命ある限り、真心を尽くすことを誓うと約束させた本人が、それをすっかり忘れていたようです。思い出した途端、周りに頭の心配をされました

珠宮さくら

文字の大きさ
上 下
3 / 24

しおりを挟む

教科書が届いたのは、透哉が転校した次の日だった。手違いで来ていないと聞いていたが、それも1日だったようだ。

そのため、芽衣子が透哉に教科書を見せることも、初日だけで済んだ。机をくっつける必要もなくなり、透哉との距離は他の生徒と同じようになった。

口から心臓が飛び出るほどに緊張していて、1秒でも長く続けるのは、これ以上は無理だと思っていたが、次の日にはそこまでだったのが嘘のようになっていた。

嘘のようにもなるのは無理もないが、その原因に芽衣子は気づいていなかった。


(もう、教科書が届いたんだ。しかも、全部。そっか、届いたんだ。ちょっと、残念。昨日は、心臓が飛び出しそうだと思っていたのに。今日は、そこまでじゃないし、不思議)


現金なもので、残念にすら思えた。それでも、クラスの女子やクラスメイトだけでなくて、格好いい転校生がやって来たことは、瞬く間に知れ渡っていて、芽衣子の周りは以前より賑やかになっていた。

いや、芽衣子を中心にした周りではなくて、透哉の周りだ。賑やかなことになった中心は、彼なのだ。芽衣子は、たまたま横の席になったに過ぎない。

クラス関係なく女子が透哉と話したいらしく、彼の周りに何かと集まって来たのも、噂が広まったからのようで、数日して芽衣子のクラスは賑わうことになった。


(まるで、花の蜜に群がる蜂みたい。蜂蜜って、私は苦手だけど美味しい人には、凄く美味しいんでしょうね。……蜂にも好みの花とかあるのかな?)


芽衣子は、そんなことを思って見ていた。この時も、メインが隣の彼から蜂のことに話が脱線してしまったことにも気づいていなかった。


(蜂蜜の美味しさはわからないけど、私は花粉を運んでくれて綺麗な花が咲いてくれるのを見る方が、好きかな。それか、飴細工の花が咲けば綺麗で食べれて、最高なのに)


ついつい、そこまで考えてしまっていたのは、現実逃避を無意識にしたかったからかも知れない。


「もう、学校には慣れた?」

「前の学校は、どんなとこだった?」

「彼女はいる?」

「どんな女の子が好きなの?」

「いいなって思う女子は、もう見つけた?」


透哉のことを根掘り葉掘り聞きたがる女子たちばかりで、質問攻めに合ってはいない芽衣子も、嫌でも耳にした。こういう時に隣だと聞きたくなくとも聞こえてしまって駄目なようだ。


(同じような質問ばっかり。転校生って、こういうのに全部答えなきゃ駄目なの? 凄く大変そう。私には、転校生って無理そうだわ。まぁ、することはないだろうけど。そもそも、私が異性に質問攻めに合うなんて日は来ないわよね)


そんなことを思った。芽衣子が質問されているわけでもないが、もう勘弁と思うほどだった。休み時間になるほど、我先にと透哉の周りを取り囲むのだ。

そんな時にやたらと芽衣子の机にぶつかるようになったのだ。


「っ、」
「っと、ごめんね~」
「ううん。いいよ」


ぶつかった人は謝ってはくれるのだが、それで筆記用具が落ちたり、本を読んでいても集中できなかったりするようになるのも、割と早かった。


(お尻が大きすぎるのかな? それと足がどこを通ろうとしてるかが全然わかってないみたい。そんなに狭いわけでもないのに。いつも、こんなんじゃ大変ね。家の中で、足の指をぶつけまくってそう。大丈夫なのかな? 私も、よくやるけど。みんなもやるってことよね。ちょっと安心した)


芽衣子が席のことで我慢の限界を迎えて自分の席から離れるようになるのも、すぐのことだった。それで、ぶつかって来る女子はわざとではないと思っていた。

自分のように色々とぶつかっている人間が、これだけ他にもいると思って変な話し、心からホッとすらしていた。でも、本当はワザとてあって、芽衣子とは似ても似つかないのだが、彼女はそこに気づいていなかった。

最初はお手洗いから戻った時だった。ほんの少し席を外しただけで、自分の席のように座って透哉と楽しげに話している女子が現れるようになったのだ。


「あ、ごめんね。席空いてたから、勝手に座っちゃった」
「あ~、うん」


芽衣子が席に戻るとそんなことを言われて、最初のうちは芽衣子を見るとすぐに退いてくれていた。

でも、それが続くようになり、芽衣子が戻ってもさっさと席から退いてくれなくなったのだ。それは、毎回同じ人物ではなかった。


(全然、退いてくれなくなったな。机に座られるより、マシだけど。そこ、私の席なんだけど、返してくれる気はあるのよね? 一々、声掛けないといけないのは面倒くさいな。名前も知らないし)


芽衣子は、一方的に話に盛り上がっている女子にげんなりしてしまっていた。それに声が大きいのだ。もはや、透哉のことを根掘り葉掘り聞き出すことから、世間話をして盛り上がる場になり始めてすらいるようだ。聞きたくもないのに内容が頭に入ってきてしまっていて、それにまいっていた。

透哉はそんな女子たちに愛想笑いを浮かべて適当に答えているだけで、注意することも、面倒がることもなかった。ただ、やり過ごして落ち着くのを待っているというか。自分の顔の良さをよくわかっているようだ。こうして、女子に囲まれることが連日あっても対して驚いてもいないし、またかと思っていようとも邪険に扱うようなことをしなかった。

きっと、これまでの人生でも、こういう場面はたくさんあったのだろう。透哉にとっての日常は、女の子に囲まれているのが、当たり前になっている気さえしてしまうほど、取り乱すことはなかった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

小さなパン屋の恋物語

あさの紅茶
ライト文芸
住宅地にひっそりと佇む小さなパン屋さん。 毎日美味しいパンを心を込めて焼いている。 一人でお店を切り盛りしてがむしゃらに働いている、そんな毎日に何の疑問も感じていなかった。 いつもの日常。 いつものルーチンワーク。 ◆小さなパン屋minamiのオーナー◆ 南部琴葉(ナンブコトハ) 25 早瀬設計事務所の御曹司にして若き副社長。 自分の仕事に誇りを持ち、建築士としてもバリバリ働く。 この先もずっと仕事人間なんだろう。 別にそれで構わない。 そんな風に思っていた。 ◆早瀬設計事務所 副社長◆ 早瀬雄大(ハヤセユウダイ) 27 二人の出会いはたったひとつのパンだった。 ********** 作中に出てきます三浦杏奈のスピンオフ【そんな恋もありかなって。】もどうぞよろしくお願い致します。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

妹に婚約者を奪われたので妹の服を全部売りさばくことに決めました

常野夏子
恋愛
婚約者フレデリックを妹ジェシカに奪われたクラリッサ。 裏切りに打ちひしがれるも、やがて復讐を決意する。 ジェシカが莫大な資金を投じて集めた高級服の数々――それを全て売りさばき、彼女の誇りを粉々に砕くのだ。

王太子の愚行

よーこ
恋愛
学園に入学してきたばかりの男爵令嬢がいる。 彼女は何人もの高位貴族子息たちを誑かし、手玉にとっているという。 婚約者を男爵令嬢に奪われた伯爵令嬢から相談を受けた公爵令嬢アリアンヌは、このまま放ってはおけないと自分の婚約者である王太子に男爵令嬢のことを相談することにした。 さて、男爵令嬢をどうするか。 王太子の判断は?

処理中です...