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第1章

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何とか桶を運ぶ分を水で満たし終えた頃に熊の顔を見た。


「駄目だったかな?」
「……んなことしてたら、日が暮れるぞ。ここしばらく、まともに雨が降ってないから、水やりなんてしてたら、どの木も水をほしがるに決まっている」
「そこは、若い木に譲ってもらうしかないわ。幹の太い木は蓄えてるる水分量が違うはずだから。木の実を付けている若い木は、念入りにに水やりをしてやらなきゃ、大変なことになる」
「……」


少女は、そんなことをぽつりと呟いていた。それに熊は怪訝そうにしていた。それに彼女は気づいてはいなかったが、無言なことに耐えられなくなったのか。こう続けた。


「あー、それにほら、他にやることないし。あ、いや、食べられるって約束があったか」
「食べられるって、お前、それ、俺に食われることを真っ当する気か?」
「え? うん。その約束だったよね?」
「……」


きょとんとした顔をすると熊に物凄く呆れた顔をされてしまった。そんな顔もできるようだ。呆れたというか。こいつ正気か?と思っている気がしてならない。

だが、その表情を見て少女は、こう思った。


(表情豊かだな。ツキノワグマって、こんなに話しやすいものなのかな?)


そうさせている自覚のない少女は、そんなことを思って熊を見ていた。

そもそも、話しやすいなんてことは普通ならないのだが、少女は記憶が曖昧になっているせいで、そんなことを思っていた。


「……んなことしてみろ。俺が、この森から総スカンくらう」
「何で??」
「……」


不思議そうにしながら、自分の分の桶に水をいれた。すると熊にため息をつかれてしまった。


(熊って、ため息つけるんだ。なんか、本当に人間みたい)


そんなことを〇〇は思って首を傾げてしまった。とあることに気づいてしまったのだ。


(もしかして、人間の方が珍しいのかな? 臭いって、人間臭いってこと?? ……別の意味だと嫌だな。いや、人間臭いっていう表現も嫌だけど。……臭いって、響きが嫌すぎる。詳しく追求したいけど、言葉通りだとしたら凹むのは私よね)


ふと、そんなことを思ってしまったが、記憶が曖昧なところがあるからわかるはずがなかったが、記憶がなくとも聞けば解決しそうなことでもダメージが大きそうで聞くに聞けなかった。

そんなことを思っているとツキノワグマに声をかけられた。


「……それ、運ぶ気か?」
「え? このくらい運べるわよ。あなたのより、少ないし」
「……何往復する気だ?」
「えっと、できる限り?」
「……」
「流石に緊急事態だから、大丈夫そうなのには我慢してもらうしかないわね。気候的には暑すぎるんけではないから、毎日同じ木に上げなくとも大丈夫だとは思うけど、若い木がどのくらい生えているかによるかな」


(……というか。この森が、どのくらい広いかにもよるかな)


申し訳なさそうにそう答えたことに熊は、更に呆れた顔というか。何とも言えない顔をした。少女は、なぜそんな顔をするのかと思っていたが、すぐにそんな顔をした理由がわかった。

少女は水を運ぶことを甘く見ていたことを思い知ることになった。何往復どころか。一往復だけで、こんなことを思った


(水を運ぶって、こんなにしんどいのね)


手に血豆ができ始めたのは、何往復かした後のことだった。そこまでになって、熊だけでなくて木々たちが少女にもういいと言って止めようとした。


“もういいよ”
“大丈夫だよ”
「それ以上やると血豆が破けるぞ」
「大丈夫。水があるうちしか配れないから。たくさんはあげられなくて、ごめんね」


若い木々は、折れた若い木を治そうとしたことを聞いて、それだけでも十分なのに水やりを頑張る姿に何とも言えない感じだった。

10歳くらいの人間の女の子が水やりに奔走しているのだ。ほんの少しであろうとも、思いのこもった水に木々は感激していた。

少女は、しばらくは雨が降らないことをなぜか知っていた。だからこそ、誰よりも必死になってできることをしようとしていた。

この時、必死になって水を配ることをしなければ、若い木で実をつけていた木々は半分以上は枯れていただろう。そうでなくとも、若いどころか。幼い木はもちこたえるなんてできないような過酷なものになっていた。

少女が一番危うい幼い木には念入りに水をやって、声をかけ続けたおかげで、幼い木が全滅することはなかった。それでも全部が助かることはなかったが。

でも、彼女はそんな大それたことをした気は欠片もなかった。ただ、本能のままに水を配ることをやめなかっただけだ。

木々たちのほとんどは、いつか雨が降ると思っていたが、期待通りにならずに少女と熊がしたことで、助かった木々がたくさん現れることになってから感謝し続けることになった。

最初の頃の味方は、決して多かったとは言えなかった。幼い木や若い木たちは喜んでいたが、そうではない木は知らんぷりをしていた。なにせ、大丈夫だと思われて、少女からも熊からも水をもらえなかったのだ。拗ねないわけがないが、大人気なさすぎるとも言えなくもなかった。

それでも、線引をきちんとしたことで、彼女が一番危ないと思った木たちは、何もしないまま枯れるのを見ることはなかった。終始、少女が励まし続けていたのも、全部聞いて一生懸命にとうにかしようとしてくれていることに感激していたのも大きかったようだ。

それから、古い木たちは次第に手のひら返しのようなことが起こった。……木に手のひらの部分が、どの辺りになるかは疑問だが。少女に対して、無視を決め込む木は、次第にいなくなることになったのは、確かだ。

みんな、少女の木に対する想いを感じていた。木に対してだけではない。雨が降るまで、森の中にいるものを守ろうと必死になって動いていた。

頼まれたわけではない。彼女は、無意識に動いていた。感謝をしてほしいからしているわけではない。

ただ、この森に住まうものたちが、雨が降るまで乗り切れることをしたかっただけに他ならなかった。


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