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第2章

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妖精たちとお近づきになるために蜂蜜を使ったお菓子をあれこれ作った。森の住居で、アルテアは納得いくものができるまで試作をしていた。


(こんな感じかな?)


ユグドラシルから、妖精の背丈や甘い物の好みを詳しく聞いて女王蜂たちがくれた蜂蜜を使ったお菓子をそれぞれ作った。

流石に食べ比べてもらって聞けばいいと言われても、甘さの上限やらは聞いた。

でも、甘い物ならほぼ何でもみたいな答えをユグドラシルにされてしまい、アルテアはあまり参考にならなかった。とにかく、それがお菓子なら何でもいいようだ。


(人間の私の甘さの好みとクリティアスさんの好みじゃ、わからないものがあるのよね。かといって、甘いのを取りすぎて太るとかあると問題になりそうだし。……困ったな)


思いつくままにレシピを考えたが、想像通りにできていた。それを作ってみてアルテアは、こんなことを思った。


(記憶を失くす前の私は、お菓子作りが好きだったのかな? それが、こんなところで、こんなことをやっているとは、前の私は想像もしていなかったのは間違いないわよね。記憶がある今でも、夢を見てる気がするもの)


そんなことを考えていた。だからと言って、記憶がない部分について、あれこれ考えたところで答えが出るわけではない。思い悩んでいても仕方がない。

昔のことを考えるのをアルテアはすぐにやめた。思い出せるなら頑張るが、今のところは頑張る気がそもそもアルテアにはわかなかった。

あとは、妖精の住むところに入れるかどうかだ。アルテアは、お菓子作りまでしたが、ここまでしておいて入れるとは欠片も思っていなかった。


(ユグドラシル様やクリティアスさん、女王蜂たちには悪いけど、私が妖精に会えることになるなんて、あり得ないわ。そう、作ったお菓子も、しばらくおやつに事欠かないことになるだけのことよ)


アルテアは、そんなことを思いながらも、次の日には例の場所にいた。見える風景にアルテアは思わず微笑んでいた。


(やっぱり、美しいな。でも、何でだろ。こんなに素敵な風景なのに無理だと思っているし、さっさと試して駄目だって言えばいいだけなのに。……駄目だった時を想像したら、そっちがショックな感覚もある。私って、優柔不断なところもあったのかな? とても複雑な気分だわ。……よしっ、さっさと済ませよう)


意を決してアルテアは見える美しい花畑に足を踏み入れることにした。駄目なら、どうなるかを聞いたが、入れないだけだと言われた。多分と付け加えられたユグドラシルの言葉に不安もあったが、痛い思いをしないで済むなら、それが一番いい。だが、どうなることやら。その辺は、やってみるしかない。


(妖精に会えるのは魅力的だし、このお菓子を喜んでくれるところを見たいけど。……そうよ。せっかくなら、お菓子を食べて喜んでほしい。あんなのに楽しそうな声がしていたんだもの。お菓子を食べたら、更に喜ぶはず。それをぜひ、見てみたいな)


ふと、そんなことを思っていた。そのせいか気づいたら、アルテアは花畑に1人で立ち尽くしていた。


(っ、え?? 嘘、入れた?!)


アルテアは、入れないのではないかと思っていたが、すんなりと入れてしまったことに驚いてしまった。

入る前に見えていた不思議な感じが、あちら側の景色に上乗せされているようにアルテアには見えた。アルテアは、物凄く変な気分だった。


(入れちゃった。えっと、どうしよう)


入れたことに驚き過ぎて外から見えていたより、もっと素敵な光景に立ち尽くして固まってしまった。言葉にできないほど美しい。こんな光景を目撃できる人間は、アルテアの前にどれだけいたのだろうか。大勢ではなかったはずだ。


「なんて綺麗なの」


心から、アルテアはそう思った。森の中で見たことある花よりたくさんの種類の花が咲いていた。世界中の花をここに集めたかのように美しい花々が色とりどりに咲いていた。

ここの季節は移り変わることがないのかも知れない。花たちにとっていい季節のままが、妖精にとっての普通なのかも知れないとアルテアは思った。


(あちら側から見えたのは、入らせたくないからなのかな? 入った途端、変な不安が消えた。……なんか、こんな感じ前にもあった気がする)


こういうところで妖精だけで、どのくらい過ごしていたのか。外と交流していた頃のことを知っている者が、どれだけいるのか。


(そもそも、妖精の寿命がどのくらいなんだろう……?)


ここに来て、ユグドラシルに聞いておけば良かったとアルテアは思いつつ、それらすらどうでもよくなった。


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