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第3章

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王都では、陛下の愛娘が亡くなったと騒ぎになるよりも前にアルテアはクリティアスと移り住んでいた。

アルテアは寮生活をしていて、クリティアスはユグドラシルのところよりも小さな森に住んでいた。

そこは、王都を守るためにある森だった。

不思議なことに王都を守る森の方が、ユグドラシルのところより小さいのだ。それを知ってアルテアは首を傾げたが、そのことについて深く聞くことはなかった。きちんと聞いていたら、未来が変わっていたかもしれない。


「毎週末、戻って来なくてもいいんだぞ?」
「寮での生活なんて、無理」


アルテアは、ユグドラシルのところの森で逞しく暮らしていたのを微塵も感じさせないほど、寮生活から少しでも離れようと必死になっていた。

大丈夫だとクリティアスに思ってもらえばいいと思っていたアルテアも、そんなことを簡単にできると思っていた過去の自分に色々言ってやりたくなっていた。ここの人たちの思考は、苛つくレベルだから気を引き締めろ。そう言ってやりたい。


(まぁ、言ったところでやめる気はないけど。王都の人たちを好きになれそうもないのよね)


「……お前、もしかして、団体行動苦手なのか?」
「団体行動は、苦手じゃない。森でだって、動物たちといたんだもの。でも、私の行動を見張られて、見下されるみたいにされるのは、嫌。私のこと知りもしないのに見下されることに腹が立つ」
「……」
「私が何していようとも、あの人たちに何の関係もないはずなのに!」
「……それ、動物たちがしてたのと何か違うのか?」
「それは……」


(……確かに見られていたけど。でも、生ぬるい見張りじゃないのよ。それに異様なご機嫌取りも、もう耐えられない。庶民の何がいけないのよ)


アルテアに魔法の素養があると判明して、王都の学園に通うことになったのだ。しかも、特待生として、そのせいで色んな意味でアルテアは編入してから目立ちまくっていた。


「貴族でもない私が、特待生になっただけでも目立つのに魔法の素養が桁外れにあるってだけで、仲良くしましょうってすり寄って来られるのよ。私の好きな物を聞き出してプレゼントしてこようとしたり、好みを聞いてはそこに案内しようとしたり、聞いてもいないのに王都の流行りを教えてくれようとしたり。そんなこと、どうだっていいのに」
「……」
「こっちは、授業について行くのがやっとなのに勉強させてくれないのよ。やれ、お茶会があるとか、パーティーを開くからって招待されるの。そんなとこ行ってる余裕があるように見える?」
「いや」
「でしょ? その癖、桁外れでも使いこなせなきゃ意味ないって、影で笑っているのよ。最低すぎるでしょ?」
「……そうだな」


アルテアは、そんな愚痴をクリティアスにしていた。クリティアスは、したらまずい話題だったことにやっと気づいたようだ。

何をしてもしなくても、笑われることに繋がっていた。本心は、そっちなのだ。そこが一番腹が立っていた。


(よくしてくれると懐いたら、もっと馬鹿にされているんでしょうね。誰が懐くか)


もはや、意地の張り合いにも似たようことになっていた。普段のアルテアならもっと効率的にそういった輩をのさばらせずに蹴散らしていたはずだが、そこまでに至らず逃げ惑っていたのも、悔しくて仕方がなかった。


「そんなに嫌ならやめればいい」
「桁外れなのに暴走したら、危険すぎる。森を消し炭にしちゃうかも。クリティアスさんも、丸焼きにしちゃったら困るし」
「……」


(ツキノワグマの丸焼き。……ちょっと美味しそうだけど。クリティアスさんは、食べたくない)


相当疲れているのか。アルテアは、そんなことを思ってしまった。言葉にしていたら、クリティアスは本気で帰らせようとしていたことだろうが、それを口にはしなかった。

クリティアスは、思案してからこう言った。


「……お前が得意なの水と風だろ?」
「だからよ。火は苦手だから、まずいのよ。そっちが、得意だったら火加減バッチリにできるのに」
「……」


クリティアスは、自分の丸焼きうんねんが脳内にあるとは思っていないため、アルテアをどうしたものかと見ていた。今の会話だけでも、アルテアらしくない。疲れているのは伺える。

流石にクリティアスも、何を焼く気だ?とは怖くて聞けなかった。

アルテアは、火加減を危惧して勉強しているのだが、いまいちどころか。全くうまくいっていないことにイライラしていた。

集中したいのに全くできないのだ。生徒たちに追いかけ回されて苛立っていたから、そのせいだとアルテア本人も思っていたが、ここに居続けるようになって、王都に住む人たちのように少しずつなっていたのもあったのかも知れない。

だが、それ以上にアルテアだからこそ、誰よりも影響を受けてこうなっていたとは誰も気づいていなかった。

そもそも、特待生になれずとも、使ったことがないのだから、最初は誰しも使えるようになるまでは、こうなると思って森の主であるユグドラシルは、クリティアスに側にいてやれるようにしたようだ。

学園からほど近いところに大きくはないが、森があった。アルテアたちが住まわせてもらっていた森の主が気にかけている森の一つで、そこの木が最近、元気がなくなっていると耳にして、クリティアスに見回りと世話を頼んだのだ。

そこは森全体が病んでいるかのように見えたが、目に見えて病気な木があるわけではない。森だけではない。王都全体が、重苦しい感じがして病んでいるように見えたが、病人がいるわけでもなかった。

ただ、他人事のようにして、やらせようとしたり、都合いいように利用しようとしたり、自己中な人たちが多く見られた。自分のことに手いっぱいになりすぎて、周りが見えなくなっているアルテアも、王都の人たちをとやかく言えなくなり始めていたが、本人はそれに気づく余裕はなかった。

アルテアは王都に来た時にこう思ったことすら忘れていた。


(私、凄く緊張してるのかも。なんか、息しづらい)


緊張なんて関係なく、重苦しい状態になっていただけなのだが、その理由を王都に長くいる者たちも、アルテアのように初めてやって来た者たちも、それが何を意味しているかを知らなかった。

息がしづらいことで、頭が上手く回っていないようになっていた。アルテアは、自分が絶不調なため、少しずつ具合が悪いことになっていることすら気づいていなかった。


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