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第4章

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りらは、絵を描くことが楽しくて仕方がなかった。一緒に絵を習っている萌音が、どうしているのかをあまり良く見ていなかった。いや、見る必要はないと思っていた。絵を習っているのだ。途中の絵より、完成した物が見たかったのもある。

何より制作途中の絵を見せて来ない限りりらは、見る気はなかった。それをするなら、自分の絵に集中していたかった。

絵に没頭し過ぎて先生のアドバイスも時折、聞いてはいないほどの集中力を発揮することもあった。聞いていても、りらは描きたいものの表現を変えることは滅多にすることはなかった。


「アドバイスしているのに」


(そわなこと、私はもとめてない)


先生は、りらに散々アドバイスをきちんと受けないと怒鳴ってばかりいたが、その絵の出来が思っているより良くなっていくと段々と静かになっていった。

りらの独特の表現の仕方に基本や型通りの教え方では合わなさ過ぎたようだ。

そのせいで、先生とあわなくなるなんて、しばしばあった。それで、先生が交代することは、一度や二度ではなかった。


「彼女に教えられることはない」

「あんな逸材を教える自信がない」


それほどまでにりらの才能は逸脱していたようだ。彼女は、教えを請うているつもりがなかったことも大きかった。萌音と同じ時間を過ごして、りらの好きなことをする。それだけで、満足だった。

先生たちは、りらに教えようとしてばかりいて、見守ってくれる先生が現れるまで大変だったが、りらはそれに気づいていなかった。

集中しすぎて聞いてなかったのだ。だから、先生たちがころころと変わっても特に気にすることもなかった。


(また、先生が変わったのね。ここで雇われると箔が付くのかな? 萌音の家で、萌音に美術を教えたとか? 短期間でも、そうなら、萌音って他の習い事でも優秀ってことね)


そんなことをりらは思っているだけだった。全ては、萌音が凄いから。りらは、本気で自分は全く関係ないと思っていた。







「何よ。萌音の方が才能があるはずなのに!」


萌音の母親ですら見分けがつくほど、りらの方が才能があることが証明されてしまったのは、かなり最初の方だった。

萌音は、それに元々気づいていたようで気にもしていなかったが、それが許せなかったのは萌音の母親の方だった。萌音が誰よりできる子でないとアクセサリーとしては不十分だとばかりに苛立っていた。

忌々しそうにりらの作品を見ていたのにりらは気づいていた。萌音がいれば、そんな顔をしている母親に色々言っていて、娘がいるとしないようにしていたせいで、気づいたのはりらだけだった。


(怖い顔。もう、おしまいにした方がいいのかも)


でも、りらは中々やめられないまま、続けることになった。りらがやめてしまえば、萌音の他の習い事のやる気も終わってしまう。そのため、萌音の両親はりらを止めるのに必死になっていた。あまりの必死さにりらはため息をつきたくなった。


(段々と楽しめなくなってきたな)


絵を好きなだけ描けていたのが、最初は楽しくて仕方がなかった。でも、今は純粋に楽しめなくなっていた。

そのうち、りらは萌音の母親に忌々しそうに見られることもなくなっていった。不思議だが、逆ににこにことりらを見るようにまでなったのだ。気持ち悪い変化だった。


(どうしたんだろう……?)


妙に機嫌がよくなっている萌音の母親にりらは首を傾げたくなった。

それも、そのはずだ。りらが関わった作品を萌音が制作したと偽り、ありとあらゆるところに応募し始めていたのだ。

それにりらは、すぐに気づくことはなかった。ただ、不思議に思っていた。


(また、私のだけなくなってる)


りらは、それがなくなっていることに気づいていたが、持って帰ることのできないものだ。捨ててもらうようにしていて、なくなっているからと特に気にすることはなかった。

いや、気にしないなんて無理だった。持ち帰れなくとも、作っては捨ててもらうのだ。そんなことをしていて、普通にしていられるわけがなかった。


(捨てられるものを作っていて馬鹿みたい。でも、教えてくれる先生たちが一流だから学校の授業より楽しいのよね。普通にしてなくてもいいし)


先生方は、りらの才能を認めてくれていた。萌音のついでに教えてくれていたはずが、たまに熱が入りすぎるのはりらの方の指導だった。

そうなっても、萌音は自分の友達が褒められて、更に良いものを生み出すために指導されているのを応援すらしてくれていた。


「りらは、本当に凄いわね。私、りらの作品、どれも好きよ」
「ありがとう。それも、これも萌音やおば様たちのおかげだよ」
「ねぇ、りら。前の作品は、どうしたの?」
「どうって?」
「パパが見たがっていたのに仕上がったものがないのよ」
「わからないわ。私は、持って帰れないから、置かせてもらってるだけで、後は捨ててもらうように頼んでるから」
「げっ、ママったら、すぐに捨てちゃったのかも。最低」


萌音は、ムッとしていたが、りらは苦笑するしなかった。

でも、捨てるよりも酷いことをされているとは思いもしなかった。萌音の母親は、有効利用しているだけのように言っていたが、そんなの有効利用でも何でもない。


(そんな、私の作品を萌音のだって偽っていたなんて……)


そのせいで、萌音の家族の間に亀裂が生まれてしまった。

りらとの友情にも亀裂が入ってしまうとは、この時の2人は思いもしなかった。

まるで、姉妹のように萌音の母親には好かれていなくとも、彼女の父親から好かれていた。

もう1人の娘のように思われていると思っていたが、父親の方は才能溢れるりらのような娘がほしかったようだ。


(この人も、自慢できる娘がほしかったんだわ)


そして、母親の方も自慢できるアクセサリーになり得るりらのような娘を切望していた。

それを知ることになったが、その事実を知ることになった萌音の痛みに比べれば、りらの痛みなど大したことはなかったはずだ。


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