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第2章
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しおりを挟む王子の元に切り分けたお菓子を届ける仕事をしている妖精をアルテアは見つめていた。羽根で飛んでいるから階段で躓くなんてことはないはずだが、蹌踉めくことは何度かあった。
(大変な仕事ね。自分が真っ先に食べれそうな距離に居るのに食べれないなんて、可哀想に見えてならないわ。流石にお菓子を切り分けて届ける仕事をすることになるとは思わなかったのでしょうね)
そんなことを思っているとカレルが、それをようやく口にした。
【っ!?】
【で、殿下! 大丈夫ですか?!】
蹌踉めいた王子に駆け寄ったり、護衛らしい者たちが、瞬時に王子を囲んでアルテアに殺気を向けて来た。
アルテアは驚いていたが、その殺気は凄まじいものだった。
(っと。え? なんか、あわない物でもあった??)
ユグドラシルは、そんなことを言ってはいなかったがとアルテアは、そんな心配をしてしまった。
殺気を向けられている中で、アルテアはカレルを心配そうに見ていた。妖精たちは、何が起こっているのかとおろおろしている者が殆どだった。
【だ、大丈夫だ。こんな美味しい物を初めて食べた。そうか、これが、お菓子というのだな】
【そ、そんなに美味しいのですか?】
美味しいと聞いて、妖精たちのそわそわは凄いことになった。
そして、殺気立つ護衛たちも落ち着くのは、すぐだった。流石は、護衛だ。王族を守ることに一切の迷いはない。そこでアルテアは感激していた。殺気を向けられたというのにだ。護衛の面々だけが、お菓子に気を反らすことはなかった。……今のところはだが。
【種類が色々あるのは、蜂蜜とやらの違いもあるのですよね?】
「そうです」
カレルは、さも食べ比べて全部を試食しなくてはならないと王族としての務めのように言い、それが口実なのは明らかだった。
アルテアは、それに何も言うことはなかった。
(まぁ、全部を試食してもらおうとは思っていたけど……。この中で、凄いわね。というか、毒見もいないのね。妖精の危機管理が気になるわ。これは、あそこを通れたっていうのとユグドラシルが名付けたっていうのが信用と信頼に繋がっているようだけど)
流石は、王子というべきか。妖精たちが凝視する中で、しっかり全部のお菓子を試食した。がっつきたいだろうが、品よく食べる辺り、王族だとアルテアは変な感心をしてしまっていた。
【で、殿下。いかがでしたか?】
側に仕えている者が、カレルが余韻に浸っているのに痺れを切らしたのか話しかけていた。
【……うん。凄く幸せな気分だ。こんなに外のお菓子とは、美味しいものなんだな】
「えっと、すみません。感激していただいているところ申し訳ないのですが、それ、私の手作りなものでして。そんなに大層なものでは……」
【手作り?! 凄い! あなたにここでお菓子作りをしてもらえたら、いつでも食べられるということですね!】
カレルの言葉に妖精たちの視線が、一気にアルテアに向いた。それにはアルテアは狼狽えそうになった。さっき、物凄い殺気を向けられたのに身の危険を感じなかったのにだ。
「あー、えっと、その辺のことなんですが、ここで採れる物と外のお菓子とを交換したりできたらなと思っているんです。私みたいなのは、そう居ないらしいので、私がここに居続けるのは、無理があるかと」
【そうですね。あなたには、今後とも仲良くしてもらわないと物々交換は成り立たなくなりそうですね】
外との交流ができる者がいないとお菓子の材料が手に入らないと思ったようだ。期待するのも早いが、諦めるのも早いようだ。
(わかりやすいかも。うん、物凄く。これは、蜂蜜をここで採れるようにするのは、まずいわね。甘い物の材料は、外からってことにして正解そうね。自給自足ができたら、外は必要なくなることになってしまうもの)
アルテアは、そんなことを思わずにはいられなかった。長らくアルテアのような人間が現れなかったことで、それが強いのもあるのだろう。
だが、カレルは物凄く素直な方のようだ。アルテアが、ユグドラシルに名前をつけられた者だとわかって、閉じ込めるのは駄目だとすぐに思ったようだ。
お菓子の作り手がここに居ればと思いつつ、材料が手に入らなければ作りようがないのだ。それは妖精たちが身をもって知ったことだろう。
(甘い蜜より、お菓子の方が上になっているようにも見えるわね。よほど、お菓子が好きなのね。それこそ、血肉に染み渡る程に妖精たちは、甘い物でできている。そんな感じがする)
アルテアは、話を詰める前に妖精たちの圧力に負けた。
「えっと、妖精の皆さんにも、食べてもらった方が、よろしいかと。今後のことに皆さんの同意がないと上手くいかないことになるので、賛同してもらえるとありがたいです」
【あ、そ、そうですね。皆の者、私はこの方を歓迎することにする。今の話を聞いていたと思うが、今後のこともある。しっかり味わって、どうするべきかを考えてみてくれ】
「できれば、皆さんの一番美味しい物を教えてください。それが、励みになって、より美味しい蜜になるので」
カレルがそう言うと歓声があがって、お菓子に群がった。
(す、凄い。どこにいたのかもきになるけど、足りるかな? ……絶対、足りないわね)
ファッションショーよりも凄いことになったのは、甘い物が食べれると思ってのことのようだ。
どこに隠れていたのかという妖精たちが、現れたことにアルテアはぎょっとした。
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