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第3章

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アルテアは、身体が重くて仕方がなくなっていた。それに変な気分もしていたが、森の小さな主のアステリアのところにいた。

数日前に特待生のままでいられなくなっても、学園に残れそうだと伝えた時は、嬉しそうにしていた。

ユグドラシルの方も喜んでいたようだが、アルテアが帰って来ないのに複雑そうな反応をしていたらしい。それをアステリアから聞いて苦笑してしまった。

でも、この日は、それまでとは違っていた。


(もう、耐えられない)


アルテアは、ふとそんなことを思ってしまった。


“アルテア? どうしたの?”
「なんか、変な気分」
“え?”


そう答えるのがやっとだった。アルテアは、糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。

アステリアは、支えることもできずにいた。すぐさま叫ぶように呼んだのは、アルテアの保護者だった。


“っ、クリティアス!!”


森の小さな主であるアステリアは、クリティアスを呼び寄せた。突然のことに驚きながら駆けて来たクリティアスは、倒れているアルテアに更に驚いていた。そんなこと今まで見たことがなかった。

ユグドラシルのところで、散々無茶なことをしていても、倒れたことはなかった。何よりアルテアが倒れている姿は、クリティアスの心臓に悪かった。


「アルテア!! 何があった?!」
“わからないわ。何か変だと言って途端、突然、倒れてしまったの。でも、私も、変だわ”


クリティアスはアルテアを抱き起こして、息をしているのを確認しつつ、アステリアを見上げた。

まるで腐敗が広がるようにアステリアの木の根元から黒いものが広がっていた。そこから、王都の空がどんよりとしたまま、晴れ渡る青空を見ることはなくなった。

それを目撃したクリティアスは目を見開いて驚いていた。そんな光景を見たことがなかった。他の木々は、アステリアよりも酷かった。


「どうなっているんだ?」


クリティアスは、そこに自分だけではなくて、アルテアがいるため家に連れて帰ることにした。寮に連れて行ったところで、根ほり葉ほり聞かれるだけだ。

医者に見せるにしても、クリティアスが王都で借りている家に帰るのが先だと思ったのは、空の色まで変わったことが大きかった。

アステリアも、森も心配だが、アルテアが何よりクリティアスには心配だった。彼女は、人間の娘なのだ。


「王女が亡くなった?!」
「しっ! 声が大きいわ。まだ、定かじゃないのよ」
「このどんよりしたのは、森の小さな主が病気になったからでしょ?」
「それも、王女のことを知った陛下が人間界との縁を切ろうとして、ここと人間界の道を塞ごうとしているからのようよ」
「そんなことしたら、大変なことになるわ。この世界がおかしくなる。そんなのわかりきっているのに」
「だから、こんなにどんよりとした空になったのね」


クリティアスは、アルテアを抱えて移動しながら、そんなことを話しているのを耳にした。

だが、足を止めることはなかった。それどころか、歩く足は早まるだけだった。


「アルテア」
「……」


身体が冷たくなっていくのにクリティアスは焦った。


「人間界への道が塞がろうもしているせいか? それとも、王女に関係しているのか?」


クリティアスは、このままではアルテアが消えてなくなるのではないかと不安を覚えた。


「しっかりしろ。消えるな」
「……私は、誰?」
「アルテア」
「それは、ここに来てからの名前」
「ここに来る前の名前か。それは……」


クリティアスの兄なら、知っていたのだろうかと思ったが、名乗るわけがないと思った。名乗っていようと兄はとっくに死んでいる。聞くことはできない。

他に知っている人物がいるのは、薄々気づいていた。いなければ、アルテアの名前を与えられる前に消えてなくなっているはずだ。


「探して。じゃないと消えてしまう」
「消える……? それは……」


アルテアは、クリティアスを見つめて泣きそうな顔をした。そんな泣きそうな顔をされて、クリティアスまで泣きそうになった。


「ちゃんとしないと消えてしまう。まだ生きてるの。人間界で死んでも、死んだことに気づいていないの。ここに来ようとしてる。なのに道を塞がれたら、途中で本当に消えてしまう。そしたら、私も、なかったことになる」
「っ、!?」


アルテアの言葉にクリティアスは、目を見開いた。誰のことを言っているのかが、クリティアスにはピンときた。


「それは、もしかして……」
「お願い。来れるようにして」
「だが、それをしたら……」


クリティアスは、あることに気づいてしまった。思ったことが正しければ、それを実行したらアルテアは……。


「お願い。あなたにしか頼めないの。ここに連れて来ようとしてくれている人がいるの。その人と約束をしたの。それを守らせて。やっと、思い出せた」
「……」


顔色悪く話すアルテアにやるとはクリティアスは即答できなかった。

そんなことを約束したら、目の前にいる彼女をどちらにしても失うのだ。


「父さんには、会ったことないの。ミハイル・デュカキス、彼を探して。世話役をしてくれていた。彼なら、私の父がくれた名前を、知ってる」


アルテアは、自分の本当の名前は思い出せなかったが、自分が誰で何をしようとして、どんな覚悟をしたかも思い出した。でも、自力で動ける状態ではなかった。

だから、クリティアスに頼むことにした。


「アルテア」
「その名前、好きよ。みんなに呼ばれる中でも、あなたに呼ばれるのが、一番好き。……父がつけてくれた名前よりも、好き。でも、そちらを選んでしまったら、全部消えてしまうだけ」
「っ、」
「お願いしてもいい?」
「……わかった」
「ありがとう」


アルテアは、にっこりと笑って気を失った。クリティアスは、アルテアの手が温もりを失い始めていることに気づいていた。

時間がないのは、わかっている。約束もした。でも、その手のぬくもりを彼女の全てを覚えていたいと思った。


「アルテア。君が誰であっても、俺には関係ない。君はアルテアだ」


クリティアスは、そう言ってその手に口づけてから、アルテアとの約束を守るために彼女を連れて城に向かった。本当なら、動かすことはしない方がいいだろうが、彼女がいなければアルテアの頼みを叶えられない。


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