みたいと思うのはおかしいのかも知れないが、りらにはあそこは癒しの場所だった。たまにしか行かないから、そう思うのかはわからない。木々に囲まれている方が落ち着くのかも知れない。
(そういえば、部屋の中で過ごすより、日向ぼっこして過ごしたかったのよね。いつも日帰りだったから、部屋で過ごしていたけど。長期でいるなら、木々の側にいても楽しそう)
あの家に入るとまるっきり外の世界とは違うところにいるような感覚すらしていた。りらはそこに少しいるだけでも、リフレッシュできた。木々も、普段見ているものと違ってキラキラして見えた。
(生き生きしているっていうのかな。時間が許すなら、ずっと見ていたかったのよね)
絵を描く気にはならなかったが、写真を撮るくらいはしてみたいと思った。
父は、母に会う約束などしていなかった。父がしていたのは、あの家に来ていいと言っただけで、会うとは言っていないことをりらは、母に言われないまま察することになったのも、よく観察するようになったからだった。
(そういえば、父のことをあれこれ言ってくれてた人がいた気がする。萌音やその父親ではなくて、他にもいたはず。あれは、誰だったっけ?)
その人は、みんなのためにとても忙しくしているのだからと言ってくれていたはずだ。みんなのため。みんなとは誰が含まれているのかがわからないが、りらはそのことを思い出そうとしたが、うまくできなかった。
(おかしいな。いたはずなのに。思い出せない)
母や祖父母の言うのはよく覚えていたが、なぜか父のことを悪く言わない人で、あの家にいたはずの人の言葉はうる覚えなことが多かった。
他にも父のことをよく言っていた人がいた気がする。それも、思い出せない。
萌音は、例外だ。彼女のことは今もしっかり覚えていて、忘れたことはない。今、どうしているかはわからなくとも、あれよりも酷いことにはなっていないと思いたい。あれが、人生で一番最悪なことなら、あとは全て良いことしかないはずだ。
ただ、受け止める側の心が壊れてしまっていたら、何も変わらないかも知れないが。
(凄くいい子だから、素敵な人生を歩んでほしいものだわ。あの両親に振り回されることなく、幸せを掴まえてほしい)
そんなことを願わずにはいられなかった。
萌音のことを思い出すと最終的には、幸せを願わずにはいられなかった。りらには、そんなことしかできなかった。
なのに父の家であったことを思い出そうとすると難しいことが常だった。今回は、特に難しいなんてものではなかった。今まで、どうやっていたのかと思うほど、困難だった。
(どうして、あの家でのことになると記憶があやふやになるんだろう?)
そこが、不思議でならなかった。あそこに誰か居た気がする。そう、居たはずだ。あんなところに父だけが住んで居られるはずがない。
(誰だったろう。父の家にいた人がいたから、父のことで幻滅しすぎることがなかった気がする。……みんなのため。みんなって、誰のことだろう??)
萌音やその両親の顔は覚えている。特に萌音の顔を忘れたことはない。笑顔がとても可愛くて、りらに最後に会いに来た時のずぶ濡れになった姿は、さっさと忘れたかったが、忘れられずに今も鮮明に覚えている。あちらは、とっくにりらのことなど忘れているだろうが、りらは今も唯一の友達として覚えている。
(もう、萌音からしたら友達ではなくなっているだろうけど)
なのに記憶によっては今も鮮明で色褪せることがなく完璧なまでに覚えている。なのに父の家で出会った人のことを思い出せないのだから、不思議でならない。
存在感が薄いなんてことはなかったはずだ。顔も、声も、背の高さも、全てが有耶無耶だった。
(まだ、駄目ってことね。これじゃ、あの家にはたどり着けない)
りらは、そんなことを思って泣きそうになった。なぜ、そんな風に思うかよりも、駄目なことだけが身にしみてしまっていた。
駄目なままでは、たどり着くことは叶わない。それだけは、すんなりりらにもわかった。
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