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第1章
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しおりを挟むあれから、なんだかんだ言っても熊は、水やりを手伝ってくれた。意外に面倒見が良いようだ。そうせざる終えないようなことばかりしている少女は、他人事のようにこんなことを思っていた。
熊のことではない。自分の手を見つめていた。
(血豆なんて、初めてできた。……ん? 初めてよね??)
少女は血豆のできた手は痛かったが、それよりも熊の方を見た。痛いなんて顔をしないように気をつけてもいた。やるといい出したのは、誰でもない彼女だ。やはり、やるんじゃなかったなんて思われたくないし、思いたくもない。
だから、なおさら何でもない平気な顔を少女はした。そこは、意地だ。いや、自棄だったかも知れない。
その日、目覚めた時には思っていなかった少女の1日が終わろうとしていた。頼まれたわけでもないないのに少女は、ひたすら水やりをしていた。
水をもらう木は喜んでいた。そうでない木は辛辣だったが、少女はなぜか木の暴言は聞こえていなかった。
熊には聞こえていた。少女にも聞こえていると思っていたが、そうではなかった。だから、平然としていたが、熊は10歳ほどの少女に大人げないことをしていると思っていた。
「今日は、ありがとう。えっと、熊さん」
「……クリティアスだ」
呼び方に困って少女は、思わずそう呼んだせいか。物凄く嫌そうな顔で名前を教えてくれた。
名乗られたら、名乗らないわけにはいかないのだが少女は困って、血豆ができた痛みで何でもない顔をしていたが、名乗る名前がないことに泣きそうな顔をした。
「クリティアスさん。えっと、私は、誰なのかわからなくて。名乗れなくて……」
(こういう時に不便ね)
名前がわからないことを少女は、その程度のように思っていたが、その表情は迷子になった子供のようでもあって、大事なものを失くして途方に暮れているようにも見えた。
他の何を失くしても、それが一番何にも代え難いものだったのにそれすら、本人は覚えていないようにクリティアスには見えた。
それも、ほんの少しの間のことで彼女は気づかないまま、その表情は消えた。
クリティアスと名乗った熊は、首元に白い線が月のようなものがあって、白い部分がある以外の毛皮が黒いツキノワグマで、毛艶がいいとはお世辞にも言えなかった。
それだけ苦労しているのが、ありありとわかるような感じが出ているが、少女がふと思ったツキノワグマと何かが違って見えた。
覚えてはいないはずなのに目の前の彼が、熊ではなくて人間のように見えてならなかった。
(あれだけ、チャックの有無を見たのにまだ中が人間だと思ってる私も中々よね)
そんな思考に行き着くことに少女は、重要なのはそこではないと思考を巡らせた。
熊の種類は、他にヒグマくらいしか思い出せないが、模様からツキノワグマだと思ったところに舞い戻った。
(ここでは、そう呼ぶか。わからないけど。ん? ここではってなんだろ??)
名前は思い出せないままだが、知識が飛び出して来るせいで、おかしな気分になっていた。いや、元から思考の傾向が一般的ではないようだが、なぜなのかが本人にはさっぱりだった。
少女が、ちょっと混乱している状態となっているとクリティアスが、こう聞いてきた。
「本当に記憶がないのか?」
「うん。名前に関しては全く。あなたに会うちょっと前に目が覚めて。その前まで、どこで何していたか、さっぱり。あんなところで、寝てるって変よね……?」
「……」
(ん? 寝てた、のよね、)
ケロッと全くないなんて言いつつ、他人事のようにしていたが、記憶が曖昧なところがあって首を傾げている少女にクリティアスは呆れた顔ではなく、複雑な顔をした。
それこそ、血豆ができた手が痛々しいが、少女はにこにことしたままだった。つい先程まで、名乗る名前がわからない時に見せた自分が、どんな顔をしていたかに全く気づいていないようで、彼の方が深刻そうにしていた。
そんな血豆だらけの手をして、平気なふりをし続けられるこの年代の少女は、早々いないだろう。
“その子、突然、現れたのよ”
「え?」
“そうよ。突然だったわ”
木たちの声に目をパチクリさせてしまった。バッチリ見られていたようだ。
怪我した若い木だけでなくて、水やりを他の木々にも丁寧にしていた。優しく話しかけてくれる少女に好印象と好感を持ったようだ。でも、水をもらった木々だけだ。
そもそも、そんな風に話しかけてくれる人間など、この森の中に久々に現れた。木々にとっての久々は、人間なんかの久々とは全然桁が違っていたが、少女は雨が恋しくてたまらなくなっている木々の気持ちがわかって水やりをしたのだ。
それをやるのをクリティアスは、黙って見ていた。話すこともできない木々も中にはいたが、別け隔てなく接していた。その手に血豆ができようともお構いなしに黙々と水やりをやるクリティアスより、効率がかなり悪いが、木々が喜んでいたのは、彼女のやり方の方だったのは確かだ。
そして、古株の木は、そんな少女に悪態をついていた。それは、とても見苦しいものだったが、それが聞こえていたのは、クリティアスと他の木々たちだけだった。
そんな古株の木たちは、その後、自分たちが何をしていたかを知ることになる。この森の若い木たちを必死に助けようとしている少女に酷いことをしていたことに心を痛めることになるのだが、それが聞こえていなかったことを誰も知らないままになるとは思もしなかった。
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