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第3章

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やっとアルテアの周りが静かになったかと思えば、それは長く続く事はなかった。

今度は何も知らない庶民が桁外れの魔法の素養があると嘘をついて、学園に紛れ込んだと言われ始めたのだ。


(何、それ!? どうあっても、嘘つき呼ばわりしたいみたいね)


それを知って、アルテアは怒りを顕にした。


「あれが……?」
「そんな嘘までついて恥ずかしくないのかしらね」
「っ、」


(散々追いかけ回されていたのを見ているだけの連中まで、そんなことを言うのね。どうあっても、私が貴族たちより素質を持っていることが許せないみたいね。……そんなの私が一番知りたいわよ)


まるで、アルテアが嘘をついて王都にやって来たかのように言われ出したのだ。持っていることをアルテアが自慢したことはない。そもそも使いこなせないのなら、宝の持ち腐れでしかないのだ。

なのに嘘だと決めつけられたことに腹が立って仕方がなかった。桁外れだと言って特待生に迎えたいと言ったのは、学園側なのだ。


(イライラする。相手にするだけ、疲れて頭にくるだけなのに。無視していればいいのに。なんか、何もかも上手くいかない。……ずっと疲れたままなせいかも)


息をしているのに上手く空気が吸えていないかのような状況にアルテアは身体が重く感じてすらいた。

ただ、アステリアのところにいるとそれは少し落ち着いたが、そこを離れると駄目だった。

アルテアだけが嘘つき呼ばわりされたくらいでは終わらなかった。アルテアの保護者であるクリティアスまでもが悪く言われ始めたのだ。


「え? そんなのが保護者なの?」
「らしいわよ」
「通りで、平然と嘘がつけるのね」


ひそひそと話す生徒たちが増えた。それを聞くにアルテアに親がいたら、そちらを責め立てられたのだろうが、いないとわかってクリティアスに矛先が向いたようだ。

それこそ、アルテアと親しくしていた友達でもいれば、その人も責め立てられただろうが、あいにくそういう友達は1人もいなかった。そこは喜んでいいのか。悲しんでいいのか。いなくて良かったと思うところだろうが、それはそれで虚しい。

だが、いない者のことよりも、自分のせいで悪く言われることにアルテアは我慢ならなかった。


(クリティアスさんは、何の関係もないのに!! 私のことだけなら、まだ許せるけど、クリティアスさんを悪く言うなんて許せない!!)


しかも、クリティアスが熊の獣人だとわかって、なんて恐ろしいのかと言い始めたのだ。


(? 何で、そこで熊の獣人の話題になるの??)


それが何を意味するのかがわからなかったアルテアは、何の関係があるのかと言えば、更に馬鹿にされたのだ。


「あなた、何も知らないのね」
「っ、」


(こればっかり!! もう、うんざりだわ)


腸が煮えくり返りそうになっていた。自分に対してなら、まだ良かった。でも、クリティアスのことを悪く言うのが許せなかった。


「そうよね。あなたは、人間だもの」
「私が、何を知らないって言うのよ」


貴族の令嬢たちにあざ笑われるのはいつものことだが、それがクリティアスのことだとわかってイライラしながら尋ねた。何も知らないのだ。そのままでは誤解だと言えないと思ってのことだ。

聞いたところで何も変わりはしないと思っていた。


「なら、教えてあげる。これは、大概の者が知ってることよ。熊の獣人は、我が子が誘拐されたのに身代金をケチって死なせたのよ」
「え?」


それは、昔、アルテアが初めて屋台に行った時に聞いたものだった。それをこんなところで、再び聞くことになるとは思わなかった。


「それを非難されて、一族みんなで暴れまわって、血の雨を降らせたの。自分たちがケチ臭いことをして、幼い子を死なせというのに。周りのせいにしたのよ」
「……」
「その時に根絶やしにされたはずなのに生き残りがいたのね」
「それ、いつの話なの?」
「いつって、20年も経っていないはずよ」
「あら、10年じゃなかった?」
「……」
「え? 私は、ずいぶん昔だって聞いたけど……」


そんなことで、いつだったかを正確に知っている者はいなかった。


(聞いた私が馬鹿だったわ。それに誰か大人がしていたのを聞いたまま話しているみたいだし、本当は何があったかを把握しているわけではないんだわ)


アルテアは、そう感じた。今も、大人たちはそこかしこでひそひそと話しているのだ。

そんな感じで誰かが話していたのを聞いたままが、彼女たちの真実になっているのだ。そんな話を聞いたところで、仕方がないとアルテアは思ったのはすぐだった。


(クリティアスさんに聞いたら、詳しく知ってる気がするけど……)


他の獣人がいる時は、熊であるのをひた隠しにしていた気がする。そんな彼に聞けるわけがないと思った。

でも、このままでは何も言えない。悔しすぎることにアルテアは真実を知らなくてはと思った。


(何かあったかを調べなきゃ。一族が根絶やしになるようなことが、なぜ起こったのか。彼女たちが言うのが、大筋そうなのか。それとも、真実は違うのか。ちゃんと知らなきゃ、私が何も知らないままじゃ、味方する言葉に価値も意味もない。それで否定したって、説得力がない。しっかりしなきゃ)


このままにしておけないとアルテアは、やる気に満ちた顔をしていた。

この時のアルテアも、王都の重苦しいものとやっと日常が戻って来たと思っていたのにほっといてくれないことやら、全てが折り重なって余裕などなくなっていることに本人が一番気づいてかった。


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