与えてもらった名前を名乗ることで未来が大きく変わるとしても、私は自分で名前も運命も選びたい

珠宮さくら

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第4章

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(この辺は、見覚えがある気がする。……ううん。やっぱり、全然覚えてない。こんなところを通ったっけ?)


移動中の車から、窓をぼんやりと眺めているのではなくて、景色に罪などないのに睨みつけるように見ていたのは百舌鳥りらという女性だった。

彼女はこの春から大学生になった。数日前に19歳になったばかりの女性だ。そう、夏休みに入った時期なのだから、誕生日は過ぎていないわけがなかった。


(そういえば、今が夏休みなんだから誕生日が過ぎたはずだけど、お祝いした記憶がないな。……まぁ、色々あって、自分の誕生日なんて祝う気にならなかったってことかな。……変だな。全く覚えてない。ほんの少し前のことのはずなのに)


そんなことを思って変な気分だった。今日が何日だったか。それどころか、曜日は? その辺のことを全く思い出せなかったが、すぐにそんなことを考えていたことも忘れて他のことを考えていた。

りらは高校から訳あって1人暮らしをしていた。大学も、高校に通っていたセキュリティが万全なマンションから通えるところにした。1人暮らしをする前から、家事全般をこなしていた。いつからだったかを正確に覚えていない。いつの間にか、当たり前のようにやらされていた。そんな日常から離れて、1人で生活してみてこんなにもい気が楽なものかと思ったのは覚えている。

父と母は、りらが中学に上がる前に離婚をした。もっと早く離婚していてもよかったはずだが、揉めに揉めて、その頃になったようだ。詳しいことを聞いてはいないが、揉めなかったはずがない。

父とはりらが生まれてから、一度も会ったことがない。かなりおかしなことだが、月に何度か父の住んでいる家には行ったことがあった。なのに父に会ったことはなかった。

そう。父の住んでいるところに行ったことはあるのに肝心の父にりらは未だに会ったことがないのだ。これはかなりおかしいと言わずにおかしくないとは言えないはずだ。


(変わってるとか。変人とか、頭がおかしいとか。あの人たちから散々言われているだけはあるってことになるのかな? 確かにどんなに思い返しても、会ってくれた記憶がないってことは、そもそも好かれてないってことになる気がする。でも、家に行くことも、あの家に居ることも許してくれていた。……ただ、会ってくれないだけ。その理由があるはずだけど、生まれてから続いているなら、私は父さんにも好かれてないってことになる気がする。それなのにこれから行こうとしてるのよね)


そう思うとりらは、身を裂かれるような痛みを感じずにはいられなかった。情けないというか。悲しすぎるというか。他の誰に好かれてないって言われたり、りら自身が思うことがあっても、こうはならない。なるのは、父に嫌われていると思うと痛みを感じるようだ。

移動中の車の中で、急に泣きなくなったのをりらは必死に堪えた。


(変なの。母さんが、死んだのに涙一つ出なかったのに。父さんのことを考えると泣きたくなる。会ったこともないのに。こんなんで、あの家に居られるのかな? 今回も、父さんには会えないだろうに。夏休み中、過ごすなんてできるの? なんか、もう、自信なくなってきた)


りらは、そんなことを思って思考と感情がぐちゃぐちゃになっていた。

りらの母方の祖父母は、りらが中学の卒業間際に相次いで亡くなった。あの時も、中々ない経験をりらはすることになったが、それ以上のことをつい最近、経験することになった。母を事故で亡くしたのだ。ただの事故ではない。母の恋人が運転している車に同乗していたのだ。

そして、その車にはもう1人乗っていた。ややこしいことに母の恋人の男性の本命である若い女性も乗っていたようだ。母は、恋人だと思っている相手にとって、母は浮気相手の1人でしかなかったわけだ。いや、金づるとしか見られていなかったのだろう。そんな人たちが車に乗りあわせて、事故にあったのだ。

そのせいで、あることないこと書き立てられ、面白おかしく母たちの死は世間に広まった。りらは全く笑えなかった。母たちが、いや母が若い恋人としようとしていたのは、別のことだったことを知っていたからだ。本命ではないことで、警察沙汰になったことが以前にもあったのに全くこりてはなかったようだ。

そんな風に身内が亡くなったりしたが、夏休みの間、父のところで過ごそうと思って車で向かっているところだった。

中学辺りまでは、月に何度か父のところに行っていた。祖父母が亡くなってからは、あの家に行く気になれずにずっと行かずにいた。

そのせいか、車窓から見える風景にりらは、見覚えがなくなっているように思えた。たった数年、流れ行く景色は、ありきたりに見えるし、何の変哲もないもののはずなのに、りらには全く知らないところを走行している気がして仕方がなかった。


(この車は、父さんのところに向かっているのよね?)


ふと、そんなことを思ってしまった。違うところに向かっているなんてことはないはずだ。だって、中学の時まで送迎してくれていた車だ。その車に乗ったのだから、あの家に向かっているはずだ。そうでないはずがない。

りらは決して記憶力は悪くない。むしろ、いい方だ。でも、あることに関してりらの記憶は曖昧になりがちだった。


(まぁ、見覚えがあるだけで、山の中ってどこも似たりよったりだから、ただの気の所為かも……。いや、山の中なんて、父さんのところに行く時以外は、見たことないから他と比べるなんて無理だわ。あー、もう! わけわからない!! 何で、そう思い込もうとしたり、そうじゃないって思うのよ! 私、普段はこんな優柔不断な思考してないのに!!)


そんなことを思いながら景色を見ていても、りらはイライラして来て仕方がなかった。そのせいか、車窓から見える景色は、綺麗だと思える風景とは違って見えて来るのだから不思議なものだ。


(四季がぐちゃぐちゃに見える。……はぁー、もう、私、思っている以上に疲れてるんだわ)


目の錯覚だとりらは思って、外を見るのをやめて目を閉じた。すぐに他のことを考えることにした。考えていたくないのについ他のことを考えずにはいられなかった。

りらは昔のことを思い出し始めた。楽しいことでも思い出せばいいものをそうできなかった。

その頃は、あの家に毎週のように通っていた。何時間もかかるのに週末になると父の家にいた。父に会えることはないのにあの家で過ごすことを望み続けた。

りらは目を閉じて、その頃のことを思い出そうとしたが、どうせなら一番古いところから思い返すことにした。そうはしたくないのになぜか、りらは暇つぶしになると思って、それをしていた。

りらはありきたりなようで、とても奇妙な環境で育った。りらの父である⚫は娘からしても、ちょっと変だった。もっとも、りらとしては比べる相手がいない時から、物凄く変な人として刷り込まれたものがあった。そんなことしか言わない大人が周りに常にいたせいで、思考が偏りきっていたのは明らかだった。そんな刷り込みをしてくれと頼んだわけでもないが、息をするようにあの人たちはそれをしていた。

変な人だと騒ぎ立てていたのは、母とその両親だった。りらからすると母方の祖父母のことだが思い出す限り、記憶の中の母と祖父母たちは、いつも酷かった。りらから見ても、他人から見ても褒められた人たちではなかった。


(死んだ人をあれこれ言いたくないけど、酷くなかったことなんてなかったのよね。酷さに上下があるだけで、母方の親族はみんな似たりよったり。半分でも、あの人たちの血肉で今の私ができているとしたら、入れ替えられるなら、入れ替えてしまいたくなる。そんなことを思うほど、私は私の半分を好きになれていないのよね)


そこまで考えてりらは、目をパチクリさせた。今更、家系のことで思い悩んでも仕方がないとばかりに自分自身を落ち着けるように深呼吸した。


(もっとも、もう半分の父の方の血肉も、どんな家系なのかが謎なのよね。大体、父に会ったこともないのも、変よね。父さんの親族が、どんな人たちかも知らない。写真も見たことない。父に話しかけられたこともない。名前を呼ばれたこともない。……変よね。あの家に何十回と通っているのに。それだけ行ってるのに会ってもらえてないのにそこに行こうとして、夏休みを過ごそうと思っている。変じゃないわけない)


そこまで考えて、やはり父に好かれていないのではないかという考えが浮かんだ。今回が初めてのように浮上しているが、りらは覚えていないだけで、過去にも何度となくあった気がする。それをりらは全く覚えていない気がしてならなかった。


(物凄く変な気分。今がいつなのかがわからなくなる。時間が進んでいるはずなのに逆行しているような……、季節を飛び越えたみたいな感じ。……車酔いでもしたかな? 車酔いって、こんな風になるんだっけ?)


変な気分の悪さを感じていた。生まれてから一度も車酔いなんてしたことがないはずのりらは、父の家に向かう道中で、こう思った。


(あ~、もう、また車酔いしたのかな。着くまでに一度は、こうなるのよね)


おかしな話だが、一度も車酔いしたことないと思いつつ、内心で矛盾したことを思うのだが、それもりらが覚えていないだけで、いつものことだったことを彼女はわかっていなかった。


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