与えてもらった名前を名乗ることで未来が大きく変わるとしても、私は自分で名前も運命も選びたい

珠宮さくら

文字の大きさ
上 下
51 / 111
第3章

しおりを挟む

アルテアが住んでいた家の近くにあったあの街の人々の1年間の読書数は、王都の10倍を軽く超えていた。借りるだけでなくて、本の購入率も上がっていて、王都にもぜひそういうところを作りたいものだとその司書は言っていたが、それにアルテアは関わらないようにした。


「あの街でもできたんですから、ここでも……」
「……」


どうやら、簡単にできると思っているところもあるようだ。


(あの街でもって、見下した言い方も好きになれないな)


最初のぞんざいな態度から、すり寄ってくる感じにアルテアは苦手だと思ってしまったのも大きかった。


「ですから、アルテアさんのお力があれば、ここならもっと凄いことになるはずです! やってみてください!」
「……」


やってみたいから、力を貸してくれという話にはならなかった。どうあっても、アルテアを見かけるたびにやらせようとするのだ。そこも、好きになれなかった。


(あれは、エウフェミアさんの趣味のお菓子作りと本好きやらがマッチしたのとエウフェミアさんのお菓子を妖精たちのところでも食べれるようにしただけだし。本好きで、お菓子作りが好きな店員も雇ったりして、森の主のところに定期的に届けるようにしたのも、妖精たちのところでなくて、森に住んでいる者が無類のお菓子好きってことで届けられている状態になってるのよね)


だが、エウフェミアが連絡した司書は本を読む人を増やしたいという熱意は凄くあるが、それをアルテアに丸投げしているばかりで、どうにかしてもらおうとしているのがありありとわかる人だった。


「……そこまでおっしゃるなら、ここの司書としてやってみては?」
「え? そんな、私はそういうの向いてないんで」
「……」
「アルテアさんは、やったことあるじゃないですか。なので、ぜひ、ここでも!」
「……」


自分は向いてないからとアルテアにばかりせっつくのだ。見かけるたび、話しかけて来るのだが、そんなことばかりで図書館を利用したいのにさせてもくれないのだ。


(こういうところね。自分でやろうとしないところ。言うだけ言って、自分は何もしないで。自分がしたかのようにおいしいところを持っていく。そんな感じがする。駄目だ。構ってられない)


アルテアも、王都に来たばかりで右も左もわからないのに構っていられなかったのも大きかった。


「すみません。私は、学生なので。こういう大きなところでは、企画するにも掛け合わなければいけないことがたくさん出てくるはずです。まずは、企画書を上の人に提出してみては?」
「え? か、掛け合い? いや、それもやったことないので、アルテアさんにできればやってほしいです。手伝えることあれば、やるんで」
「……」
「ほら、私、そういうの不得意なんで。そんな企画書書いても、いい案でもボツになりますよ」
「……」


やってみようともせずにそんなことを言うのだ。それにどれだけ失望したことか。これ以上、落ちるとこない程、落ちたというのに司書は気づいてもいないようで、それにもアルテアは付き合いきれそうもないと思ってしまった。


(やりたければ、自分でやれるところからやればいいのに。何で、何から始めたらいいかって聞かないんだろうと思えば、そもそも羨んでいるだけで自分が中心でやる気もないのね。ここでも、やってみないかって、私は司書にも、本屋やカフェをやるつもりもないのに。ここには、勉強しに来たのをそもそも忘れてるわよね。それに簡単にできるって思っているのが、そもそも間違いよね。エウフェミアさんや他の人たちが、どれだけ頑張って来たことか。それをあの街にもできたことで、済ませてしまえるんだもの。話しが合うはずないわよね)


その上、この司書は読むのが好きでエウフェミアのように自分でも本を買い漁って収集しているわけでもなかった。

貸し出しの本は、王都のような立派な図書館がない街で、エウフェミアの私物の本があるからできることも大きかった。新しい本の購入資金は街が援助してくれてもいる。

王都には大きな図書館が元々あるのだ。利用率を上げる企画をすればいいのにその司書は、エウフェミアがあの街でしたこととまるっきり同じことをすれば利用率があがると思っているようで、その辺も見聞きしていたアルテアは、益々関わりたくないと思ってしまった。臨機応変さがないのだ。

その司書だが、アルテアが全く思うように動いてくれず、学園での噂を聞いたようで、そのうち話しかけて来なくなるのも、向こうの方が早かった。


「あの、この本について関連するものは、どこにありますか?」
「……」


こっちが、本のことを聞こうとしても、無視されるほどだった。ただ、本のことを聞いているのに司書の仕事すらしなくなったのだ。


(私の知り合いだって思われたくないってことね。でも、あれだけ話しかけてきておいて、今更よね。長いものには巻かれろって感じが凄いわね。やっぱり私がどうこうしたいと思わないだけはあったみたいね)


アルテアも、その司書が他人のふりをするのにあわせて他人のふりをするのも、すぐのことだった。

エウフェミアにも、それを知らせておいた。向こうも、最初アルテアのことをやたらと聞いて来たかと思えば、何事もなかったようにアルテアのみならず、エウフェミア自体も無視されるようになり、変だと思っていたようで、とんでもないのを紹介したと手紙で謝罪された。


(エウフェミアさんが、悪いわけではないのに)


その司書は、前はそんな人ではなかったようだ。王都で頑張っても評価されないことを思い知って、そういう人になってしまったようだ。

王都は、エウフェミアがいた頃より住みにくいところになっていたようだ。それをアルテアも、知ることになったが、そんなこと知りたくなかった。

なにはともあれ、無駄に広いだけで司書たちが私物化して読書三昧をしている図書館を利用しようとする者は、王都ではほとんどいなくなっていた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。 誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。 幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。 ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。 一人の客人をもてなしたのだ。 その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。 【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。 彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。 そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。 そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。 やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。 ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、 「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。 学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。 ☆第2部完結しました☆

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

異世界転移~治癒師の日常

コリモ
ファンタジー
ある日看護師の真琴は仕事場からの帰り道、地面が陥没する事故に巻き込まれた。しかし、いつまでたっても衝撃が来ない。それどころか自分の下に草の感触が… こちらでは初投稿です。誤字脱字のご指摘ご感想お願いします なるだけ1日1話UP以上を目指していますが、用事がある時は間に合わないこともありますご了承ください(2017/12/18) すいません少し並びを変えております。(2017/12/25) カリエの過去編を削除して別なお話にしました(2018/01/15) エドとの話は「気が付いたら異世界領主〜ドラゴンが降り立つ平原を管理なんてムリだよ」にて掲載させてもらっています。(2018/08/19)

没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~

土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。 しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。 そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。 両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。 女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

前世の記憶が蘇ったので、身を引いてのんびり過ごすことにします

柚木ゆず
恋愛
 ※明日(3月6日)より、もうひとつのエピローグと番外編の投稿を始めさせていただきます。  我が儘で強引で性格が非常に悪い、筆頭侯爵家の嫡男アルノー。そんな彼を伯爵令嬢エレーヌは『ブレずに力強く引っ張ってくださる自信に満ちた方』と狂信的に愛し、アルノーが自ら選んだ5人の婚約者候補の1人として、アルノーに選んでもらえるよう3年間必死に自分を磨き続けていました。  けれどある日無理がたたり、倒れて後頭部を打ったことで前世の記憶が覚醒。それによって冷静に物事を見られるようになり、ようやくアルノーは滅茶苦茶な人間だと気付いたのでした。 「オレの婚約者候補になれと言ってきて、それを光栄に思えだとか……。倒れたのに心配をしてくださらないどころか、異常が残っていたら候補者から脱落させると言い出すとか……。そんな方に夢中になっていただなんて、私はなんて愚かなのかしら」  そのためエレーヌは即座に、候補者を辞退。その出来事が切っ掛けとなって、エレーヌの人生は明るいものへと変化してゆくことになるのでした。

処理中です...