与えてもらった名前を名乗ることで未来が大きく変わるとしても、私は自分で名前も運命も選びたい

珠宮さくら

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第3章

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アルテアが住んでいた家の近くにあったあの街の人々の1年間の読書数は、王都の10倍を軽く超えていた。借りるだけでなくて、本の購入率も上がっていて、王都にもぜひそういうところを作りたいものだとその司書は言っていたが、それにアルテアは関わらないようにした。


「あの街でもできたんですから、ここでも……」
「……」


どうやら、簡単にできると思っているところもあるようだ。


(あの街でもって、見下した言い方も好きになれないな)


最初のぞんざいな態度から、すり寄ってくる感じにアルテアは苦手だと思ってしまったのも大きかった。


「ですから、アルテアさんのお力があれば、ここならもっと凄いことになるはずです! やってみてください!」
「……」


やってみたいから、力を貸してくれという話にはならなかった。どうあっても、アルテアを見かけるたびにやらせようとするのだ。そこも、好きになれなかった。


(あれは、エウフェミアさんの趣味のお菓子作りと本好きやらがマッチしたのとエウフェミアさんのお菓子を妖精たちのところでも食べれるようにしただけだし。本好きで、お菓子作りが好きな店員も雇ったりして、森の主のところに定期的に届けるようにしたのも、妖精たちのところでなくて、森に住んでいる者が無類のお菓子好きってことで届けられている状態になってるのよね)


だが、エウフェミアが連絡した司書は本を読む人を増やしたいという熱意は凄くあるが、それをアルテアに丸投げしているばかりで、どうにかしてもらおうとしているのがありありとわかる人だった。


「……そこまでおっしゃるなら、ここの司書としてやってみては?」
「え? そんな、私はそういうの向いてないんで」
「……」
「アルテアさんは、やったことあるじゃないですか。なので、ぜひ、ここでも!」
「……」


自分は向いてないからとアルテアにばかりせっつくのだ。見かけるたび、話しかけて来るのだが、そんなことばかりで図書館を利用したいのにさせてもくれないのだ。


(こういうところね。自分でやろうとしないところ。言うだけ言って、自分は何もしないで。自分がしたかのようにおいしいところを持っていく。そんな感じがする。駄目だ。構ってられない)


アルテアも、王都に来たばかりで右も左もわからないのに構っていられなかったのも大きかった。


「すみません。私は、学生なので。こういう大きなところでは、企画するにも掛け合わなければいけないことがたくさん出てくるはずです。まずは、企画書を上の人に提出してみては?」
「え? か、掛け合い? いや、それもやったことないので、アルテアさんにできればやってほしいです。手伝えることあれば、やるんで」
「……」
「ほら、私、そういうの不得意なんで。そんな企画書書いても、いい案でもボツになりますよ」
「……」


やってみようともせずにそんなことを言うのだ。それにどれだけ失望したことか。これ以上、落ちるとこない程、落ちたというのに司書は気づいてもいないようで、それにもアルテアは付き合いきれそうもないと思ってしまった。


(やりたければ、自分でやれるところからやればいいのに。何で、何から始めたらいいかって聞かないんだろうと思えば、そもそも羨んでいるだけで自分が中心でやる気もないのね。ここでも、やってみないかって、私は司書にも、本屋やカフェをやるつもりもないのに。ここには、勉強しに来たのをそもそも忘れてるわよね。それに簡単にできるって思っているのが、そもそも間違いよね。エウフェミアさんや他の人たちが、どれだけ頑張って来たことか。それをあの街にもできたことで、済ませてしまえるんだもの。話しが合うはずないわよね)


その上、この司書は読むのが好きでエウフェミアのように自分でも本を買い漁って収集しているわけでもなかった。

貸し出しの本は、王都のような立派な図書館がない街で、エウフェミアの私物の本があるからできることも大きかった。新しい本の購入資金は街が援助してくれてもいる。

王都には大きな図書館が元々あるのだ。利用率を上げる企画をすればいいのにその司書は、エウフェミアがあの街でしたこととまるっきり同じことをすれば利用率があがると思っているようで、その辺も見聞きしていたアルテアは、益々関わりたくないと思ってしまった。臨機応変さがないのだ。

その司書だが、アルテアが全く思うように動いてくれず、学園での噂を聞いたようで、そのうち話しかけて来なくなるのも、向こうの方が早かった。


「あの、この本について関連するものは、どこにありますか?」
「……」


こっちが、本のことを聞こうとしても、無視されるほどだった。ただ、本のことを聞いているのに司書の仕事すらしなくなったのだ。


(私の知り合いだって思われたくないってことね。でも、あれだけ話しかけてきておいて、今更よね。長いものには巻かれろって感じが凄いわね。やっぱり私がどうこうしたいと思わないだけはあったみたいね)


アルテアも、その司書が他人のふりをするのにあわせて他人のふりをするのも、すぐのことだった。

エウフェミアにも、それを知らせておいた。向こうも、最初アルテアのことをやたらと聞いて来たかと思えば、何事もなかったようにアルテアのみならず、エウフェミア自体も無視されるようになり、変だと思っていたようで、とんでもないのを紹介したと手紙で謝罪された。


(エウフェミアさんが、悪いわけではないのに)


その司書は、前はそんな人ではなかったようだ。王都で頑張っても評価されないことを思い知って、そういう人になってしまったようだ。

王都は、エウフェミアがいた頃より住みにくいところになっていたようだ。それをアルテアも、知ることになったが、そんなこと知りたくなかった。

なにはともあれ、無駄に広いだけで司書たちが私物化して読書三昧をしている図書館を利用しようとする者は、王都ではほとんどいなくなっていた。


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