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第4章

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(何が、萌音のためよ。大人の都合であり、親の都合ってだけじゃない。ここで、平然とそう言える人だったなんて、信じられない。萌音を悲しませることをしている自覚がないなんて、あんまりだわ)


そのうち、父親がりらに頼んだことを萌音が知ることになり、萌音が父親とも喧嘩するまでになるのも、すぐだった。

それこそ、りらがそのことを萌音に話したからではない。萌音も理解できると思って父親が娘にしたせいだ。


「どうして、そんなこと頼むのよ!」
「萌音のためだ」
「そんなわけない! 私は、そんなこと望んでない!!」


萌音は両親のどちらからも、生まれて来ることを望まれていなかったことを知ることになった。それは、萌音が男の子ではなかったからだ。


「男の子……?」
「そうだ。私は、男が欲しかったんだ」
「っ!?」


萌音は、父にそんなことを初めて言われて驚愕した。

その日が、彼女にとって最低最悪な日になったのは言うまでもない。


「だが、今のお前なら、女の子でもいい」
「……」
「りらが作品を描き続けてくれれば、お前は私の自慢の娘のままでいられるんだ。そうなっていたいだろ?」
「……だから、りらにやるって言わせろと?」
「そうだ。お前の頼みなら、あの子も聞く」


萌音は、母親を見るのと同じ目で、大好きだったはずの父親を見ていた。

だが、父親は自分の自慢の娘のままでいたいだろうと言わんばかりにしていて、萌音が冷めきった目を向けていても気にもとめることはなかった。

そんなことを言われ、そんな会話をりらが羨む父と娘が話していたとも知らなかった。

りらは学校からの帰宅途中で、ずぶ濡れになって立ち尽くしている萌音を見つけて驚いて駆け寄った。


「萌音? どうしたの?!」
「……私、今、物凄く後悔しているわ」
「?」


萌音は、雨に濡れながら俯いたまま、そんなことを言った。なにがあったかを知らないりらは、戸惑っていた。


「あなたに、あなたらしくしていればいいって言ったことよ」
「……」


そう言われて、りらは何を言われているのかがわかり始めた。同じようなことをりらも思っていた。でも、今の萌音は見たことないほど、疲れ切っていて、物凄く悲しんでいるように見えた。


(何があったの……?)


「あなたは、誰かに似てる方が良かった。そうしていたら、私は知りたくもないことを知ることもなかった」
「萌音……?」


萌音に責め立てられ、全てはりらのせいだと言われるまでになったのだ。自分らしくいるより、親のどちらかに似たままがよかったと言われても、ここまで萌音が絶望している理由がわからなかった。


「パパに言われたの。男の子が良かったって」
「っ、」
「娘は、いらなかったのよ。でも、今は自慢に思えるって言われたわ。それとあなたに頼めとまで言われた。自慢の娘であり続けるためにそうするだろうって。そんなこと言う人の自慢の娘で、何で私がならなきゃならないのよ」
「……」
「今までの私は不要。自慢できない娘なんて、いらない人だったのよ。それもこれも、あなたが自分らしくいたから」


(なんてこと。ここまで、萌音を傷つけることになるなんて思わなかった)


そんな風に言われることになったことで、りらが彼女の両親の望む娘の影武者になることはなかった。


「あなたと出会わなければよかった」
「……」


萌音は、泣いていたと思う。雨で見えなかったが、りらがそこを通る前からずっと泣いていたようだ。


「私は、あなたにそんなこと頼まない。あんな人の……人たちの自慢の娘でなんて居続ける気はない」


それだけ言うと萌音は帰ってしまった。

りらは、その場に立ち尽くして、そこからどうやって帰ったかを覚えていない。

萌音は、そんなことがあってから、数日して授賞式で自分の作品じゃないと暴露したが、いい作品が描けなくなってスランプに陥っているせいだと両親が取り繕い、先生も口裏を合わせたことで誰も萌音が本当のことを言っていると思わなかったようだ。


「何考えてるんだ!」
「そうよ! せっかく、お膳立てしたのにぶち壊すようなことして」
「頼んでない」
「萌音。わがままも、いい加減にしろ」
「わがまま? これが、わがままに分類されるの?」


そこから、萌音は大笑いして、両親ににっこりと笑った。


「絵なんか、二度と描かない」


萌音は、自分の両手の指をピアノの鍵盤で折った。両親や周りが慌てふためく中で、萌音は笑っていた。そこから、すっかり壊れてしまった。

そんなことがあってから半年ほど経って、彼女の弟が生まれることになった。

思う通りにならない萌音よりも、生まれてきた息子に両親はすぐさま夢中になった。それは、あからさまだった。

りらも使えないとわかって、萌音もおかしくなってしまったことで、そこに息子が生まれたのだ。男の子がいるなら、もう構うことはないとばかりに萌音の両親はりらから離れて行った。

りらが引っ越すことになるかと思ったが、引っ越したのは、あちらだった。

幼なじみで、唯一の友達以上の存在だった萌音とそんな風に別れることになったが、母や祖父母は何があったかを知ることはなかった。

萌音が一番好きだったピアノを弾くことより、指を使えなくしたのは、りらが自分の両親に使われないようにしたかったのもあったような気がしてならなかったが、りらは雨の日に会ったのが最後になった。その後、再び会うことはできなかった。


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