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第1章
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しおりを挟む少女は色々と考えてしまっていたが、ふと森の主はこんなことを言った。
“名前がなくては、何かと大変でしょう。そうですね。クリティアス、あなたに名前を贈っては?”
「は? 記憶もない人間にそんなことしたら、笑いものにされる。それにそんなことで、騙すように夫婦になる気はない」
「夫婦??」
「気にしなくていい」
クリティアスの言葉に何のことだと思ってしまった。クリティアスは少女の方を向くことなく、そう言われてしまった。物凄く早く返された気がする。
ユグドラシルは、くすくすっと楽しげに笑っていた。見たことない大樹で、森の主と言われるだけはある。
“なら、私が贈っても?”
「えっと」
「貰っとけ。この森の主からの名前なら、役に立つぞ」
「そういうものなの? でも、住むところを貰ったのに。これ以上なんて、貰いすぎてるんじゃないかな? 見返り欲しくてやったわけじゃないし、ほぼやることなくて、クリティアスさん巻き込んで好きなことやってたようなものだし」
(この森に住めて、ベッドがある。それ以上のことを昨日までは、考えてなかったのよね。しかも、名前って言われると……。前の名前は、誰が付けてくれたんだろ。思い出せないけど、なんか、思い入れでもあった気がしなくもないのよね)
名前を聞いて、ついそんな風に返してしまっていた。ユグドラシルにつけてもらいたくないわけではないし、なければ困るのもわかっているが、ベッドの時のような煌めきをその瞳に宿すことはなかった。複雑な思いが、そこに凝縮されていた。
“あなたは、等価交換をしないというのは、本当のようですね”
「? んー、商売なら値切るのも、オマケするのも、されるのも好きですけど。木々たちは、私の知らないことを色々教えてくれました。木の実だって、取り頃の話題を教えてくれたりしてたし、薬草もそうです。私は、あなたの代わりに何かする気はありません。自分が生き残るためにしたことです。なのに名前までは……」
少女は、怖いもの知らずにも断ろうとした。それにクリティアスは、ぎょっとしていた。そんなことする人間は前代未聞なのだろう。
でも、ユグドラシルがそれで気分を害することはなかった。むしろ、益々気に入ったようだ。
“あなたは、本当に善良な人間ですね”
「そうでもないと思いますけど」
そんなことを言いながら、小鳥が少女の頭の上に止まっても慌てることなく落ちないようにした。それが初めてではないことも大きかった。他の動物も側によって来るまでになったが、こうも遠慮がないのは、この小鳥くらいだ。
「君は、私のことを移動手段にしてるの? それとも、ただの休憩?」
ぴぃと可愛く鳴く小鳥を退けさせることはなかった。食べ頃の木の実の情報を知っている人間として、そこに行こうと思っている節があった。頭に乗るのは、僅かだ。肩やらに乗って来る方が多い。
少女は、小鳥の鳴き声にポツリと呟いた。
「どっちもな感じがする。その短い鳴き声に凄いたくさん詰め込むわね」
ちょっとげんなりした感じだが、少女は下手に動かなかった。小鳥が危うくバランスを崩すことはなかった。
クリティアスは、そんな少女に話しかけた。
「……退けるか?」
「いいよ。……えっと、すみません。お話しの途中なのに」
ユグドラシルは、今まで以上に楽しそうに大笑いした。
それにクリティアスは、ぎょっとしていたが、小鳥を頭に乗せた方は、目をパチクリさせてキョトンとした。かなり間抜けな光景だ。本当は首を傾げたかったができなかった。全ては、頭から退く気のない小鳥がいるからだ。
“あなたは、純粋な生き物に好かれるのですね。ここまで、善良な人間は、久々に見ました。なんて、懐かしいのでしょう”
「??」
善良と何度も言われても、そうは欠片も思っていないのは少女だけだった。
クリティアスも森の主に同意していた。懐かしいという言葉は、よくわからないが。頷いていたから、同意しているのだろう。ツキノワグマが、腕を組んで頷く様は中々の貫禄がある。
もっとも、それを見ても少女は怖いと思うことはなかった。
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