62 / 111
第3章
13
しおりを挟む今回、アルテアがクリティアスに頼み込んでいなければ、どうなっていたかはわからない。父が悲しみのあまり人間界に行き来できないようにしようとするのは、父親としての行動ならわからなくは……。いや、わかるものは少ないかも知れない。
でも、この世界を先祖代々守り通して来たはずであり、その役目を今背負うことになった存在が、娘にかまけて国民を蔑ろにしていることが、りらは許せなかった。
それなのに父より、りらがこれからしようとしたことをミハイルが止めようとしたことも許せなかった。
「私がここに来れたのは、誰のおかげなの?」
「りら様」
「あなたでも、父でもないのでしょ? 私を守ってくれたのは、誰なの?」
「……あなただ」
「え?」
クリティアスは、りらにそう答えていた。それにりらは、目をパチクリとさせた。
「あなたが、ここに来れたのは、あなたが純粋に自分の命よりも、先ほどの男とこの世界の住人を守りたいと思ったからだ。それによって、俺は5年前に10歳ほどのあなたに会った」
「クリティアス。りら様は、お疲れだ。その話は後で……」
「続けて」
「りら様」
「私は聞きたい」
りらは、クリティアスを真っ直ぐに見つめた。
ミハイルは、それをりらには聞かせたくないようだ。都合が悪いのだろうことはよくわかった。
「ミハイルは、私の問いに答えてくれなかった。でも、彼は答えた。なぜ、そう思うかを全て聞く。それが、世話役であろうとも、私のために動こうとしている者たちであろうとも、私の邪魔は許さない。あなたたちは隠そうとしてばかり。それで、こうなったのよ? もう、忘れたの? 本当のことを知って判断するのは、私がやる」
「っ、」
「それでも、止める? 私をそこまでして止められる?」
ミハイルだけではない。りらの言葉に部屋の中や外からも、その効力にひれ伏しそうになっていた。
唯一、平然としていたのは、クリティアスだけだった。
「自己紹介がまだだったわね。私は、りら。あなたは?」
「クリティアス」
りらは、にっこりと笑った。ミハイルに向けた顔とは違っていた。この世界で、存在することになったりらは王女としてのみならず、この世界の崩壊をも救った者として、力を持ったことを突きつけたようなものだった。
そこから、クリティアスはアルテアの話をした。
「森の主……?」
「この世界で一番古い木だ。ユグドラシル様という」
「そう。その方が、記憶を失くした私に名前をつけてくれたのね。アルテア、ふふっ、素敵な響きだわ」
楽しげにアルテアのことを聞いていた。疲れた顔をしていたはずが、今はそんなことなかったように生き生きとしていた。
一通りの話を終えたのは、日付が変わっていた。
「アステリア様のところに行かないと」
りらは、王都の小さな森の主のことを聞いて、すぐに様子を見に行こうとした。
立ち上がったりらはふらついて、それを支えたのはクリティアスだった。
「休んだ方がいい」
「でも」
「……俺が見て来る」
「駄目よ」
りらは、それを止めた。そして、まっすぐにクリティアスを見た。その瞳は、アルテアの時と同じだった。
「あなたは、私の近くに居て。ここでは、私をちゃんとわかってくれてるのは、あなただけ。ミハイルも、私を王女としてしか見ていない。ここに無事に来れた途端、私を縛ろうとしている。でも、私は何も知らないまま、縛られたくない。代々やって来たことだから、引き継ぎをしろと言われても、私にはそんなことできない」
「……」
クリティアスは、りらを見ていた。
「私は、世界を知ってから決める。この血肉が、何をすべきかを自分で決める。そのために、あなたに側にいてほしいの。じゃないと私は、この世界で私らしくいられない」
「……それはない」
「やっぱり、わがままよね。ごめんなさい。忘れて」
「違う。そうじゃない。あなたは俺がいなくとも、あなたらしさが損なわれるなんてことはない。あなたは、俺の兄に会っている。だから、縛られすぎることなどない」
「え?」
りらは、目をパチクリさせた。その表情はアルテアもしていた。
クリティアスは、その後、兄がストーカーであり、幽霊だと思われていたことを知って大笑いしたのは、すぐのことだった。
30
お気に入りに追加
88
あなたにおすすめの小説
前世の祖母に強い憧れを持ったまま生まれ変わったら、家族と婚約者に嫌われましたが、思いがけない面々から物凄く好かれているようです
珠宮さくら
ファンタジー
前世の祖母にように花に囲まれた生活を送りたかったが、その時は母にお金にもならないことはするなと言われながら成長したことで、母の言う通りにお金になる仕事に就くために大学で勉強していたが、彼女の側には常に花があった。
老後は、祖母のように暮らせたらと思っていたが、そんな日常が一変する。別の世界に子爵家の長女フィオレンティーナ・アルタヴィッラとして生まれ変わっても、前世の祖母のようになりたいという強い憧れがあったせいか、前世のことを忘れることなく転生した。前世をよく覚えている分、新しい人生を悔いなく過ごそうとする思いが、フィオレンティーナには強かった。
そのせいで、貴族らしくないことばかりをして、家族や婚約者に物凄く嫌われてしまうが、思わぬ方面には物凄く好かれていたようだ。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜
白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。
舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。
王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。
「ヒナコのノートを汚したな!」
「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」
小説家になろう様でも投稿しています。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
てめぇの所為だよ
章槻雅希
ファンタジー
王太子ウルリコは政略によって結ばれた婚約が気に食わなかった。それを隠そうともせずに臨んだ婚約者エウフェミアとの茶会で彼は自分ばかりが貧乏くじを引いたと彼女を責める。しかし、見事に返り討ちに遭うのだった。
『小説家になろう』様・『アルファポリス』様の重複投稿、自サイトにも掲載。
2番目の1番【完】
綾崎オトイ
恋愛
結婚して3年目。
騎士である彼は王女様の護衛騎士で、王女様のことを何よりも誰よりも大事にしていて支えていてお護りしている。
それこそが彼の誇りで彼の幸せで、だから、私は彼の1番にはなれない。
王女様には私は勝てない。
結婚3年目の夫に祝われない誕生日に起こった事件で限界がきてしまった彼女と、彼女の存在と献身が当たり前になってしまっていたバカ真面目で忠誠心の厚い騎士の不器用な想いの話。
※ざまぁ要素は皆無です。旦那様最低、と思われる方いるかもですがそのまま結ばれますので苦手な方はお戻りいただけると嬉しいです
自己満全開の作品で個人の趣味を詰め込んで殴り書きしているため、地雷多めです。苦手な方はそっとお戻りください。
批判・中傷等、作者の執筆意欲削られそうなものは遠慮なく削除させていただきます…
私は途中で仮装をやめましたが、周りはハロウィンが好きで毎日仮装を続けていると思ったら……?
珠宮さくら
ファンタジー
ユズカは、家族で行った旅行先で天涯孤独の身の上になってしまった。10歳の時だった。
病院で途方に暮れるユズカのところに祖父母に世話になったという老女が現れて、彼女をおばあちゃんと呼んで世話になることに決めたことで、歯車はそこで回り続けることになった。
その世界が、ユズカの生まれ育った世界とは違っていることに本人が気づかないまま成長していくことになるとは思いもしなかった。
それこそ、とんでもない勘違いをしたまま、ユズカはその世界で存分に生きることになって、徐々に勘違いも解けていくのだが……。
Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!
仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。
しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。
そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。
一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった!
これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる