与えてもらった名前を名乗ることで未来が大きく変わるとしても、私は自分で名前も運命も選びたい

第４章

１０

りらは、下手に口出しせずに萌音の父親がどうにかしてくれることを期待していた。

そう。萌音の父親なら萌音の味方を真っ先にしてくれて、母親であり妻のしたことを叱責すると思っていた。そうならないわけがないと思っていた。

でも、そうはならなかった。彼は娘の味方をしなかったのだ。今までなら、萌音の味方しかしたことはなかったし、りらはそんな姿しか見たことはなかった。期待していた通りになると思っていた。

彼がしたのは、りらどころか。娘が期待していたものでもなかった。全く別のことをするとは思いもしなかった。


「今や娘が、時の人だ。各方面から、萌音は褒められてばかりいる」
「……」


父親は才能がある娘を持っているともてはやされて嬉しそうにしていた。


（真実ではないことを知っているのに。それでも、嬉しいのね）


その顔を見て、呼び出されたりらはこの後、何を言われるかがわかってしまった。その顔は、今まで萌音を羨ましいと思う父親の顔ではなかった。


（何てことなの。おじ様は萌音の味方をしてくれると思っていたのに。こんな姿は見たくなかった。これじゃ、おば様にそっくりじゃない。似た者夫婦だったなんて、思いたくなかった）


お金を出すから、このまま替え玉として作品を生み出し続けてほしいとまで言われ、更に生活も面倒見るからとまで言われることになったのだ。それにりらは、戸惑ってしまった。戸惑うだけではない。こんな人だったのかと幻滅してしまったのは、すぐだった。

こんなことを頼む父親の方が、りらに会おうともしない父親よりも断然マシだろうと言いたいようだ。少なくとも娘の将来のことを気にかけている。だから、すべきことをしている。りらにも悪い話ではないとそんなようなことを言うのだ。


（娘の将来を気にかけている？　自分たちに都合のいい娘になるようにしたいだけじゃない）


それに気づいてしまったりらの目は冷めきったものになっていたが、目の前の男は気にもとめていなかった。娘の一番の友達と話しているつもりはないようだ。娘に一番都合のよい人物と実りある交渉をしているとでも思っているようだ。


（本当のお父さんとこの人を比べるなんて、されたくない。こんな人にマシだなんて思われたくないし、思いたくもない。でも、萌音のお父さんなのに。素敵なお父さんだったのに。本性が、こんなに最低最悪な酷いだったなんて思いたくなかった。知りたくなかった。……どんなに素敵でも、本性がみんなこうだとしたら、もう何もかもわけがわからない。取り繕ってないだけで、どの親も、こんな感じだなんて思いたくなかった。知りたくなかった）


りらは、幼なじみの父親の言葉を聞いて、無性に自分の父親に会いたくなってしまった。少なくとも、この人なんかより、りらの父親は違うと思いたかった。

でも、同時に知りたくもない思いも浮上していた。知らないままの方が、幸せなままでいられる気すらしていた。目の前の萌音の父親よりも、りらの父親の方がマシなのは、知らないままだから思えることだ。真実を確かめないままが、一番いいのではないかと思う自分がいた。


（そんなことを考える自分も嫌だわ。比べていたって仕方がないのに）


「頼む。萌音のためなんだ。君にも悪い話ではないはずだ」
「……」


そう言われてもりらは引き受けるとは言えなかった。萌音のためなら、それは絶対にできないことだ。