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侯爵家に来てから、割とすぐのことだ。


「また、やっておられるの?」
「今度は、誰が教える?」
「私、嫌よ。教えても、全然上手くならないんだもの」
「上手くならないどころか。見ていてイライラするのよね」
「わかる。さっさと諦めて、誰かに頼めばいいのに」
「?」


(誰のことを言っているんだろ?)


ファティマは、最初は何の話をしているのか。さっぱりだった。使用人たちが集まってこそこそとそんな風に話しているのを耳にしたのは、侯爵家に来て間もなくからで、何度か聞いてはいた。


(使用人のことを言っているのではなさそうだけど……)


するとリビングで、ラティーファが使用人たちに囲まれていたのが見えた。


「痛っ!」
「だ、大丈夫ですか?」
「もう、おやめになられた方が……」
「いいえ、やるわ」
「「……」」


ファティマは、リビングを覗いてみると巫女子の嗜みと言われる刺繍をしていることに気づいた。


(あぁ、あの指の包帯は、これのせいなんだ)


ラティーファの手が気になっていたが、ただ苦手な刺繍を頑張っていただけのようだ。

ファティマも幼い頃によく指を針山のようにしていた。刺繍のためではない。弟妹たちの服の繕いのためだ。


(あれは、地味に痛いのよね)


大人の時と幼児の時では、感覚が掴めずにかなり苦労した。


(血だらけの手を見て弟がよく泣いていたっけ)


自分もやろうと頑張ったが、向いていないとわかると率先してできることをしてくれるようになった。ファティマが、そうしてくれと頼むよりも、弟はいつも早く動くのだ。


(あの頃から培われたことで、あんな風に成長してしまうとは思わなかったわ。でも、どうして、そんなことをするのかときかれはしなかったのよね。それをやめろとも言わなかった。やる人が他にいないから、それをわかって、血を見て代わりに泣いてくれた)


何で、両親がしてくれないのかとファティマは聞かれることもなかった。


(あの子も、まるで私のように二度目の人生を生きているかのようだった。……そんなわけがないのに。私のようなのは、特殊も、特殊。早々いたら、大変なことになっているもの)


そんなことを思ってしまったが、針山にした頃の自分を思い出して、今の手を見た。家事全般をしていた頃より、令嬢らしい手にはなってきた。

それもいい思い出だ。……そうなるはずだ。何もしたことない手にはなりようもないが、それを隠す気はファティマにはなかった。

リビングを見れば、婚約者にあげるために指をさしまくっても、泣きそうになりながらもラティーファはそれをやめるとは言わなかった。

使用人たちは、さっさとやめると言ってほしそうにしていたが、ラティーファは1人でやりたくないのか。必ず誰かと刺繍をしていた。


(あんなに頑張っているのに。周りは、やっても無駄だと思っているのよね。あの時間を無駄だと言葉にして伝えずとも、態度がそう物語っているのに頑張れるのも凄いわ)


貴族の中には、そういうのが苦手でお金を出す代わりにやってもらう者もいるが、ラティーファは是が非でも自分の指した刺繍をを身につけてほしいようだ。

それをしてくれないかとファティマも頼まれたことはあったが、全力で断った。ファティマのみならず、弟も知るやいなやそういうのを引き受けさせようとする人たちとファティマが会うのを全力で阻止した。


(あれも、中々よね。黙らせるのに脅すのではなくて、もっといい人を紹介するのだもの)


「姉さんが、万が一にも好いた人ができた時に困るだろ」
「……」


万が一にも。そう言われたことで、色々と台無しになった気がするが、できるわけがないと含まれていることが理由なのに腹が立ったが、でも……。


「練習台にならいくらでもなるよ。弟だから」
「……」


練習するほどのことでもないと思うが、刺繍したのを持つのは、婚約者と身内だけでいいと言いたかったのだろう。


(そう。あれに深い理由があるわけがない)


そんなことを思い出して、ズキリと胸が痛んだが、それも気のせいだと思って、ラティーファを見た。


(それだけ、お慕いしているのね)


ファティマは、指を血だらけにしながらでもやめないのを見て、その思いに心を打たれた。

でも、使用人たちは誰もそんな風には見ていないのは、ファティマにもわかった。それがかりすぎてしまってファティマは、イラッとしてしまった。

あんなに一生懸命にやっているのにそれを見ようともせずに自分たちが面倒に巻き込まれると思っているのだ。

ファティマが、ラティーファがしているのを見ているだけができなくなったのは、すぐのことだった。

それを見た時にすぐさま動きたかったが、ラティーファもまた養子を迎える話を知らなかったらしく、数週間前の親にいきなり言われた自分とが重なった。

でも、ファティマに当たり散らすことはしなかった。あからさまな差別というか。区別をしたのは、使用人と養父母と家庭教師となった者たちだ。


(私の方から動いては、迷惑になる。迷惑だけはかけたくない)


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