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第1章
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しおりを挟むずっと、誰かが運転している車に乗っているような感覚がしていた。おかしな話だが、そのずっとがいつからなのかがわからないが、気づいたらその感覚の中にいた。
それは、目を閉じていてもわかる。あちらに揺られ、こちらに揺られ、独特の振動がしていて、それは目を閉じ続けていてもわかるものだった。
(どこに向かっているの?)
どこに行くために乗ったのか。いつの間にか乗せられていたのかもわからない。
ただ、そんなことを考えている間も物凄く眠くて仕方がなかった。疲れすぎて眠気と格闘しているのか。他に何か理由があるのかすらわからないが、目を開けて今がどういう状況で、どこに向かっているのかを確認することすら億劫だった。
自分では疲れ切っている感覚はあまりなかったが、ただ眠たすぎて身体がいうことをきかない感じはしていた。
(不思議な感じ。何で、こんなに眠いんだろ? 何かに焦っている感覚は全くない。できれば、このまま眠り続けていられるだけいたい気もするけど、その反対に起きなきゃいけないって思ってしまう。……私、何をしようとしてたんだっけ? とりあえず目を開けてみればいいはずだけど、それすら今やらなきゃ駄目なのかって思ってしまう)
矛盾した思考に気づいて、それが不思議でならなかった。それがわかるのになぜ、そんな奇妙なことを思うのかより、そこからは目を開けなくては、起きなくては駄目だと彼女は必死になることになった。そうなると矛盾していることなんて、どうでもよくなった。
(どうにかして、起きなきゃ。こんな寝心地の悪いとこで、惰眠を貪るなんてらしくない。そうよ。絶対に起きなきゃ)
車の中のはずなのに寝心地は、よくなかった。運転が手荒なわけではない。シートがいまいちな気がした。ふかふかとまではいかずとも、それなりの柔らかさが全くないのだ。
それにすぐ近くから、ある匂いもしていた。それは、覚えのあるものだった。
(草の匂いがする。……車の中で、なんで??)
車に乗っているはずなのに変な感じが次第に大きくなり始めていた。
更に耳を澄ますと……。
(風の音。それに鳥の鳴き声と……聞いたことのない声。これは、誰の声? 誰かが、悲しんでる……?)
窓が全開になっているのか。まるで、外にでもいるように鮮明に聞こえていた。そこまで来ると揺れていたのもなくなっていた。
でも、停車した感覚は全くなかった。……なかったはずだ。
そんなことを思っていると気になって仕方がなくなった。それまで、必死になって格闘していたのが嘘のようにゆっくりと目を開けることができた。
するとそこは、彼女が想像していた車の中ではなかった。全く思いもしないところで、彼女は寝ていたようだ。
「あれ?」
10歳くらいの女の子は、森の中の草むらで地面に直接横になって寝ていた。それに首を傾げて上半身を起こしつつ目をパチクリさせた。
「草むら……?」
きょろきょろと見慣れない景色を見渡したが、どんなに見ていても、森の中で寝ていたことに変わることはなかった。
「なんか、乗り物に乗っていた気がするけど……」
先程まで何かの乗り物に乗っている気がしたが、彼女は目が覚めると同時に徐々にその記憶はあやふやなものになった。
それどころか。別のことも思い出せなくなっていたようだ。少女は上半身を起こしてから、首を傾げ続けた。
「名前もわかんないのは困るわよね。私、何で、こんなところで寝てたんだろ??」
そこで、自分の名前どころか。それ以前のことを何も思い出せなくなっていることに気づいて混乱した。
いや、さっきまで思い出せそうな何かがあったが、それすら思い出せなくなっていた。
(思い出せそうなものが、遠ざかっていってる気がするけど。それが、何だったかが既にわからなくなってる。……これって、寝すぎたせい? でも、寝すぎて思い出せないのも変よね。どうなっているの?)
彼女は、思い出せないのなら、呼び名が必要かと新しい名前をどうしたものかと悩んで森の中で、途方に暮れていたわけではなかった。
彼女は、すぐにこんなことを思った。
(名前なんて考えても、呼んでくれる人がいな
きゃ意味はないわよね。それより……)
見知らぬ場所にいるのに不安を覚えることも感じることも、なぜかなかった。存在していることが、嬉しくて仕方がなかった。そこにいられることが、嬉しくてたまらなかった。
自分の名前どころか。それまで、どんな家族とどうやって過ごしてきたかを何一つ思い出せないのに存在していることが、とにかく嬉しくて仕方がなかった。
(変なの。涙が出そう。名前も、これまでのことも何一つ思い出せないのに不安を感じてない。ただ、ここに存在していることが、嬉しくてたまらない。……どんな生き方したら、この状況でそんなことを思えるんだろ?)
見た目が10代に入ったばかりくらいの少女には変な貫禄があったが、今の彼女にはそんなものがあってもなくても関係ないかのようにしていた。
彼女は何も思い出せないまま、見覚えのない空を見つめて、強くなっていく一方の喜びを噛み締めていた。
(素敵なところ。ここ、私のお気に入りだったのかな?)
だから、寝ていたのではないかと思ったが、それに答えが出ることはなかった。
どんなに眺めていても、懐かしさを感じることはなかった。
“痛い、痛い”
「誰?」
ふと不思議な声が耳に届いた。それは、寝ていた間にも聞こえていた気がする。
その声が気になって少女は、そちらに向かうことにした。心から痛がる声が耳からというか。頭の中に直接響くようだった。それが気になって仕方がなかった。
(この声を寝ている間にも聞いた気がするけど、ついさっきのことなのに思い出せない。……変な感じ。この調子で、さっきのことを思い出せなくなるとかだとこの後、大変そう)
彼女は、他人事のようにそんなことを思いながらも、痛がる声の方に歩き始めようとして、まずは立ち上がろうとした。
「っと」
歩き始めようとしたところで、少女は蹌踉めいた。まるで、身体がそれに慣れるのに時間を要するような状況に長らくあったかのようになっていた。
身体が痺れているわけではない。痛いわけでもないが、動かそうとしている通りに身体がちゃんと動いてくれないようだ。
(変な感じ。私の身体のはずなのに)
声のする方にすぐにでも行きたいのに何度も蹌踉めいてしまって、ちっとも進めなかった。その場で転がってしまい、それで、立ち上がって声のする方に行こうとするのを諦めることはなかった。
(もう一度。今度は、絶対、ちゃんと歩ける)
強くそう思って立ち上がると強く願ったことが通じたかのように歩けるようになった。一歩を踏みしめるだけで、ガッツポーズをしたくなった。
(やった!)
そんな風に思ったところで、少女は足がもつれて派手に転んだ。歩けると油断したせいで、かなり恥ずかしい転び方をしてしまって痛い思いをしてしまった。あまりの痛みに声は出なかった。
「っ、」
それを数回繰り返して、やっとまともに歩けるようになった。その間の少女の奮闘具合が、身体中に現れていたが、最低限汚れを手で払うだけにして歩くのをやめることはしなかった。
(確か、こっちからしていたはず)
声のしているところまで走りたかったが、それが難しくて早足で歩いていた。声は、弱々しくて頻繁にではないがしていた。すぐにでも駆けつけたかったが、それは叶わなかった。
それでも、少女はよろけたりしても、そちらに行くのをやめようとすることはなかった。それどころか、絶対に何が何でもそこに行く。たどり着いてみせるという強い意志を感じた。
気合だけは、かなり入っていたが、それに見合った動きは迅速にはできていなかった。
その少女でなければ、自分のことに手一杯になって、見に行くなんてしなかったかも知れない。だが、彼女は転がりまくっても、そこまで意地でたどり着いてみせた。
“痛い、痛い”
「大変」
声がしていたのは、まだ若い木からだったようだ。若いと言っても、木の実がなっているから数年どころか。10年以上は経っているのかもしれないが、幹は少女が抱きつけば簡単に囲える程度しかなかった。
せっかく生えた枝が折られていて、そこになっていた木の実を採った奴がいたようだ。そのために枝を折った痕跡があった。
そんなことしなくとも、木に登れば採れたはずだが、それより時間を短縮したかったのだろう。次の収穫のことなど、その人物はどうでも良かったのが、それだけで見て取れる。
そんなことを見て察した少女も、痛い痛いと言えそうな格好をしていたが、彼女はそれを口にすることはなかった。
「なんてこと。木の実を採るのに枝を折る必要なんてないのに」
そんなことを思いながら内心で、こんなことを思った。
(なんて酷いことをする人間がいるのよ。……ん? 人間がやったのよね……?)
不思議な疑問に少女は思わず首を傾げてしまった。
そんなことをしては、次に成るはずの木の実が取れなくなってしまう。それなのにこれからのことなど一切考えずに必要なものをすぐに確保できればいいみたいなことをした者がいたことに少女は怒りを覚えつつ、変な感覚に首を傾げた。
そう簡単には折れそうもないのを折るのに人間が、てまきるものにかと思ったのかも知れない。他にもそう思わせる何かがあったのかも知れないが、変な感覚を掘り下げるよりも、目の前の一大事をどうにかしなくてはと思う方が先だった。
「完全には折れてないから、まだ間に合うかも。待ってて」
今なら折れた先になっている木の実がすぐに取れたのにそれをせずに上着を包帯がわりにできるように裂いて、少女は折れた部分を固定しようとした。
(ふんぐぅ~!)
10歳くらいの女の子は、上着を裂くのに苦労したが、できないことはなかった。火事場の馬鹿力というものだと思う。
折れてから、しばらく経っていたようだが、まだ若い木だから何とかなるかも知れないと必死になっていたのも大きかったようだ。
木が言葉を発していることにおかしいと思うこともなければ、馬鹿力でせっかくの可愛い上着を切り裂いていることも頭で考えていたわけではない。
ただ、心のままに彼女は行動していた。もっとも、転びまくって汚れた上着を包帯代わりにできるのは、相手が木だったからできたことだ。
(この布を応急処置で人間の怪我に使ったら、大問題ね。そんなこと、この木には言えないけど)
それこそ、そんなことをした者がまた来る可能性はあった。でも、枝を折って実を取るような者なら、また同じところに来ることは低いとも思えた。慌てて収穫したのだ。
(こんなことする人は、戻って来ない。もし会えたら、私がぶっ飛ばしてやる!)
少女は、そんなことを思っていた。そんなイカれた奴のことより、折れた枝をどうにかしなくてはと思って彼女は動いた。
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