与えてもらった名前を名乗ることで未来が大きく変わるとしても、私は自分で名前も運命も選びたい

珠宮さくら

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第1章

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“手、それ、効く”
「これ、私に?」


森に住んでいる動物が、薬草を持って少女の側までやって来た。直ぐ側までではない。木々に頼まれたのかと思ったが、これも森の主のしたことだったようだ。眠っていても、森のためにしてくれた者に礼を尽くすのが、森の主と呼ばれるだけはあるようだ。

ちらちらと動物たちは少女を見ていた。でも、少女の手の届くところまでは来なかった。恐る恐るそこまで運んだが、怖がっているように見えた。


「届けてくれたのね。ありがとう」


リスとうさぎの数匹が、少女の側にそれを置いて、お礼を言われたことに驚いた仕草をしたかと思えば、すぐに居なくなってしまった。


(? クリティアスさんが、怖かったのかな?)


そんなことを思ってクリティアスを見ていたが、彼が口にしたのは別のことだった。


「あいつらは、話せない。あのままだ」
「それって……」


(どういうこと?)


あのままという意味が、少女にはよくわからなくて、ただ彼を見た。


「家族に追い出されたり、役立たずとして捨てられた連中だ。この森の木々たちと暮らしている。他に行き場がない」
「そうなの」
「言葉を理解しているが話せないから、関わりたくないんだろう」
「どうして?」
「自分たちが話せないからだ」
「? それなら、ボディランゲージとか。会話の手段なら、他にもあるでしょ?」
「……」
「話をするのに必要なのは、言葉だけじゃないわ」


少女は、そんなことを言って、すぐに消えた動物たちに声をかけた。


「お話しする気になったら、いつでも近くに来てね! 言いたいことあるなら、身振り手振りとかあるし。これ、本当にありがとう!」
「……」
「木の皆さんも、ありがとう」
“手、それ、効くわ”
“とっても、効くよ”
「そう。えっと、どう使えばいいのかな?」
「貸せ」


クリティアスは、薬草を水で濡らすと揉んだ。その光景のシュールさに少女は、何とも言えない顔をしていた。


(洗濯とか、上手そう)


その手つきで、そんなことを思ってしまった。記憶がないはずなのにおかしなことだ。そもそも、熊が洗濯なんておかしなこと考えるのは、この少女くらいだろう。

クリティアスは、そんなことを少女が考えているなんて思いもせずに少女を見た。


「手を出せ」
「あー、それって、もしかして……」
「その手なら、しみるだろうな」
「……」


(やっぱり。……あー、でも、凄く効きそうよね。しみるって、そういうことよね)


少女は、視線をきょろきょろさせてから、意を決して血豆のできた手をクリティアスに差し出した。

薬草は、凄く効きそうではあった。そして、少女が想像していた以上に物凄くしみた。


(いったい!!)


少女は、その痛みに叫びそうになったが耐えた。自分がやると言い出したことだ。そんなことで叫びたくなくて必死に耐えた。


(これ、片方ずつしたら、駄目なやつだわ)


こんなにしみるのかと思うほどだった。これほどしみる治療をされたことはない気がした。


(覚えてないけど)


「大丈夫か?」
「ん~」
「大丈夫なわけないな。これにこりたら、水運びなんてやるな。お前には、力仕事は無理だ」
「でも、やりたかった。私が言い出したことだし、後悔はしてない」
「……」


涙をためながら、クリティアスにそう言った。それは10歳ほどの少女の顔つきではなかった。


「……頑固だな」
「そうみたい。と、どうしたの?」


さっき、薬草を運んで来た動物とそうではないのが、少女の側に木の実を運んで来ていた。それこそ、大きな葉っぱを引いてから、そこに木の実を置き始めたのだ。


「木の実??」
“お礼”
“食べて”
「いいの? ありがとう! 運んでくれたのね。あなたたちも、ありがとう」
「……」


さっきは、すぐに帰ったリスやうさぎが、少女の側に付かず離れずのところにいた。そこから、ちらちらと少女を見ていた。


「ん?」
「……」
「どうしたの?」
「……」


何か、そわそわとしていたが、他の動物がそんな数匹をそこにいさせまいと寄って来て、名残惜しそうに離れて姿を隠してしまった。

少女は、それに心底残念そうにした。


(残念。まぁ、これからよね)


少女は、言葉が駄目ならばと手を振った。しみる痛みも、それでどうにか忘れられるかと思ったが、痛いものは痛いままだった。



(あ、でも、物凄くしみた後だからか。ズキズキ痛いのは落ち着いたかも。これなら、明日も水やりできそうね)


そんなことを少女は思っていた。


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